第63話 フラれた後



 あの夜のことを、人に聞かせられるレベルに編集しつつ、私はあんなさんに全て話した。



「……なるほど、そうゆうことね」



 珍しく静かに聞いていたあんなさんは、私の話が終わると一言そう言った。



 

「それで、その別れ際に『もしまた会えたら、その時はちゃんとえっちしようね!』って約束したんだよねー?」



 落ち着いた空気をぶち破るようにももが衝撃発言をぶっ込んできた。



「は!?」



 あんなさんがまたも容疑者扱いするように私を見た。



「いや!だって!まさか本当に会うと思わないじゃん!普通!!そんなこと言われてたら『そだねー』って適当に返すでしょーよ!!」

「お前はほんと爪が甘いなー」



 正当なコメントに言葉が出なかった。静かにしているももが気になり顔を見ると、何も気にしていないように一人満足そうに焼き鳥を食べていた。


 

「……あのさ……もも、…悪いんだけど、私、今も好きな人いるから……その約束はちょっと……」



 私がそう言うと、ももは一瞬きょとんとした後突然笑い出した。



「やだぁー!あんなの冗談だよ!もしかしてきみか、それ気にして私から逃げ回ってたの?」

「……冗談だったの?」

「尾関!お前はっずいな!!すげー自過剰じかじょうじゃん!!」



 あんなさんは今日一番の嬉しそうな顔ではしゃいでいた。



「……そっか……冗談だったんだ……」

「きみかってけっこうマジメなんだねー」

「…………」

「……あれ?もしかして残念だったの?やっぱりしたくなった?」

「違うって!!ほっとしたの!ももってどこまで本気なのか分かんないから……」

「ハハ!よく言われるー!」

「ねぇ!今好きな人って、あの時言ってた子と同じ子?」



 そう聞かれて、グサッと胸に何かが刺さり、すぐに返事が出来なかった。



「そう!こいつさ、昨日その子にフラれたんだよ」



 するとそんな私の代わりにあんなさんは速攻で暴露した。



「ちょっと、あんなさん!」

「そうなんだ……。それできみか昨日おかしくなってたんだね」

「なに?どんなんなってたの?」

「なんかね、土手沿いの道歩いてたら、すっごい大きい声で叫んでる人がいて、周りの人達みんな避けて通っててたのね、で、近づいてみたらお酒は地面にこぼれてるし、バッグの中身は散乱してるし、どう見ても変な人だけど女の子だからこのままじゃ危ないなって思って声かけたの。そしたらすごい勢いで迷惑がられて……それが、あの時以来、約1年ぶりのきみかとの再会だったの」

「すごい奇跡じゃん!てゆうか、お前ってあらゆる最低をどんどん重ねてゆくよね……」 

「……昨日はほんとごめん」

「ハハ!もう別にいーよ。あれだけ好きな子にフラれちゃったんだもんね、荒れるのも仕方ないよ。でも告白出来たことだけでもすごいことだよね!あの時はそんなこと考えられないって言ってたし」

「……結局上手くいかなかったし、本当に告白してよかったのか分からないけど……」

「すごい複雑そうだったもんね……。確か……、初めは向こうから告白されたけど、今までの関係を壊したくなかった恨みできみかさんは冷たく当たっちゃって、その後仲直りしたけど、今度は相手に彼氏が出来ちゃって……って言ってたよね?5つ歳下のバイトの後輩の子でしょ?」

