第52話 ひと足先の報告




 具合、少しはよくなったかな……



 次の日もバイトは休みで、昼過ぎになってようやくベッドで目覚めた私は、まず一番初めにそう思った。



 本当は今日もお見舞いに行きたいけど、そうゆうわけにもいかない。家族全員が出かけた家の中で夕方までそわそわと過ごし、葉月の開店時間に合わせて準備をして家を出た。



 気持ちがはやりすぎたのか思ったよりも早く着きすぎて、入口脇に引っかけられた木の板はまだ『仕込み中』の面になっていたけど、私は構わずにお店の引き戸を開けた。


 

 ガラガラガラガラ……



「えなさーん!」

「あっ、なおちゃん!いらっしゃ〜い!」

「ごめんなさい、開店前に…」

「全然大丈夫!それに、なおちゃんにだけは年中無休だもん!」

「えなさーん……」

「あっ!ごめんね!ついでにそこの板もう『開店』にしといちゃってくれる?」

「はーい!」



 私は木の板をひっくり返すと、いつものカウンター席に座った。



「この時間に来てくれるの久しぶりだね」



 嬉しそうに微笑みながらそう言ってくれて、私も嬉しくなる。



「うん!早くえなさんに会いたいって思ってたら、早く来すぎちゃった!」

「もぉー!かわいいんだから!」



 葉月の閉店時間は17時。だけどいつも大体初めのお客さんが入ってくるのは18時を過ぎてから。それまでえなさんは仕込みの続きをしながらゆっくりとお客さんを待つ。

 だからこの時間に来るとえなさんを独占出来る確立がかなり高い。なので、私はこの開店直後の時間が好きだった。



「最近なおちゃんとゆっくり話せてなかったからうれしいな」

「私も!最近は葉月来ても忙しくてえなさんとられちゃってたし、この時間はなかなか来れないし…」

「そうだね、ここのところお店ちょっと忙しかったからね。でもそれもそうだけどほら…、なおちゃん近頃はよく明ちゃんと遊んでるから……」

「あーそうですね…」

「私、それがずっと心配で……」

「えなさん心配しすぎですよ!明さんとは普通に友だちとして遊んでるだけで、ほんと何もないんだから!別にもう好きとかだって言ってこないし」

「ほんとに…?」

「ほんとですって!なんか明さんといると気が楽なんですよね、不思議と。あんまり気使わないでいられるっていうか。楽しませてくれるし」

「そうゆうことならいいんだけど、なおちゃんて純粋ですぐすけこまれそうな危うさがあるから……」

「……すけこまれそうなんて言葉、この世にあるんですね…。てゆうか、もしなんかあったとしたら、えなさんには絶対話してますって!」

「そうだよね、私には話してくれるよね」

「もちろんですよ!…それに、これからはきっともう明さんとは会わなくなると思うし……」

「え?ケンカでもしたの?」

「いえ…そうじゃなくて……」

「…じゃあなに?なんかこわいんだけど…」

「なんで怖がるんですか?」

「知らないところでなおちゃんに何かが起こってるの、私こわいんだもん…。またなんか尾関ちゃんのことで辛いことがあったんじゃないかとか心配で……なおちゃんにはいつも幸せに笑っててほしいから」

「……ありがとうございます、えなさん。でも私、今すごく幸せです…」

「え!なんかいいことあったの?」

「……明さんと会えなくなるっていうのは……浮気みたいになっちゃうからよくないかなって思うってゆうか……尾関先輩の嫌がることしたくないし……」

「えっ!?それってもしかして……」

「……昨日お見舞いに行った時にちょっと話して……説明が難しいんですけど、もうほとんどそんな感じっていうか……でも、まだちゃんと付き合ってるとかそうゆうんじゃないんですけど!……体調がよくなったら大事な話したいって真剣に言われて……たぶんそうかな?って……」

「わぁー!!やったね!!やったー!!なおちゃん!!おめでとー!!」



 えなさんは胸の前で両手を握って、いつもの何倍ものリアクションで喜んでくれた。



「……それで、一番にえなさんに報告したくて今日は来たんです。ほんと、まだちゃんと告白されたわけでもないのに気が早すぎて恥ずかしいけど…」

「うれしいー!あぁ、そっかぁ……ほんとにうれしいなぁ……」



 余韻に浸るえなさんは少し涙目になっていた。どれだけ今まで私のことを想ってきてくれてたかが伝わってきて、こんな人がいつも私の味方でいてくれることに言葉にならない幸せを感じた。



「……実は、それともう一つ話したいことがあって…」

「うん、なに?」

「……私もちゃんと話さなきゃと思って…彼氏がいるって嘘ついてたこと…」

「あぁ!そっか!最近すっかりその設定忘れちゃってた!」

「実は私も…。いつからか先輩がほとんどそのことに触れなくなって、私も自分からわざわざ話さないし、忘れてることのが多くて…。お前は忘れんなよ!って話ですけど…。それで、私が本当のこと話したら、えなさんと店長も協力してくれてたことが分かっちゃうから、先に伝えておきたかったんです。本当のこと、先輩に話してもいいですか?」

