第53話 結局会いたくて




 次の日は2日ぶりのバイトだった。

 尾関先輩も出勤日だったけど、あれだけ具合が悪かったし、今日も休みだろうなと思っていると案の定、出勤時間になって代わりに現れた店長から尾関先輩の休みを伝えられた。



「ま、でももう熱も完全に下がったし、普通に動けるようにもなってるし、本人は今日から出るって言ってたんだけどね。今日は私が代われるから大事をとってもう一日休ませたんだ」

「店長、尾関ちゃんのお見舞い行ってきたんですか?」



 隣に並んで一緒に聞いていた香坂さんが聞く。



「うん。様子見がてらごはん作りにね」



 心配と寂しさが混同してるような表情で店長の話を聞く香坂さんを見て、香坂さんには悪いと思いながらも、私は少し優越感を感じてしまった。



「明日はあいつ元々休みだし、今日明日ゆっくり休ませたら明後日には完全復活して戻ってくるでしょ!」



 店長の言葉を聞いてハッとしてドキッとした。明後日……その日は私もバイトだ…。しかも香坂さんはたしか休みだったはず…



 きっとその日だ…。

 その日、きっと私と尾関先輩は……



 そう思ってからは、その日のバイト中ずっとソワソワしっぱなしだった。対して香坂さんは、終始思いつめたような顔で何かを考え続けているように見えた。



 近頃、尾関先輩がいる時はなかなか帰ろうとしない香坂さんだけど、今日は上がりの時間になると「お疲れ様です…」と元気のない様子ですんなりと帰っていった。



 静かに扉が閉まり5秒ほど置いてから、休憩室で一緒に香坂さんを見送った店長が、昨日のお見舞いの時のことを話し始めた。



「でさ、昨日の朝は私がステーキ焼いてやったんだけどさ…」

「えっ!?朝もステーキ食べさせたんですか!?」

「あいつ風邪引くとステーキ喜ぶんだもん。めっちゃ金のかかる犬だよねー」

「犬じゃないでしょ…」

「でさ、せっかくこの私が焼いてやったのに、奈央のやつのがおいしかったとか言いやがってさー」

「え!それ本当ですか!?」

「ウソ」

「………私、店長のそうゆうウソ本気ではっ倒したくなるんですけど……」

「倉田ちゃん、いつの頃からか私に当たり強くなったよね?……すんごく」

「店長がいけないんですよ!しょーもないことばっかり言うんだから……」

「ごめんごめん、ウソついて」

「もーいいですよ…」

「ちがうよ!ウソって言ったのがウソ!」

「え?」

「本当に言ってたよ、尾関。奈央の焼いてくれたステーキのがおいしかったんだってさ」

「えっ……ほんとにほんと?」

「ほんとにほんと。だからムカついて顔面に焼きたてのステーキ押しつけて、ステーキ皿の気持ちを教えこんでやった」

「…………」

「冗談だって。引きすぎだろ」

「店長だったら本気でやりそうですもん……」

「さすがにそんなことしないよ!そんなことしたらせっかくの高いステーキがもったいないじゃん」

「……それ、サイコパス診断だったら正解のやつですよ。……そう言えば、今日も行ってきたんですよね?今日は何食べさせてあげたんですか?」

「今日はね、朝はステーキ焼いて、昼ごはんは牛100%のハンバーグ作ってきた」

「また肉!?てゆうか、肉からの肉!?」

「だってあいつ肉好きだから」

「いくら本人が好きって言ってもステーキからのハンバーグって……具合の悪い日本人女性の食事じゃないでしょ……すこぶる健康なアメリカ人男性の食生活ですよ」

「ウケる!たしかに!でもそれだけ食べても今頃あいつめちゃくちゃ腹減ってるよ。そこからなんも食べてないから。でさ、この後夜ご飯食べさせに行くんだけど、一緒に行く?」

