第67話 仲間




「は、はじめまして!倉田奈央といいます……」



 私は人生で関わったことのない人種の人たちに少し怯えながら、皆様のお気に障らないよう深々と頭を下げて挨拶をした。



 すると、一番手前に座っていたベースの男の人がパイプイスからガタッと立ち上がり、鋭い目つきで近づいてきた。



「やだぁ〜!カワイイじゃなぁ〜い!!はじめましてぇー、アタシ、ベースのケンゴ!ケンコって呼んでねっ?」



 反応が出来ずに立ち尽くす私は勝手に両手を取られ、一方的に握手をされた。



「ど……どうも、よろしくお願いします……」

「ケンコ!なおちゃんに勝手に触んないで!」



 すると、明さんが素早い動きで私とケンゴさんの繋がれた手を手刀で切った。



ったぁーい!!何よ!?ただの握手じゃない!もうほんとメイって暴力的だわっ!」



 ステージ上の姿と全く違うキャラクターに私はあ然としてしまった。



「びっくりした?このおっさんオネエなの。ウケるでしょ?」

「あんたと3つしか変わらないのにおっさんてことないでしょ?そうゆうの本当に傷つくんだからやめてよね!デリカシーのない女ってほんと嫌だわぁ〜……」

「あ、なおちゃん、ケンコがオネエって言うのはナイショね!こいつ生意気に女の子のファン多いから、隠させてんの」



 明さんはケンゴさんの話を無視して私に優しく伝えた。



「ひどいでしょ〜?自分は好き勝手あけっぴろげにしてるくせに!」

「ケンコ、もういいから座って。デカくて邪魔」



 そう言って明さんはケンゴさんの二の腕をパチンと叩いた。



「痛いっ!だから、叩くことないじゃない!」



 ケンコさんが不服そうにしながらも明さんの言うことを聞いて座ると、ケンゴさんに隠れて見えにくかったボーカルの女の人が、紙パックのジュースを片手に壁に寄っかかっているのが見えた。お互いふいに目が合う。



「よろしくー!なおちゃん!私はボーカルのニイナだよー」と、その人は空いている方の手を振って笑顔で気さくに話しかけてくれた。



「よろしくお願いします!」

「で、こいつがテツヤ」



 すると流れるように今度は右手前の低いイスに座っていたドラムの男の子を紹介された。



「テツヤっす!メイさんにはいつもよくしてもらってます!よろしくお願いします!」



 意外なほど礼儀正しく頭を下げられ、



「こちらこそ……よろしくお願いします……!」



 と、してもらった低さと同じくらいまで私も頭を下げた。



「なおちゃん、子ども相手にそんなしっかりした挨拶しなくていいよ」



 と明さんが言い、もう一度テツヤさんを見る。ステージ上の印象より更に若く見える姿に改めて驚いた。



「……あの、テツヤさんはおいくつなんですか?」

「自分はもう少しで17っす」

「じゃあ16って言いなよ!」



 明さんが笑いながらツッコんだ。



「だって、16ってダサいじゃないすか!!」

「16も17も大して変わんないわ!」

「てことは、まだ高校生なんですか……?」

「いや、自分はもう働いてて学生ではないんすけど」

「テツはさ、こう見えてもう父なの。しかも3児の」

「えーー!?!」



 私はあまりに驚いて思わず大きな声を出してしまった。



「あの、いくつで人の親に……?」



 どうゆう計算をしたらそんなことが起きるのか疑問過ぎて、失礼ながら深掘りしてしまった。



「去年なんすけど、生まれてきたのがまさかの三つ子だったんすよ!まじビビりました。でもめちゃくちゃかわいくて、3倍幸せって感じっす!」

「若いのにしっかり働いて、親にもほとんど頼らないで家族養っててさ、テツはメンバーの中で一番しっかりしてるんだ」

「……すごいですね……」



 私は心からそう思って自然に口から言葉が漏れた。



「あざす!」



 衝撃の余韻が続く私をよそに、明さんは次のメンバー紹介へと移った。



「で、あの奥にいるのが紗也さや



 一人、他のメンバーと少し離れて部屋の隅で読書をしていたその人は、明さんの言葉でこちらを振り向くと、言葉を発さずに軽く会釈だけした。私はそれに「よろしくお願いします……!」と、読書の邪魔にならないように少し控えめに返した。



「気にしないでね、ただ大人しいだけで、機嫌悪いわけじゃないから。変わり者ばっかだけど、全員いいヤツだから安心してね!」



 フォローするように明さんが私に向き直って話すと、



「……明」



 と、紗也さんが突然声を出した。当たり前なんだけど、喋るんだ!と心の中で静かに思った。



「なに?紗也」

「……ギター……忘れてる……」

「やばっ!!ごめん、なおちゃん!すぐ戻るから!」

「えっ!?!」



 明さんは突然楽屋を飛び出して言ってしまった。



 こんな状況で置いて行かないで!!なんなら私がギター取りに行くから!!