「……うそでしょ……?なんでそんなに覚えてんの……?」

「……ももちゃん、すごっ!!」

「私、勉強とかはすごい馬鹿だったんだけど、記憶力だけはいいんだー!」 

「……もう二度と会うことはない人だと思って色々話しちゃったのに……しかも何をどこまで話したかあんまり覚えてないし……」

「私はきみかが話してくれたこと全部覚えてるよ?」

「…………最悪」



 あんなさんは肩を落とした私をしばらく無言で見た後、もものグラスがなくなりそうになっていることに気づいた。



「ももちゃん、次何飲む?」

「どーしよっかなぁ〜……えーっとねぇ……」



 その時、ももはテーブルに置いていたスマホのメッセージに気づいた。



「ごめんね!私、帰らなきゃだめだ!」

「どしたの?」



 私はグラスを片手に、焦った様子のももに聞いた。



「一緒に上京して来た友達が仕事から帰ってくるの。だからごはん作らないと!」

「それってもしかして彼女?」



 私が一瞬頭で思ったことを、あんなさんは言葉にした。



「全然違うよ!学生の頃からのただの友達!私、今無職だけど、友達はちゃんと働いてて毎日疲れて帰ってくるから、せめてごはんくらい作ってあげようって思って」

「へー。ももちゃん、料理出来るんだ?」

「ううん、今勉強中!」

「今日は何作るの?」

「どーしよ……ごはんと納豆と……冷奴と……玉子とのり?あとインスタントのお味噌汁!」

「それ料理って言わないでしょ……」

「きみかひどーい!」

「料理かどうかというより、朝食メニューだよね?丸一日仕事して帰ってきた人に、また仕事いかなくちゃ!って思わせる軽めの拷問みたいな……」

「もぉー!あんなちゃんまで!でもいつも喜んでくれてるよ?」

「気使ってくれてんだよ」

「そうなのー?……じゃあこれからもっと勉強して頑張るし!あ、これで足りるかな?」



 ももは財布から一万円札を出して置いていこうとした。



「あ、いいよ!ももちゃん!今日は」

「どうして?私、お金いっぱい貯めて東京出てきたから、ちゃんとお金あるよ!」

「それは大切に使いなよ、東京は何かとお金かかるし。今日はももちゃんの上京祝いってことで私のおごり!」

「ほんとにいいの!?ありがとー!あんなちゃん!ごちそうさまー!」



 素直にお礼を言うと、ももはテーブルの下の荷物のかごから、あんなさんの上着を取って袖を通し始めた。



「じゃあまた飲もうねっ!」

「ちょっ、ちょっと待って、もも!それ、あんなさんの上着!」

「えっ!?あっ、ごめんね!こっちだった!」

「……いや、それは尾関のだよ?」 

「あれ?私のがない……」

「てゆうか、もも、そもそも上着着てなかったよね……」

「ほんと?そっかぁ!ごめーん、間違えちゃった!あはは!じゃあ行くねー!」 



 そう言ってももは入口とは反対へと進み、突き当たった見知らぬドアを開けようとした。厨房の人も何事かと、ももの行動を凝視していた。



「ちょっとももちゃん!ちょっとどこ行くの!?」

「どこって……帰るんだけど?」

「どこでもドアじゃないんだから、そこからは無理よ……」

「入口反対だよ!」

「ハハハ!そっかぁー!」

「大丈夫?意外にかなり酔ってる?」

「ううん、全然!普通に馬鹿なだけ!今度こそじゃあねー!」



 ようやくちゃんと出て行こうとする後ろ姿を2人で見送る。お尻に丸い汚れがある。



「あ、そうだった……」

「ももちゃん!お尻汚れてるから隠したほうがいいよ!」

「あっ!そっか!」



 ももは右手を広げてお尻に当てた。



「これで見えないかな?」

「見えないけど、なんかトイレ我慢してる人みたい……」



 私がそう言うと、



「やだー!恥ずかしいから走って帰るね!またねー!!」



 ももはお尻を隠したままの格好で走って出て行った。



「……あれで走ったらさらに限界的に我慢してる人になっちゃうよなぁ……」

「……だよね」

「……ちょいちょいバカだけど、いい子じゃん、ももちゃん」



 あんなさんがしみじみと言った。



「……そうだね。かなりバカだけどね……。昨日も、元々私とは気づかないで世話焼いてきてたし、普通にいい子なのかも。……酷い態度とってほんと悪いことした……」

「……まぁ……フラれた直後だもんな……」

「……奈央さ、明ちゃんと付き合ってるんだって」

「……あぁ、うん。えなから聞いて知ってた。でも倉田ちゃん、自暴自棄になってるっぽかったから、二人でちゃんと話せばまだ間に合うかもしれないって思ったんだけどな……」

「……傷つけたのは昨日に始まったことじゃないから……奈央が私のこと信じられないのも仕方ないと思う」



 私はバッグからキーホルダーを取り出してあんなさんに差し出した。



「え!?なに!?見つけたの!?いつ!?」



 あんなさんは驚きながら、高価で貴重なものでも扱うように手を広げてキーホルダーを受け取った。



「見つけたっていうか、拾った……。昨日、奈央と別れた後に土手行ったらたまたま座ったベンチの足元に落ちてて……」

「……なにそれ?なんてタイミングだよ……」

「ほんとだよね……。それ、裏見てみて」



 私の指示通りキーホルダーを裏返し、奈央の掘った歪なイニシャルの刻印に気づくと、あんなさんは切なそうに笑った。



「………倉田ちゃん、可愛いよね」

「うん……。めちゃくちゃ可愛い……」

「おい、どした!?すごい素直じゃん!」

「……昨日ほんとすごい乱れちゃってさ、家帰っても飲みまくってそのまま寝ちゃったんだけど、朝起きたら手の中にそれがあって……。ガンガンの二日酔いの頭痛の中それ見てたら、やっぱり好きだって思って……」

「……じゃあまだあきらめないつもりなの?」

「正直、明ちゃんと付き合ってるってのがショックすぎて今はそこまで考えられてない……。ただやっぱり奈央が好きってことだけは変わらないけど……」

「そっか……」



 丁寧に扱って返してくれたキーホルダーを手のひらに乗せ、もう一度刻印を見た。



「次、何飲む?」



 空になったグラスを見てあんなさんが言った。



「ウイスキーにしようかな……」

「じゃ、私もー」

「ぼちぼち酒が回ってきて、もう二日酔い治ったでしょ?」

「うん、すっかり」

「じゃ、今日もこっから朝まで飲むか!」

「それは死ぬわ……」





 ちょうど運ばれてきたウイスキーのロックを軽く上へ掲げて、私たちはもう一度乾杯をした。






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