尾関 きみか
第72話 贈り物
夕暮れ時、届いた納品の品をバイト3人がかりで補充しているところに、来店のメロディーが鳴った。メロンパンを片手に入口の方へ振り返る。
「いらっしゃいま……」
「きーみかっ!」
普通に家から一番近いコンビニらしいから当たり前なんだけど、あんなさんと3人で飲んだあの日から、ももはちょくちょく店に来るようになった。
「また来たの?」
「あっ!お客さんにそんな言い方しちゃダメだよ?」
「だって遊びに来ただけでしょ?それはお客さんって言わないから」
「今日はちがうよ!あんなちゃん会いに来たんだもん!」
「あんなさんに?」
「そう!あんなちゃんいる?」
「あ、うん……バックヤードにいるけど……」
「分かったー!あんなちゃーん!」
ももは店全体に響き渡るような大声でバックヤードに向かって歩いていった。
「えっ……?」
友達の家に遊びに来たみたいに自然に奥へと進んでいくその後ろ姿を見ると、ももは左手に大きな紙袋をぶら下げていた。
「えっ!?ももちゃん!?なになに?!突然どしたの!?」
奥から聞こえたあんなさんの慌てた声で、ももがそのままバックヤードの中まで入っていったんだと分かり、私は急いでももの後を追った。
「ちょっと!!部外者がこんなとこまで勝手に入っちゃダメだから!」
全く意味の分かってなさそうなももの腕を掴み、とにかく外へ出そうとする。
「ここ、入っちゃダメなの?」
「当たり前じゃん!」
「でも、お客さんは入っちゃだめですなんて書いてなかったよ?」
「一休さんか!書いてなくたって分かるでしょーよ!」
「分かんないよ!」
私たちが小競り合いをしていると、
「確かに書いてないもんね!ももちゃんの言う通りだわ、尾関、もういいよ!まぁももちゃんだし」
あんなさんにそう言われて私はももの腕から手を離した。自分に
「ももちゃん、どうしたの?」
「あのね!さっき散歩してたらすごく素敵なお花屋さん見つけてね、綺麗な花束があったから、これいいなって思って!ハイ!」
紙袋から出した色とりどりの豪華な花束を押しつけるように渡され、あんなさんは理解出来ていないままそれを抱きかかえた。
「えっ?……このお花、私にくれるの?」
「うん!こないだのお礼!」
「それって……」
「焼き鳥やさんでおごってくれたでしょ?ずっと何かお礼しなきゃって思ってたから」
「あれくらいでこんな花束!?」
意図は分かってもやっぱり理解しきれずに、珍しく困惑している。
「……もしかしてあんなちゃん、お花好きじゃなかった?」
「……まさか!そんなことないよ!ただ普通にびっくりしちゃって!……でも嬉しいよ!すごく綺麗だね!」
「よかったー!喜んでくれて!」
私はその様子をバックヤードの入口で突っ立って見ながら、横から口を挟んだ。
「てゆうか、あれから一ヶ月近くも経ってるのに、なんで今更?その後も顔合わせてるじゃん」
「ちょうどいいものが思い浮かばなくて遅くなっちゃったけど、時間がたったってしてくれたことが消えるわけじゃないんだから、遅くなってもお礼するのは悪いことじゃないでしょ?」
「……まぁ、それはそうだけど……」 「ももちゃん素晴らしいね!尾関、お前はそれに比べて小さい人間だよな……」
私は何も返せず、腕を組んで口を尖らせた。すると、
「きみかも欲しい?」
ももが私に近づいて意地悪そうな笑顔で言う。
「別に……」
「じゃーん!!きみかにはコレだよー!」
私の言葉を完全スルーして、ももはマジックのようにさっきの紙袋から何か小さな物を取り出した。
「きみか!手出して!」
「えっ、あ……」
思わず素直に両手を差し出す。思ったよりもずしっとした重さに驚きながら、顔を近づけてよく見てみる。
それは、スノードームのような透明な入れ物の中に入ったミニチュアガーデンだった。