 と心の中で叫んでいると、



「なおちゃん、ここ座りな!」



 後ろからニイナさんが出てきて、私に小さな箱のようなイスを差し出してくれた。



「あっ、ありがとうございます……」



 ニイナさんは同じイスをもう一つ出してきて、それを私の隣に並べて座った。



「今日ライブの後に彼女紹介するって前からメイに言われててさ、楽しみにしてたんだ〜!メイのハートをがっちり掴んだ彼女はどんな魔性の女なんだろー?って思ってたんだけど、なおちゃん見て納得した。女の子らしくていい子そうで、メイのタイプど真ん中って感じ!歴代の彼女の中でも完全にトップ……って、ごめんね!こんな言い方よくないね!」

「いえっ!!……というか、私なんてほんと大した者じゃないですし、どうして明さんに選んでもらったのか未だに謎で……」 

「ハハ!そうゆう謙虚な感じもツボなんだよ、きっと。メイ、かなりなおちゃんに本気だと思うよ?メイが私たちに彼女紹介してくれるなんて初めてだからね」

「そうなんですか?!」

「そうよぉ〜!ほんとびっくりしたわ〜」



 そこで、ケンゴさんもイスを寄せて入ってきた。



「いつも知らないうちに知らない女と付き合ってはすぐ別れてさぁ〜、あの子干渉すると怒るんだもんだから、アタシ達は遠目でなんとなく感づくだけだったんだけどね。それがなおちゃんのことはあんなにちゃんと紹介するんだもの!なおちゃん本当にメイに愛されてんのねぇ〜……」

「だよねー。メイにもついにちゃんと好きになれる子が出来たかぁー」



 2人の話が私にはこそばゆくて、無理やり話題を変えた。



「あの!みなさんはバンドを組まれて長いんですか?」

「えーとね、ケンコちゃんとメイが初めからのメンバーで5年くらい……で、その後私が入って、ほぼ同時に紗也が入ってきて、私たちは3年くらいかな?で、テツは……もう2年になるっけ?」



 ニイナさんがすぐ近くのテツヤさんに話しかけた。



「そっす!」

「……バンドって結構メンバー入れ替わるんですね……」

「バンドにもよるけどね」

「うちはホラ、リーダーが独裁者みたいな女だから!今までどんだけメンバーとモメてきたか……昔は本当に酷かったのよ?一番ピークの時なんて、毎月1人入れ替わるペースだったんだから!」

「……じゃあ皆さんとはすごく合うんですね!」

「今のメンバーは全員、メイの言うことに素直に従う優等生なのよ。それに何よりみんなアーティストとしてのメイを認めてるしね。ついていきたいってみんなが素直に思ってんの」

「なおちゃんもライブ見て感じたでしょ?メイの圧倒的な存在感てゆうか、華やかさってゆうか……」

「はい!すごかったです!」

「メイとケンコちゃんに挟まれてるから、私がボーカルのくせに全然目立たないの!ハハ!」

「そんなこと!すごく素敵な歌声でした!ニイナさんの声じゃないと絶対ダメだって、私、聴いてて本当に思いました!」

「そうよ!あんたも大したもんよ、自信持ちなさいよ!」

「ありがと、2人とも。でもね、ステージの上で並んで立ってると歌詞が飛んじゃうくらい、本当にメイはかっこよくて魅力的で、私はメイに持ってかれても悔しいなんて全く思わないんだよね。メイと、このメンバーと一緒に音楽がやれるだけで本当に幸せだと思ってるし」

「……そうよね……だから続けられんのよねぇ……。オーラも音楽的センスもズバ抜けててさ、なのにああ見えて人一倍努力家なのよ、あの子。ギター下ろすとほんと気の強い自己中女だけどさ……」




コンコンガチャ…


 

