第61話 ももの正体
まだ上がる時間まで3時間はあると伝えると、「じゃあ散歩してくる!あとでねー!」と言ってその子は手を振って出ていった。
完全に姿が見えなくなる前に私は単刀直入に聞いた。
「……あんなさん、なんで誘ったの?」
「お前が私に隠しごとするから」
「……別に大したことじゃないんだって……たまたま出会ってちょっと話したってだけで……」
「じゃあ、どこでどうやって出会ったわけ?」
「……それは…まぁ…ちょっと……」
「……まぁいいわ。お前が話さないならあの子から聞くから」
「3人で何話すのよ……」
「葉月行くからえなも入れて4人だよ。お前が私たちに隠してる悪事をえなと二人で暴いてやるわ」
「……別に悪事なんか働いてないって……」
「あの子、名前は?」
「………もも」
「ももちゃんね。……あっ!忘れてた!葉月ダメなんだった!今日は予約でいっぱいだってえなが朝言ってたな……」
「最近ほんとすごいね、どんどん忙しくなってて。こないだも入れなかったし、えなさんよく一人で回してるなぁ……」
「そうなんだよね、ぼちぼち一人じゃきつい感じなんだよねぇ……」
上がる時間になり着替えて店を出ると、ももは店の正面にある自転車の駐車防止用のポールに軽く座るようにして待っていた。
「2人ともおつかれさまぁー!」
「おまたせー!って、そんなところ座ってたらポールお尻に刺さらない!?服も汚れちゃうよ?」
「えっ!」
あんなさんに言われて慌てて立ったももの白いスカートのお尻の部分には、ポールでハンコを押したように丸い汚れの後がついてしまっていた。
「あーほんとだぁ~…買ったばっかりなのにぃー……。ちょっと座っただけでこんなに汚れるなんて、東京ってホコリがすごいんだねぇー」
「東京って…か…。ふーん」
斜め後ろに立っていた私の顔をまたも意地の悪い表情で見ながら、あんなさんが含みを持たせて言う。
あんなさんとももが互いに軽めの自己紹介を交わしつつ、私はそんな2人の後ろを歩いて、行きつけの焼き鳥やに向かった。
細長い店内に入ると、ちょうど角の席が空いていて、私たちはそこの丸テーブルを選んで3人でバランスよく囲んだ。
「じゃ、はじめましてー!」
「わー!はじめましてー!」
2人の挨拶を合図に生ビールでカンパイした。3人揃って一口目で半分ほど飲み、ほぼ同時にジョッキをテーブルに置いた。
「おー!いけるね!」
「うん!私お酒好きなんだー」
「改めてよろしくね、ももちゃん!」
「よろしくね!あんなちゃん!あんなちゃんて、きみかの働いてるお店の店長なんでしょ?なのに二人、友だちみたいだね」
「私は公私共に尾関のボスだからね」
「そうなんだ!」
「いや、すんなり受け入れ過ぎでしょ…。てゆうか、よくひと回りも上の初対面の人をちゃんづけで呼べるよね」
「ダメだった?」
私の指摘で初めて気づいたように、ハッとしてももはあんなさんに聞いた。
「全然いいよ!仕事じゃないんだから歳なんか関係ないもんね!」
「そうだよね!あんなちゃん、やさしくていい人だね!」
「そーなのよ、ももちゃん瞬時にそれを見抜くなんてなかなか見る目あるなー!ね?尾関!」
「……そうだねー…」
「金髪の私が言うのもなんなんだけどさ、ももちゃんもかなり目立つ髪の色してるね!それピンクだよね?」
「うん。ほぼピンクよりのピンクベージュだよ!私、ピンク好きだから上京をきっかけにピンクにしてみたんだー」
確か出会った時はそこまで派手な色じゃなかった。それに髪型も今とは全然違った。だから分からなかったんだ……。人の印象って髪型が9割を占めるって何かで聞いたな……2人の会話をよそにそんなことを考えていた。
「そうゆう色ってなかなか似合う人いないのに、よく似合うよ!」
「ほんと!?うれしー!ありがとー!」
外国の着せ替え人形でもなきゃ馴染まないような髪色が、確かにももにはよく似合っていた。
「でさ、こんなに可愛いももちゃんは尾関といつからの知り合いなの?」
「会ったのは去年の5月だったから、約1年くらい前かな?」
もうあんなさんを止めることは出来ないので、不本意ながらもチャチャを入れずに私は大人しくしていた。
「そーなんだ!で、二人はどこで出会ったの?」
「私が前の仕事してた時に出会ったの」
「前の仕事って……ももちゃん何やってたの?」
「レズ風俗嬢だよ」
「レ!?おっ、尾関、お前………まぁ
……まぁそうか……そうだよな……」
「ちょっと!やめてよ!その、一瞬引いたけど哀れな独り身だし仕方ないか……みたいに勝手に納得するやつ!!」
「きみかと会ったのはそのたった一回だけなんだよねー」
「……そう……一回ね……。ごめんね、今日、逆に私が二人の邪魔しちゃった感じだったよね……」
「あのさ、言っとくけど、私たちやってないからね?」
あんなさんはそう言った私の目をじっと見た後、胸元が強調されたようなトップスと、座ったことでさらに短くなったスカートに身を包んだセックスアピール満点のももの全身を今一度確認した。そして、両手でジョッキを持ちながら愛嬌よく笑うももと目が合うとニコッと笑顔をお返しし、私に向き直った。
「……絶対やったな」
「やってないって!ちょっと!ももからも言ってよ!」
「ハハハ!ほんと仲いいんだねー!おもしろーい!」
「そうじゃなくて!!」
「だって、その仕事で出会ったんでしょ?」
あんなさんが今度はももに聞いた。
「そうだよ、予約入ってホテルの部屋に行ったらきみかがいてー」
「……やっぱやってんじゃん」
また首をこちらに向ける。
「客として会ったし、ホテルの部屋にも入れたけど、やってはないんだって!!」
「お前それさ、ポッケにタバコ入ってるのに『吸ってねーし!』って言い張る中学生くらい信用ないよ?」
「だって本当のことなんだから!!」
「うんうん、言うよね。そうゆう時ってみんなそうゆうこと言う……。尾関、もういいよ……そんなに必死に
「愉しにかかってんじゃん。信じる気ゼロじゃん」
「あんなちゃん!本当にしてないよ、私たち」
しばらく私とあんなさんのやり取りを笑って見ていたももが、突然口を開いた。
「……そうなの?なんだ、そうなのかー」
「なんでももの言葉はすぐに信じるんだし!」
「……初めはしようとしたんだけどね、直前になってやっぱりいいってきみかが言って……」
「……お前、それはそれで最低だな。ももちゃん怒らなかったの?そんな失礼なやつ」
「怒らないよー!するもしないもお客さんの自由だもん!しなくてもちゃんとお金はもらうしね。それにきみか、泣きながら土下座して謝ってくれたし」
「……それってどうゆう状況…!?お前、とんだカオス野郎だな……」
私は瞑想に入るように薄く目を閉じながら、ビールを飲んだ。そして、いい加減に覚悟を決めた。
「……分かったよ……説明するから……」
「初めからすればいいんだよ!」
「自分でも記憶から消してたくらい黒歴史だから言いたくなかったんだもん……」
「そんなに消したい記憶なんだ……」
少しすねたような口ぶりで独り言のように言うももを横目に、私は小さなため息をついた。
「……去年の5月にさ……」
そして、約1年前のある夜のことをあんなさんに話し始めた。
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