第47話 私を好きな明るい人




 めいさんは私の返事を待たずに自分の左隣のイスを引き、テーブルの上のグラスや皿を寄せて私のためのスペースを作った。



 今は慣れない人と話すとかそんな気分じゃなかったけど、断る空気でもなく、結局流されるままに私は用意された席に座った。



「なおちゃん、どうしたの…?何かあった…?」



 えなさんがあったかいおしぼりを渡しながら、心配して聞いてくれた。



「……はい…ちょっと。また今度話聞いてもらえますか…?」

「うん……」

「あ、なに?もしかして私がいるから話しづらい感じ?」

「……まぁ……そうですね」

「はっきり言っちゃうんだ?そこ!なおちゃんいいなぁー、やっぱり私なおちゃん好きだなー!めちゃくちゃタイプ!」



 軽くそうゆうことを言う明さんがチャラチャラした尾関先輩とかぶって、少しイラついてしまった。



「あんまりそんな簡単に好きとか言わない方がいいと思いますけど」

「…どしたの?今日機嫌悪いね?」

「機嫌悪い人に機嫌悪いなんて一番言っちゃダメな言葉でしょ」



 ふてくされながら、えなさんが差し出してくれた麦焼酎の水割りを飲んだ。



 なんだろう?機嫌が悪いのはそうなんだけど、それにしたって私の態度はまだ一度しか会ったことのない人に対してのものじゃない。私が無礼なのは認めるけど、たぶん明さんの壁を作らない人となりがそうさせるんだとも思った。



「そりゃそーだよね!ごめん、なおちゃん許して?」

「もう別にいいですけど」

「お詫びに今日は私おごるからさ、嫌なこと忘れて楽しく飲もうよ!」

「そんな知り合ったばっかりの人におごってなんてもらえないです。お詫びされるほどのことじゃないし」

「いいじゃん、堅いこと言わないでおごらせてよ!じゃあお詫びじゃなくて、再会を祝して!私、今日臨時収入入ってちょっとお金持ちだし」

「臨時収入?競馬か競艇ですか?」

「違うわ!競馬はまだいいとして、平日の競艇は渋すぎでしょ…私をどんな人間だと思ってんの?私、ギタリストだよ?」

「明さんて、もしかしてギターだけで生活してるんですか?」

「うん!こう見えて実はそうなの」


 明さんは謙遜してそう言ったけど、実際そんな風に全然見える。今この葉月で飲んでいても、いい意味で少し浮いてしまうくらい、外見からも内側からもなんてゆうか常にオーラを放っている。

 私たち一般人とは一線を画するような、別世界の人の独特な雰囲気を感じる。だから全く意外には思わなかったけど、音楽だけで食べている人を目の当たりにしたことがなかった私は、ただ純粋に驚いた。しかもそんなに私と歳も変わらないのに…。



「明さんすごいですね!!」

「いきなり食いつくね」

「だって本当にすごいですよ!自分の体一つで生きてる人って、本当に心から尊敬します!」

「ほんと?なおちゃんにそんなこと言われると素直に感激しちゃうなー」

「バンド売れてるんですね!」

「いや、バンドはまだまだこれからだよ。頑張ってるけどバンドの方の収入じゃまだ全然生きてけないかな。メジャーデビューも出来てないしね」

「……じゃあどこから収入があるんですか?」

「スタジオミュージシャンとか、プロのツアーに参加させてもらったりとか、フリーのギタリストとして仕事もらってるの。ちなみに今日の臨時収入ってゆうのは、某有名アーティストのミュージックビデオに呼ばれたやつ。ほら、私って日本人離れしたスタイルと顔立ちでしょ?見てくれいいからそうゆう映像系でもちょくちょくお声かかるんだよねー」