 突然背後から扉の開く音がして振り返ると、明さんがいた。



「ケンコ、今なおちゃんに私の悪口言ってたでしょ?」

「ちょっと!ちゃんとノックしなさいよ!あんたのノック速すぎて意味ないのよ!」

「なにが?ちゃんとノックしてるじゃん」

「だからさ、ノックとガチャのがないんだよ、メイは。就職の面接だったら入室直後に『お帰り下さい』レベルだよ?」

「ニイナもケンコの肩持つの?」

「私はいつだって正直なだけだもーん」

「……なおちゃん、もしかしてなおちゃんもそう思ってた?私のノックってそんなにダメ?」

「……いやぁ……どおかなぁ〜……?」

「あんたやめなさいよ、なおちゃん巻き込むの!『思ってたけど言えるわけないじゃん』ってしっかりと顔に書いてあんじゃない!」



 ケンゴさんやめて……と思いながら、私は目を細めてごまかした。



「うそ!?ほんとに!?なおちゃんもなの!?……テツ!!」



 明さんは標的を変えた。



「うわっ!……やっぱ回ってくんすね……」

「テツは?テツもそう思ってた?」

「……まぁ……正直言うと、メイさんのノックからのガチャのスピードは世界レベルなような……」

「……テツ?」



 明さんがテツヤさんに睨みをきかせる。



「ち、違うんすよ!異次元の速さって感じで、なんならコンコンの2回目のコンとガチャがかぶってる時あるんすよ!それってもう常識であり得ないっていうか!もう道理を超えちゃってるんすよ!さすがメイさんすっ!!」

「ごちゃごちゃ言ってるけど結局速いってことだよね?」

「あっ……その、だから……」

「テッちゃん!はっきり言いなさいよ!今こそチャンスなのよ?!みんなで力を合わせてモンスターを倒すのよ!ほら!紗也も言ってやんなさい!本なんか読んで一人でお高くとまってんじゃないわよっ!」



 ケンゴさんの言葉でみんなが一斉に紗也さんを見ると、紗也さんは読んでいた本をパタンッと閉じて近くの台の上に置いた。そのままスッと立ち上がり、楽屋の扉の前に密集する私たちの方へまっすぐ向かってくる。



 そして、突き当たったケンゴさんの前で立ち止まると、ケンゴさんを上から見下ろすようにしてじっと見た。その様子をみんな黙って見届けていた。



「なっ、なによ??あのくらいで怒ることないでしょ……?!」



 大きなケンゴさんが弱しい紗也さんに萎縮する。



「……トイレ行きたいんだけど、ちょっとどいてくれる?」




 ズコーーーッ!!!




 っと、本当に聞こえたくらい見事なタイミングで、ケンゴさんもニイナさんもテツヤさんも、全員が揃ってイスから落ちた。

 立っていた明さんまで重そうなギターを抱えながら前につんのめっている。



 紗也さんはそんな私たちの間を通りづらそうに通って扉の前まで着くと、ドアノブを握って振り返った。



「……思ったけど、そもそも明以外誰もノックすらしないんだから、するだけみんなよりマシなんじゃない?」



 一瞬静まり返る。



「……た、たしかにっす!!紗也さん!自分、いつもノックしてないっす!!」

「うわぁ……紗也痛いところ突くじゃん……」

 


 ニイナさんが頭を抱えた。



「余計なことに気づくんじゃないわよ!」

「さすが紗也はいっつも私の味方だわ!」



 明さんは嬉しそうに両手を広げ、体の細い紗也さんの骨が折れてしまいそうな勢いで、ガバッと抱きしめた。



 その時、間近で見た紗也さんの無表情だった顔に、一瞬だけ表情が現れたような気がした。






 会場のお客さんが完全に撤退した知らせをスタッフの人が伝えに来ると、ようやくみんな狭い楽屋から解放された。



 お客さんのいなくなったフロアで、明さんはもちろん、ケンゴさんとニイナさん、そしてヤスコさんやスタッフの皆さんとの打ち上げが始まり、私も部外者ながらそこにそのまま参加させてもらった。



 紗也さんとテツヤさんは都合で早く帰ってしまい、そこからチョロチョロとスタッフさん達も姿を消して言ったけど、明さんとケンゴさんとニイナさん、そしてヤスコさんも一緒に大盛り上がりになっていた。私もジンジャエールを飲みながら、そんな4人を見てなんだか勝手に嬉しい気持ちになっていた。



 日付が変わるギリギリになってようやく締めの乾杯をすると、明さんはタクシーで私の家の近くまで送ってくれた。



「明さん、メンバーさん達といるとキャラ変わりますね」



 タクシーの後部座席でほろ酔いの明さんに話しかけた。



「えっ!?ほんと?自分じゃあんま分かんないや」

「いつも大人っぽい明さんが、みなさんといると少し子どもっぽく見えるっていうか……悪い意味じゃなくてですよ?ほんとに心置きなくいれる関係なんだなぁーって、見てるだけでもお互いすごく信頼し合ってるの伝わりました。私、音楽のこととか全く分かんないくせに生意気だけど、いいバンドですね!音楽自体はもちろんだけど、『人』がほんとに……」