「もちろん!当たり前だけど、私のことなんて気にしないでなおちゃんのしたいようにしてね?こうゆう日をずっと待ってたんだから!あんなちゃんも大丈夫だから、なおちゃんの素直な気持ちを尾関ちゃんに伝えて」

「ありがとうございます…。先輩にそのこと話すのは正直すごく怖いけど、でも私、後悔はしてないんです…。きっとあの時あの嘘をつかなかったら、先輩と私はあのままもう離れたままだったと思うから…」

「……尾関ちゃん、早く良くなるといいね」

「はい!今日は具合どうなんだろう……」

「熱はだいぶ下がったみたいだよ?午前中にあんなちゃんがごはん食べさせに行ってきたから」

「そうなんだ!よかった…。てゆうか先輩から聞いてはいたけど、先輩が体壊すと店長がすごい面倒見てくれるって話本当なんですね。店長、なんだかんだでやっぱり大事なんですね、尾関先輩のこと」

「うん。あんなちゃん、尾関ちゃんのこと大好きだからね。あんなちゃんにとってはすごく大切な……」

「…妹?」

「……愛犬かな?」

「あー……やっぱそっちかぁー……」

「良くなるまでしばらく毎日通うと思うよ?一日最低2回は」

「なんか複雑だなぁ……もし付き合えたとしても、先輩の中で永遠に店長を超えられる気がしないんですけど……尾関先輩も店長のことすっごい好きだし……」

「でもほら好きのジャンルが違うじゃない?」

「それはもちろん理解してるつもりなんですけど、それでも悔しいってゆうか…。なんかお互いのこと知り尽くしてる感じがするし……。えなさんは店長があんなに尾関先輩を大事にしてて嫉妬とかしないんですか?」

「他の人だったら我を忘れるほど狂うかもだけど、尾関ちゃんには全くしないよ。2人の関係分かってるから」

「そっかぁー…私って子どもなんだなぁ……」

「そんなことないよ、本気で好きだったら嫉妬するのは当たり前だと思うよ?それだけなおちゃんが尾関ちゃんのこと好きって証じゃないかな。それに、今はまだ正式に付き合ってるわけじゃないから、尾関ちゃんを自分のものとも思えなくて不安なだけだよ。ちゃんと付き合ってエッチとかしたら、もう少し繋がってる自信持って構えていられるんじゃない?」

「えっえなさん!エッ…チって…!」

「付き合ったらするでしょ?」

「そ……そうかもしれないですけど……」 

「心と同じくらい大切なことだよ?体の繋がりも。私も葉月始めてあんなちゃんと離れてる時間が少し多くなっちゃったけど、やっぱりそうゆうことで心を保っていられるとこ大きいし」

「……当たり前かもしれないけど、その……店長とえなさんて……そうゆうことしてるんですね……?」

「ちょっとなおちゃん、その聞き方!それじゃむっつりオヤジみたいだよー!」

「だって!他にどう言えばいいんですか!」

「そうだよね~ごめん!ごめん!」

「……なんかあの店長とこのえなさんがって……想像つきそうで……つかないような…」

「あの…なおちゃん?目の前でそんなにリアルに想像しないで?さすがに恥ずかしいから……」

「あっ!ごめんなさい……」

「もー、なおちゃん可愛いうえにエッチなとこあるからほんとに不安だなぁ…。私、体の繋がりも大切とは言ったけど、欲望にかられて簡単に流されたりしちゃだめだからね?」

「えなさんまで店長みたいに私をエロ倉扱いしないで下さいよ!私はそうゆう意味で尾関先輩を好きなわけじゃ……」

「え?じゃあ尾関ちゃんとそうゆうことしたいとは思わないの?」

「……いや……したくないとか……そうゆうわけではないけど……」

「……じゃあしたいんだ?」

「………その……したいっていうか……興味はありますけど………やっぱり…大切なことかなとは…思うし……だから……まぁ……し…たい……んだと思います……たぶん……」 

「なおちゃん素直すぎー!すごくちゃんと考えて、結局したいって結論に行き着いたんだね!偉い!偉い!」

「ちょっと!えなさんまで!店長じゃないのにからかわないで下さい!」

「ごめん、ごめん!だってなおちゃん顔真っ赤なんだもん!可愛すぎてちょっといじめたくなっちゃった!」



 ガラガラガラガラ……



「いらっしゃいませー!」



 えなさんはたった数秒前まであんな話をしていたとは思えない上品な振る舞いで、私を除いてこの日初めてのお客さんを迎え入れた。



 その来店を皮切りに次から次へとお客さんが入ってきて、すぐに店内はほぼ満席になってしまった。



 唐突にえなさんの独占タイムが終ってしまい、少しふてくされながら、私はしばらくそのまま一人カウンターで過ごした。













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