「えー!ミュージックビデオまで!?すごいですね!!明さん!」

「……あの、ツッコんでほしかったんだけど?なおちゃんがツッコんでくれないと私、自画自賛の恥知らず女になっちゃうじゃん……」

「そんなことないですよ、だってその通りですもん!明さんて綺麗でカッコいいし、こうして座ってても分かるくらいスタイルいいし、映像でもめちゃくちゃ映えそうだなって分かります!でもきっといくら見た目に魅力があってもそれだけじゃプロの世界では通用しないだろうし、実際ギタリストとしての力も本当にすごいんでしょうね……」

「あれ?なんか私、なおちゃんの中で株うなぎのぼりじゃない?」

「うなぎどころかコブラですよ!」 

「たぶん喜んでいいんだろうけど、コブラはヘビだよね?しゅが違うよね?」

「…明さんて意外に細かいこと気にするタイプなんですね」

「…なおちゃんが間違ってるとかじゃなくて、私が細かいの?」

「はい」

「やばっ……やっぱりなおちゃん好き」

「もうそれやめて下さい…。音楽やってる人ってなんでこう軽いんだろ……」

「うわっ、突然の急暴落!てゆうか、それすごい偏見じゃない?」

「そうかな?だって音楽やってる身近な人2人が2人ともそうなんですもん。今のところ私の中で打率100%ですよ」

「それってもう一人はきみかさんってこと?」



 今一番聞きたくない名前に眉がピクッとなった。しかもよりによって下の名前…。そうだ、明さんは先輩のことを下の名前で呼ぶ人なんだった…。



「ふーん、それで今日は機嫌が悪いんだ」



 私が返事を返す前に明さんは結論づけた。



「……だって、せっかくチョコあげようと思って前から用意してたのに……奮発してけっこういいやつ買ったのに……」

「なに?もしかしてバレンタインのチョコ渡せなかったから落ち込んでるの?」

「……まぁ色々」

「そのチョコはどうしたの?捨てちゃったの?」

「ここにありますけど、後で捨てます」

「えー!じゃあそれ私にちょうだいよ!」

「……なんかこの展開デジャヴな気がする…」

「なに?」

「いえ、なんでもないです……。食べるならどうぞ…。どうせ賞味期限今日までだし」



 私は包装に少しシワの入ってしまったチョコをバッグから取り出して、明さんに渡した。



「やったー!まさかなおちゃんからバレンタインのチョコもらえるなんてなー」



 明さんが隣で喜んでくれていたけど、その間も私はずっと尾関先輩のことを考えていた。



 昨日は香坂さんからチョコをもらって、きっとまた異常なくらいに喜びながら食べたんだろうな……先輩、甘いもの好きだし……



「うわっ!まじで!?」



 えなさんに断りを入れてから包みを開けた明さんは、チョコを見て引き気味なリアクションをした。



「どうしました?」

「これ……なかなかだね。今どきこんなの売ってんだ…」



 今年私が尾関先輩に選んだチョコは、一人で食べ切れるか心配にさせてしまうほど大きいハートが箱いっぱいにひとつだけの、シンプルど直球なチョコだった。



 近頃は感情が抑えきれなくなってアピールがストレートになりすぎていたのか、改めて横目で覗き見た私は、確かにこれはちょっとやり過ぎだったかも……と、自分の盲目ぶりに気づいた。



「ま、いーや。食べちゃお。いただきまーす!」



 大切なチョコにためらいなくフォークをつき刺す明さんを横目で恨めしく見る。



「んー!おいしー!見た目の割に味はすっごい本格的!これはいいチョコだわ!」



 感想を聞いて思わず深いため息が出た。



「………尾関先輩に食べて欲しかったな…」

「……なおちゃん、気持ちはすっごく分かるんだけどさ、今それ言う?」

「あ、ごめんなさい……声に出てましたか?」

「がっつりね」

「はは……」



 心からの本心が口から出ていたことに、私は本当に気づいていなかった。



「今のはけっこう傷ついちゃったなー。ちょっとトイレ…」



 明さんは食べかけのチョコにフタをして席を立った。トイレの内鍵の音がした後、カウンターの端のお客さんと話していたえなさんがそれを見計らうようにスッと私の前にやって来た。