「……そう言ってくれると嬉しいな……。結成してから散々メンバー交代繰り返してきたバンドなんだけど、私、今のメンバーには本当に誰にも抜けてほしくないって思ってるんだ。調子乗ってるって思われるかもしれないけど、あのメンバーだったら本気で、プロの世界で、しかもトップで戦えるって信じてるの」

「調子乗ってるなんて、そんなこと思うわけないじゃないですか!!私、今日初めてライブ見させてもらったけど、もう本当に何から何までかっこよくて!大げさじゃなくて、ドームでやってる姿が当たり前に目に浮かぶっていうか、というより、もう私の中ではすでにデビューしてます!!」

「……ハハ!ありがと!なおちゃん!……ニイナはね、私が本気でプロ目指そうって話した時、大学3年だったの。就活で一番大事な時だったのに、その後すっぱりと就活やめて……。そこそこいい大学行ってんのに、私が本気でそう思ってるなら自分も生ぬるく向き合ったりしないって言ってさ。……ケンゴもね、あいつんちかなり親が堅くてさ、いい歳して音楽やってるなんて許されないような家業なんだけど、それでもめちゃくちゃなことやって来た私にずーっとついてきてくれて……。私が前のメンバーと上手くいかなくてぶつかりまくってた時も、とことん私の気が済むまで話聞いてくれたり、諭してくれたり……。あんな態度とっちゃってるけど、本当は本当のお兄ちゃんって思ってる……。あ!おねえちゃんか!」



 明さんは幸せそうに笑っていた。



「テツもさ、あの歳で3人の子どもの父親になって、あんなふうに幸せだなんて言ってるけど、内心はかなりプレッシャーあったと思うんだ。毎日朝から夜遅くまで毎日働きまくって、その中でスタジオにも入って……。ついに限界がきて、家族のためにバンド辞めるってどこまでいって……。でも、そんな状態のあいつに私は、家族のためにもプロ目指そう!って無茶な説得したの。ほんと身勝手なこと言ったけど、それでも結局色んなリスク抱えて残ってくれて……。『分かりました!メイさんを信じます!』って涙ぐんで覚悟決めてさ……。かわいいヤツでさ。紗也はあんな感じで冷静ですましたように見えるかもしれないけど、バンドへの想いはもしかしたら私よりも強いんじゃないかってくらい、内側は熱い子なの」

「そうなんですか!?」

「うん。紗也はメンバーの中で唯一バンドの経験なしで入ってきたの。ずっと王道のクラシックのピアノやってきたから、ピアノの技術は申し分ないくらい高かったんだけど、バンドで合わせるってなるとそうゆうのとは全然違うから、やっぱり初めの頃は相当苦労しててさ。自分が足引っ張ってるって感じて、めちゃくちゃ死ぬほど練習して……。ほんと、冗談じゃなくてほんとに死にそうだったの!スタジオからあんまり出てこないと思ったら、ピアノに突っ伏して倒れてて……。練習に集中しすぎてごはんも食べないで弾き続けるからさ……ストイックが狂人レベルってゆうか。……紗也見てると、私すごく感化されるんだ。まだまだ私頑張れるんじゃないの?って、なにやった気になってんの?って自分を疑う……。歳下なのに悔しいけど、心底尊敬してるんだよね」

「……本当にすごく素敵ですね……。そんな仲間たちと同じゴールを目指してるなんて……」

「有り難いことに、私は今ギターで生活出来てるし、実はすでにデビューしてるバンドから追加メンバーで入らないかとか、長期契約のサポートミュージシャンの話とかもらったりするんだけど、そうゆうのは全部断ってるの。私は絶対、あのメンバーでやっていきたいから」

「……私は、学生時代も部活もやってなかったし、みんなで何かをして一致団結するような趣味も持ったことないし、なんか……憧れます。そうゆう仲間がいるっていいな……」

「別に特別何かをしたり、目指したりしてなくてもいいんじゃないかな。この人達といると本当に楽しい!って思える人達に出会えるだけで、幸せなこのなんなと思うよ?」



 明さんにそう言われた時、真っ先に頭に思い浮かんだのは、店長とえなさんとそして、尾関先輩と……4人で飲んでいる映像だった……。



















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