「…………すごい……」
「カワイイでしょー?この中の植物、ちゃんと本物なんだよ!」
「……わぁ………すっご……」
「玄関とかに置いたら帰ってきた時とかに癒やされるかな〜って思って。これあげる!」
「え……いいの?」
「うん!カワイイから私も同じの買っちゃった!」
「へー!私も見たいー!」
興味津々なあんなさんに、ももは自分用の同じ置物を手渡した。
「はい!あんなちゃん!」
しばらくあんなさんとももが花談義をしている間、私はもう一度まじまじと手の上の小さな世界を見つめた。
ガラスの中には小さな丸い緑の丘があり、その上には作り物の小屋と風車が立っている。羊が何匹かゆうゆうと歩いているその先は小さな小さな花畑に続いていて、その先には見えないはずの青空さえ見える気がした。
一瞬、今自分がバイト中だということすら忘れた。
「あっ!ごめん!私もう行かなきゃだ!」
唐突にももが用事を思い出し、忙しなくバックヤードから退散していく。
「2人とも、じゃーまたね!」
「ももちゃん、ほんとありがとね!」 「ううん!私もありがとー!」
そそくさと入口へ向かうももを追って、店から出る手前でその肩を掴んで捕まえた。
「ちょっと待って!」
「ん?きみか、どうしたの?」
「なんでこんなことするの?」
「こんなことって?」
「花贈るとか、誕生日でもないのによく分からないんだけど。……もしかして、もも……あんなさんのこと?!……あのね!言っとくけどあんなさんにはえなさんてゆう……」
「なに言ってんの?きみか。妄想がすごいよ?なんか今日変だね」
「……変って……変なのはももの方でしょ!」
「どうして?お礼にお花買っただけなのに、それってそんなに変なこと?」
「……そう言われたら筋は通ってるけど、普通はさ、特別な時以外、人に花なんて贈らないでしょ?」
「そうなの?……私はそっちの方が変だと思うな。綺麗に咲いてるお花があるなら飾ればいいでしょ?特別だからお花を飾るんじゃなくて、お花を飾ると何もない日も特別になるんじゃない?」
そう言われたら何も言えなくなってしまった。
「私なんか、自分用にもよく買うしね!」
「……なんか、ももって案外女の子らしいんだね」
「らしいって、女の子だもん!きみかだって女の子でしょ?きみかはさっきあげたそれ、好みじゃなかった?」
「……いや、ほんとにかわいいし……なんかほっこりして癒やされる……」
「よかったー!やっぱりきみかも女の子だね!」
話しながら大切に手に持ったままのミニチュアガーデンをもう一度見る。
「……私、こんなふうに花もらうなんて初めてで、今まで馴染みがなくて知らなかったけど、……花もらうのって……すごく嬉しいもんなんだね……」
「そっか!そんなふうに思ってくれたら私もうれしい!」
本当に小さな小さな花なのに、見ているだけでこんな気持ちになるなんて初めて知った。その瞬間、ハッとあることを思いついた。
「……あのさ、もも」
「なに?」
「……相談っていうか、お願いがあるんだけど……」
「なあに?」
「……ちょっと恥ずかしいことなんだけど……」
「恥ずかしいこと?」
「あのさ……」
その時、
「おはよーございまーす!」
「おはようございますー」
ちょうどシフトの入れ替わりの時間で、次のバイトの子たちがチラチラと出勤してきた。
「……ここじゃちょっと……。もう少しで私上がりなんだけどさ、あとでちょっと時間ある?……って、あれか!用事あるんだっけ?」
「うん、今からバイトの面接なの。でも大丈夫だよ、30分くらいで終わると思うし!きみかのお願いだったら何でも聞いてあげる!」
簡単な約束をすると、ももは手を振って出て行った。
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