コンビニラバー

尾関 きみか

第49話 盗られる前に

　珍しくあんなさんとの２人だった夜勤明け、ファミレスで朝から飲んでいた。

「あのさ……やっぱりあんなさんの言ってた通りかもしれない…」　

「なんの話？」

「香坂さん……ちょっとそんな感じかも…。なんか最近突然グイグイきてるかも……」

「ほらぁー！だから言ったじゃん！で？そんなんなってるってことは、尾関何したの？」

「何もしてないよ！………たぶん」

「うわぁ…マジでちょっとなんかありそうじゃん……冗談のつもりだったのに……」

「ただ、こないだ一日キーホルダー探ししてめちゃくちゃ疲れてた帰り道に、たまたま会っちゃったことがあって……」

「で？」

「ごはん食べてかないかって誘われて、少しだけのつもりでお家（うち）にお邪魔したんだけど……ご馳走になりながらお酒も頂いちゃって…そしたら、いつのまにか寝ちゃって……」

「で？」

「……それで、朝になって起きたら香坂さんが私にちょっと乗っかってる状態で寝てたんだけど…。その日から香坂さんの態度がいきなり変わって……」　

「じゃあ絶対なんかしたじゃん」

「………いやでも」

「それしか考えらんないだろ。あーあー、ついに尾関が香坂さんとやっちゃったよ……」

「やってないって！てゆうか、さすがにそこまでしたら酔ってたって多少は覚えてますよ！それに、そもそもそんなことする気なんてないし……奈央がいるのに」

「………じゃあ……例のやつじゃないの？」

「……私もそうかもしれないって思ったんだけど、迷惑なことしたかって本人に聞いたら否定してたし…」

「それは、香坂ちゃんからしたら迷惑なことじゃなかったってだけじゃない？」

「…………」

「この何年かは気をつけてたからトラブってなかったじゃん。なんでその日はそうゆう状況だったのに酒飲んじゃったのよ？そんなに疲れてんのに飲んだら絶対落ちるじゃん」

「……はじめは断ったんですけど、香坂さん寂しそうにしてて…。その日、娘さんの誕生日だって聞いてたんです…それでつい…」

「そっか。それもまた皮肉だな…」

「……でも、途中でやめなかった自分のせいです。乾杯だけでやめればよかった」

「……とにかくさ、香坂ちゃんから好かれてるだけならまだしも、尾関からも自分に気があるんだって思われちゃったらやっかいだよ？早く誤解といとかないと、どんどん面倒なことになるよ？」

「そうとは思うけど、実際に告ったわけでも告られたわけでもないから、なんて言ったら…」

「じゃあさ、今のそのアンニュイな関係を逆に利用して、もう先に倉田ちゃんとくっついちゃいなよ！で、『実は最近彼女出来たんです』って、それとなく報告すれば？それでも香坂ちゃんは傷つくだろうし可哀想だけど、自分の勘違いだったんだなって納得してくれるんじゃない？」

「だけど、まだキーホルダー見つけられてないから奈央に告白出来ないし……」

「まじでしつけぇー！！もういいよ！キーホルダーなんか！ゴーストバスターみたいなカッコしてどんだけ探すんだよ！お前は一度決めたらほんとに曲げないよね。そんなことしてるうちにまじで倉田ちゃん誰かに盗（と）られちゃうよ？」

「ちょっと！脅（おどか）さないでよ！」

「だって倉田ちゃんて普通に可愛いじゃん。４月から実務研修とは言え社会に出るんだよ？もう２０歳になるってのに未（いま）だに汚（けが）れを知らない希少な乙女だし、そんな子が欲にまみれた世界に飛び出してごらんよ？瞬殺で餌食だよ」

