尾関 きみか

第43話 邪 ーよこしまー



 深夜の人通りのない商店街を二人で歩いていた。こんなの本当に久しぶりだ。



「……こんなに飲ませすぎちゃってごめん」

「……どうして先輩が謝るんですか…?私が勝手に飲んだのに……」

「でも未成年だし、大人が見ててあげないと……」

「私はもう大人ですっ!もうすぐ二十歳はたちになって、尾関先輩が嫌いな子どもじゃなくなるんです!」

「……まぁまだあと二ヶ月くらいあるけどね」

「ひどい……じゃあまだ私のこと嫌いなんだ……」

「そういう意味じゃなくて!」

「じゃあ嫌いじゃないですか……?」

「嫌いなわけないでしょ」



 私に体を預けながら上目遣いですがるように見てくる奈央から視線をそらした。



 色々とやばかった……

 可愛すぎるし、何よりこの角度からだと、一番上しか開けてないシャツの隙間からでも胸元が見えてしまう……。



 奈央は斜めにかけたショルダーバッグのベルトを命綱のように両手でぎゅっと握り、私に体重を預け、覚束ない足取りでなんとか歩いていた。



 私はそんな奈央が転んでしまったりしないように右腕をその背中に回し、右の脇の下あたりに手を置いてしっかりと体をホールドして歩行を支えた。



 一見、面倒見のいい先輩だ。

 でも、本当のところはちょっと違った。



 酔いが回りすぎて奈央は全く気づいてないけど、体を支えてる私の指先には奈央の横乳がかすかに当たっていた……



 もしかして私は奈央が酔っ払ってることをいいことに、この状況を利用してセクハラをしてるんじゃないか?

 …いや、違う!

 純粋に体を支えようとした位置がたまたまここだっただけで、下心なんてない!

 ……でも本当にそうなのか?

 ギリギリ『たまたまだ』と言い切れる位置を計算して、絶妙なセクハラをしてるんじゃないのか…?

 だとしたら最低が過ぎる……



 そんな風に自分で自分に自問自答しつつ戒めながらも、結局手の位置を変えないままでいる自分に気づかないフリをして一歩一歩ゆっくりと歩いた。



「……先輩、難しそうな顔してる……。怒ってますか…?私がまた面倒くさいこと言うから……」

「えっ!?全然怒ってないよ!」

「……ほんとに?」

「ほんとに!全然!」



 私が強く否定しても奈央はまだ不安そうにしていた。「むしろエロいことを考えてました」と言えばその不安は拭えるかもしれないけど、そんなこと言えるわけがない。



「……私、分かってるんです……。こうゆうのがいけないんだって…。二十歳はたちになったってこうゆうところ直さないと、もっと大人にならないと、また先輩に嫌われちゃう……」



 可愛すぎて脳が沸騰して爆発しそうになる。この数週間『禁・奈央』してたからなおさら爆発力が半端じゃない……



「もっと大人にならないと…」という奈央の言葉が別の意味にさえ聞こえてきた。

 てゆうか、いつのまにこんなに胸が大きくなった!?16歳で店に入って来た頃は、胸なんてあるのかってレベルだった気がするけど、今は……推測だけど最低でも平均以上は確実だと思う……。

 知らない間に奈央に何があったんだ!?



「……先輩、何も言ってくれないんですね…」

「あっ、ごめん!ちょっと今別のこと考えてた!」

「………別のこと…ですか……」

「いや、違くて!別って言っても奈央のことだよ?奈央の、別のこと!」

「……私の別のことってなんですか…?」



 やばい、そこまでは考えなかった……



「…誕生日のこと!何しようかなー?って!」

「えっ…私の誕生日のこと考えてくれてたんですか?!」

「あ……うん…」



 すると奈央は突然私の支えから外れて自分の足でしっかりと立つと、



「うれしい!!」



 そう言って私の右腕に抱きついてきた。

 そのせいで、さっきまでのかすかに当たっていたでは済まされない、はっきりとしたおっぱいの弾力が二の腕に押し寄せてきた。



 一瞬、キーホルダーなんかもうどうでもよくないか?という考えがよぎってしまった…。



 酒と欲望に侵された私は、やっとここまで歩いてきたこの道を引き返して、いっそ今すぐに自分の部屋に奈央を連れ込みたいと本気で思ってしまった。

 たぶん今の奈央なら私の誘いを絶対に断らない…それどころか、酔ってるからかなりガードが緩そうだ…。きっと何をしても許されそうな気がする……

 


 でもそんな最低な私の妄想をすんでのところで止めたのも、やっぱり奈央だった。



「私、本当に本当にすごく嬉しいんです……尾関先輩との誕生日の約束……」

「……そんなに?」

「はい。だって、この先また会えなかったたり色々とあるかもしれないけど、その日だけは絶対会えるんだもん……約束したから」



 その奈央の純粋過ぎる言葉を聞いて、私のよこしまな欲望は一気に吹き飛んで空へと昇った。



 絶対にキーホルダーを見つける。最低でも奈央の誕生日までには必ず…。

 そしてそれを見つけて告白する。それで付き合うことが出来たら、もう約束なんて必要ないって奈央が安心するくらい側にいよう。






 誕生日までに…と目標を掲げたものの、本当は明後日に見つけ出すつもりでいた。奈央からの誘いを心苦しく断ったのも、それ相当の理由がある。



 前日が日勤で次の日が丸一日休みという、めったにないタイムスケジュール。だから、明後日は朝から長い時間捜索に費やせる。



 しかも私は、ついにキーホルダーのあるであろう場所にも目星をつけていた。だから、きっとその日に見つけられるはずだ。



 今すぐここで好きだと言いたい気持ちをぐっと押し込めて、不安そうな奈央を見つめた。



「ねぇ奈央、クリスマスの時、私がお願いしたこと覚えてる?」

「………彼氏と別れてっていう話ですか?」

「うん。あの時は奈央何も言わなかったけど、彼氏がいないとやっぱりだめなの?今も何も変わらない?」

「……いないとだめなんだってずっと思ってきたんですけど……だけど最近は、もしかしたらいなくてもいいのかもしれないって思える時もあります……」

「じゃああの時のお願い聞いてくれる?もし私がネックレス見つけたら……」

「でも……そんな簡単には踏ん切りつけられないっていうか、いないと不安な気持ちも完全にないわけじゃないし…。そもそも、先輩はどうしてそんなに別れさせたいんですか?」

「それは前にも言ったじゃん、奈央が辛そうなところ見たくないから…」 

「……だとしても、先輩がネックレスを探したりなんてしなくていいですからね!あれは、私が見つけないといけないものだし」

「………」

「……私もこのままじゃよくないとはずっと思ってるんです…。だから、ちゃんと自信を持って、もういなくても大丈夫だって思えるようになったら、もうこんなこと終わりにして先輩にもちゃんと全部報告しますから……」



 奈央は私に嘘をつき続けていること、それをいつか告白しなきゃいけない日が来ることに、苦しんでいるように見えた。

 


 早く解放してあげたい。 

 その苦しみを科してしまったのは私だ。だから奈央は何も悪くないんだよと言ってあげたい。



 ようやく着いた家の前で、玄関の扉を開ける前に奈央はもう一度振り返って私に手を振った。

 愛しくてたまらないその体を今は心の中でだけ抱きしめて、私はまた深夜の商店街へと引き返した。






































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