「なおちゃん大丈夫?」

「……あんまり大丈夫じゃないです」

「尾関ちゃんと何かあったんだね……後でゆっくり聞かせてね。でもとりあえず今私が心配してるのは明ちゃんのことなんだけど…」

「明さんがどうかしたんですか?」

「明ちゃん、なおちゃんのことかなり本気みたいだから私ちょっと心配で…」

「まさか!そんなんじゃないですよ、私のこと子どもだと思ってからかってるだけですよ、明さん誰にでもあんな感じそうだし」

「……あのね、明ちゃんあのクリスマスの日から実はもう何回も店に来てるの、いつも一人でね。最近なおちゃんが来てるかって毎回気にしてたし、こうしてまたなおちゃんに会えることを期待して通ってくれてたんじゃないかな?だから、けっこう本気だと思う」

「え?そんなに何度も来てるんですか?」

「うん…。なおちゃんピュアだから本当に気をつけてね?私も明ちゃんはいい子だとは思ってるけど、心から望まないなら流されたりしちゃだめだよ?…例え尾関ちゃんのことでうまくいってなかったとしても…」

「大丈夫ですよ!」

「なにー?何が大丈夫なの?」



 気づくと明さんがトイレから出てきていて気配なく隣に座り、私はビクッとしてしまった。



「お酒の濃さ聞いたの。ちょっと濃かったかな?って思ってたから!」



 そう言いながら有無を言わせない無敵な笑みを浮かべ、えなさんはまた上手に私たちの前からはけていった。



「……実は初めから思ってたんだけどさ、焼酎の水割りって若いのに渋いよね」

「そうですか?親が昔から焼酎派だからこれが基本なのかと思ってました」

「お父さん?」

「いえ、お母さんです。うち、シングルマザーで父親はいないんです」

「えっ、なおちゃんちもそうなの?うちもだよ!うちも母親だけー」

「そうなんですか?」

「うん!なんかちょっと嬉しい。育った環境が同じってなんか親近感湧かない?」

「そうですね、多少は」

「ねぇねぇ、もうそろそろ葉月閉店でしょ?この後もう一軒行かない?」

「私、一応まだギリギリ未成年なので、そんな堂々と飲めないですよ、葉月だから暗黙の了解で自由に飲んじゃってるけど…」

「そっか!そう言えばなおちゃんて19なんだっけ?忘れてた。なおちゃんて大人っぽいから」

「え!?大人っぽい!?私が!?それはないでしょ…」

「なんで?普通に大人っぽいじゃん。なんか妙に落ち着いてるし受け答えとかしっかりしてるし」

「なんだ……内面的な話ですか……」

「それだけじゃないよ?胸も大きいし」

「どこ見てるんですか!」

「別にじろじろ見てないけど、服の上からでも大きそうだなって分かるから」

「…………」

「え……いきなり黙るの?ウブすぎて可愛いすぎるんだけど!そうゆうところだけ子どもなんだ?」

「子どもじゃないです!もう2ヶ月もしないで二十歳はたちだし!」

「じゃあ大人のつき合いってことで、カラオケ行こうよ!」

「カラオケかぁ……」

「歌うの苦手とかなら無理に歌わなくてもいいよ?話が出来ればいいし」

「カラオケいくなら歌いますよ!カラオケ行って歌わないなんて邪道だもん」

「そっか、それはそれでいいけど。なおちゃんの歌聴いてみたいし!」

まれにみる音痴ですけど聴いてくれます?」

「音痴なの?」

「……はい。音楽ずっと1だったし」

「マジで!?音楽で1ってあるんだ!?逆に聴いてみたいわ!」



 明さんとなんてことない話をしてると本当に少しだけど心の痛みがまぎれる気がして、多少ヤケになってる自分に気づきながら明さんの誘いに乗り、閉店より少し前に二人で葉月を出た。



 えなさんは私たちを見送る時、思い悩むように心配そうな顔をしていた。


















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る