第65話 永遠の味方



 明さんと別れた帰りの電車の中、えなさんにメッセージを送った。



 尾関先輩がいないようだったら今から寄りたいという内容の連絡をすると、『今日は来ないと思うから大丈夫だよ!待ってるね!』とすぐに返事をくれた。



 葉月に行くのは尾関先輩が風邪をひいていた時以来だ……



 あの日の私は今の私とは真逆で、決して訪れることのない先輩との幸せな未来を確信して、馬鹿みたいに浮かれてた。



 まだ記憶に新しすぎる過去の自分を苦々しく思い出しながら葉月の扉の前に立つと、入口の札は『閉店しました』の面になっていた。



 まだ閉店までは20分もあるのに……と不思議に思いながら扉を開けた。



「なおちゃん!!」



 たった数日ぶりのえなさんは、迷子になっていた子どもと再会したかのように泣き出しそうな顔をして、私が来たことを喜んでくれた。



「なおちゃんから連絡来たタイミングでちょうど最後のお客さんがお帰りだったから、ズルして今日はもう閉店にしちゃったの!だから今日は二人でゆっくり飲もうね!」



 えなさんの顔を見て私もなぜか泣きそうになりながら、いつものカウンターに座った。



「………なおちゃん、大丈夫?」



 それしか言わなくても、私にはえなさんが何を心配してくれてるのかが分かった。



 尾関先輩と香坂さんのあの衝撃的な場面を見た夜、何度も電話をくれたえなさんには、次の日にかけた折返しの電話の中で、すでに明さんとのことを伝えていた。



 えなさんはあきらかに自暴自棄になって間違った方向へ逃げた私のことを、何も責めないでいてくれた。



「……大丈夫……なのかな…?……でも、たぶん……大丈夫です」



 強がって笑う私の前に、温めておいてくれた牛すじ煮込みと日本酒が優しい音で置かれた。



「わぁーおいしそー!!」



 喜ぶ私を見て、えなさんは自慢げそうな可愛い顔でカウンターから出てきた。そしてお酒のグラスを片手に、私の右隣の椅子を引いてそこに座った。



「おいしぃー!!やっぱりえなさんの料理は最高ですね!私、正直、母親の作る料理よりえなさんが作ってくれる料理の方が好きです!」

「褒めてくれてうれしいけど、それはさすがになおちゃんのお母さんに悪いなぁ……」 



 いつもそう。えなさんからこの天使のような微笑みをもらえると、辛い時も苦しい時も胸の奥がじんわりとあったかくなっていく。今日もまた、心にきつく巻きついていたロープがふわっと緩んで、私は自然とえなさんに話し始めた。



「……今日、明さんとデートだったんです。……付き合ってから初めての」

「そっか……。どうだった?」

「尾関先輩に思うのとは違ったけど、ドキドキしました。明さんて明るくてノリがいいから、ずっとどこかでからかわれてるのかなっていう気持ちがあったんですけど、今日一日一緒にいて、本当に私のことを好きでいてくれてるんだって色んな場面で伝わってきて……。明さんの側にいたら、いつか本当に尾関先輩を忘れられる日が来るのかもしれないなって……少し思いました……」

「私は、誰といる道だったとしても、なおちゃんが心からの笑顔で笑えれば…って、それだけを願ってるよ」

「……ありがとうございます、えなさん……。本当は毎日でも葉月に来たいけど、やっぱり先輩に会うのは怖くて……。でも、また今日みたいに様子を伺ってから来てもいいですか?」

「もちろん!尾関ちゃんには悪いけど、私、なおちゃんの情報屋になるね!」

「……余計な手間取らせてごめんなさい」

「ううん!全然大丈夫だよ!あっ、そうだ!なおちゃん、実務研修始まるのっていつから?」

「4月の2周目からです。研修って言ってもほぼ普通に仕事みたいなものなんで、それまでは本当に最後の自由時間って感じで今はけっこう好き勝手しちゃってます」

「今のうちにしといた方がいいよ、新しい環境になったら色々大変でゆっくりする時間なんてなかなか取れないかもしれないもんね」

「そうですね。でもそれもそれで都合がいいかなって思ってるんです……。他のことで尾関先輩のことを思い出す時間が少しでも減ればなって……」

「……そっか。……ねぇ、なおちゃん?研修始まる前に一日だけ空けられる日ないかな?」

「あ、全然!全然空けます!なんですか!?」

「ほんと?やったー!あんなちゃんと話してたの、3人でなおちゃんの送別会したいなって」

「ほんとですか!?うれしー!!」

「あんなちゃん、なおちゃんがバイト辞めちゃって会えなくなっちゃったから、すごく寂しそうにしてるよ」 

「え!店長が?」

「あんなちゃんも私に負けず劣らずなおちゃんのこと大好きだからね!……尾関ちゃんとはあんなことになっちゃったけど、私たちとは今まで通り変わらずにまた遊んでくれるかなー?って、ここ最近いつも不安そうにしてる」

「店長までそんなこと思ってくれてたなんて……。本当に嬉しいです……」

「じゃあやろうね!送別会!今日帰ったら早速伝えるね!あんなちゃんすっごく喜ぶだろうなぁー……」




 尾関先輩とのつながりがなくなったら、店長とえなさんとも少しづつ離れていって、今までの関係も終わってしまうんじゃないかと、実は少し心配していた。



 2人が尾関先輩なしでも私のことをそんな風に思っていてくれてたことが、涙が出るほど嬉しかった。


















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