「えっ………」

「聞いたよ、えなから。なんかこないだ尾関といい感じだったらしいじゃん?ねぇ、それってお見舞い頼んだ私のファインプレーじゃない?」

「……まぁ……そうかもしれないです…」 

「いぇーい!ねぇ!じゃあ、その節はありがとうございましたって言ってよ!」

「………その節はありがとうございました」

「ほんとに言ってるわ…ウケる……」

「尾関先輩が弱ってていじめられないからって私で遊ばないで下さい!」

「だってー、他にいじめられる人いないんだもん」

「……えなさんから、どこまで聞きました?」

「具体的なことはなんも。ただ尾関といい感じかもしれないって喜んでたよ」

「………こんなこと、ほんっと言うの恥ずかしいけど、店長だから言うんですからね!?」

「なになに!?」

「……たぶん近いうちに私……告られます…尾関先輩に……」

「ついに来たかー!!って、近いうちにってなんでそんなこと分かんの?」

「……ちょっとそんな雰囲気で……なんか分かるじゃないですか!ほぼそうって感じ…。実はほとんどもう言われたような感じみたいなくらいだったんですけど……大事なことだからちゃんと良くなってから話したいって言われて……」

「あいつらしーね。まどろっこしいなぁー、そのまま言っちゃえばいいのに!」

「……でもあの日は本当に具合悪そうだったし、それに、私としても、ずっとずっと待ってた瞬間だし、流れにまかせてとかじゃなくて、ちゃんと準備して言ってくれる方が嬉しいっていうか…」

「乙女だねー」

「あと、えなさんにも話したんですけど…私も彼氏のことで嘘ついてたこと、ちゃんと言わなきゃいけないって思ってて…。いいですか?全部包み隠さず話しても」 

「当たり前じゃん。倉田ちゃんの好きにしてよ」

「…ありがとうございます。……たぶん許してはくれると思うけど、やっぱり少し怖いです……いざ話すとなると……見る目変わられちゃうかもしれないって…」

「大丈夫だよ!200%大丈夫!!もし大丈夫じゃなかったら時給一万円にしてあげるよ」

「それ、大丈夫なんですか?」

「大丈夫じゃない。だから、そんくらい大丈夫だってこと!」

「店長がそう言ってくれるとすごく心強いです…」

「でしょ?安心しなよ!じゃ、そろそろ行こっか。行きにスーパー寄ってステーキ買ってこ」

「またステーキ!?ていうか、私行くって言ってないんですけど!」

「え、行かないの?」

「…だって、こないだ初めて家行ったばっかりなのにその二日後に速攻2回目の訪問なんて、しつこい女だって思われるかもしれないじゃないですか……。あと、そもそも顔合わせるの恥ずかしいし……」

「じゃあ私が焼いちゃっていいんだ?ステーキ」

「………だめです!!私が焼きます!!」



 結局、どう思われるとか恥ずかしいとかよりもとにかく会いたい気持ちが勝り、私は店長と一緒にスーパーへ向かった。



 急ぎ足で買い物を済ませ、一回で覚えた尾関先輩の家までの道を歩いた。



「ついに温泉行けるー!」



 月明かりの下、ステーキの入ったスーパーの袋を夜空に突き上げて店長が嬉しそうに言う。



「本当に楽しみにしてたんですね」

「そりゃそうだよ!倉田ちゃんは楽しみじゃないの?」

「……楽しみですけど」

「その時に尾関と初エッチかもね」

「なっ!なんてこと言うんですかっ!信じられない下世話!!」

「ごめんごめん……ついね」



 そんなことを話してるうちにすぐに先輩のアパートが目の前に現れた。



「いいもの見してあげようか?」



 扉へと向かう手前で一度立ち止まると、店長はポケットに手を入れて鍵を取り出し、私にそれを見せた。



「え!?それってもしかして合鍵!?」

「そ。前に風邪引いた時あいつまじでやばくてさ、ピンポンしても出てこないからたまたま開いてたベランダから入ったら、床でぶっ倒れてたの。それから万一のために私も鍵預かっとくことにしたの」

「……そうなんだ…」

「あ、嫉妬してるー!羨ましいだろー?ほれほれ!」



 私の顔の前で小さな鍵を揺らして楽しくて仕方なさそうに笑う。



「店長は人をからかってないと死ぬんですか?」

「ハハ!そうかも!てゆうか安心しなよ!正式に尾関と付き合ったら、これは倉田ちゃんにあげるから」

「そんな、人の家の鍵を勝手に……」



 玄関の扉の前に立つと、店長はまた悪い顔になった。今度は何をするつもりなのか尋ねようとした私に、口元に人差し指を1本立てて合図を送る。指示通り黙って大人しくしていると、手に持った合鍵を誇らしげに掲げていたずらに笑った。



 































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