「ほんとやめて…」

「とりあえず告っちゃってくっついちゃえばいいじゃん！キーホルダーは付き合ってからでも探せるんだから」

「でも……自分だけそんな簡単に欲しいもの手に入れたら、奈央への罪滅ぼしにならないし……」

「それはもう別の形で滅ぼしてゆけよ！どうでもいいから私は早く温泉に行きたいんだよ！早く行こうよ！静岡あたりのレズ温泉にさ！！」

「伊豆温泉みたいに……」

「バカ！本当にあるんだよ、レズ温泉！」　

「えっ！？まじで！？」

「まじまじ。昔そこで一人のレズが溺れ…以来、その温泉に入った女はたちまちみんなレズになってしまうという歓喜的温泉が……」

「最高だな！」

「でしょ？だから早くいこ！だから早く告れ！」

「……ほんとにいいのかなぁ……告白しても…」

「しつこっ！いいって！お前はもうよく頑張ったって！今やれることは全部やったくらい探し尽くしたんでしょ！？」

「まぁ……」

「これ以上待たすのは逆に倉田ちゃんを更なる苦しみに追い込むことになるよ？事実最近尾関がつれなすぎてあの子めっちゃ病んじゃってるからね。本末転倒だよ」

「確かに…こないだすっごい冷たかった…たぶん、香坂さんのこと気にしてたんだと思うけど…」

「どんどん悪い方向いってんな。すぐにでも食い止めないとまじで振り向いてくれなくなっちゃうよ、見限られて。ふらぁ〜〜と誰かについて行っちゃったりね」

　彼氏のことが嘘だと知り、奈央はずっと私だけを好きでいてくれてたと知ってからは、誰かに奈央を盗（と）られることなんて考えてなかった。

　関係性がどうであれ、奈央はずっと私の側を離れることはなかったから。不安だなんて言いながらも、私はそれに調子に乗ってたのかもしれない。

　その時、明ちゃんとカラオケに行く奈央の姿を思い出した。あの時の奈央の、心から私を憎むような目が忘れられない。あんな奈央は見たことがなかった。

　奈央が私に取り返しのつかない愛想を尽かすことを初めて現実的に感じて、言いようのない不安にかられた。

「……告白、しようかな…」

「まじかっ！？やったぁー！！温泉！温泉！」

「喜ぶのは早いですって……フラれる可能性も全然あると思うし…」

「ない！ない！エロ倉はブンブンしっぽ振って大喜びするね！そして泣くね！泣きながら鳴くね！」

「……だといいけど」

「あっ！そうだ！もう一つ朗報があるよ！」

「なに？」

「ついに夜勤バイトが入りましたー！！がっつりシフト入りたいっていう子が３人も入るから、引き継ぎ終わったら日勤に戻っていいよ！」

「ほんとですかっ！？よかったぁ〜……」

「まじでサンキューね、今回はほんと助かったわ！お礼はちゃんとするから。休みの日に大きい公園行って、思いっきりフリスビーで遊ぼうね！」

「フリスビー犬ベスじゃないのよ」　

「今の振りでよく分かったな？もうすっかりベス慣れして……」

「てか、ベスいつまでやんのよ？ベスってほんとなんだし…。頭おかしくなるわ！」

「よしっ、じゃあ告白が上手くいったらそのお祝いに教えてやろう！」

「ほんと？」　

「うん。てゆうか、倉田ちゃんも答えを知ってる。だから付き合ったら直接聞けばいいよ」

「そうなの？じゃあ別に告白してからじゃなくても、今の段階で聞いてもいいじゃん」

「だめだよ」

「なんで？」

「だめだから」

「は？」

「ベス！ステイ！」

「………」

「告白が上手くいったら聞いてよしっ！」

「………がんばろ」

「ご褒美のために頑張るなんてまさにベス！もはやキングオブベス！」

「もう黙って……」

　もう少ししたら奈央もシフトがぐっと減って、今までみたいには会えなくなる。

　そうなったら色んなことがもっと難しくなるはずだ。

　迷いがありながらも、あんなさんからの後押しと嫌な危機感から、とにかく奈央に想いを伝えることを心に決めた。