尾関 きみか
第28話 梨音
物心ついた時から女の子が好きだった…。
幼稚園の頃から女の子にチヤホヤされて、小学生になると初めて告白され、初めてのキスをした。
中学に上がると、ちゃんとした仕方も分からないくせにエッチまがいなことに手を出し、卒業するまでには片手では足りない数の女の子とそれを経験した。
なぜかいつも周りには女の子が寄ってきて、そんな自分の特殊能力みたいなものを有り難いと感じていたけど、夢中になるほど好きになるような子はいたことがなく、告白はいつも相手からだった。
そんな私が、これが好きという感情なのかもしれないと初めて考えたのは、高2の春。
女子バスケ部の次の部長候補として、3年の先輩から新しく入ってきた1年生のまとめ役を任された私は、大量の新入生を相手に四苦八苦していた。
高校でバスケ部に入部してくるような子達は大半が経験者で、言ったら悪いけど、生まれてきた瞬間から女らしさの一部をどこかに忘れてきたような気の強そうな子ばかり。
その中で
まずバスケなんてやりそうもない、むしろ、人生で一度もバスケットボールにすら触れたことがなさそうな、細く長い栗色の髪が綺麗な
私は1年生を分け隔てることなく、毎日少しづつでも一人一人、全員に話しかけるようにしていた。
その中で梨音に初めてした質問は、本当に一番気になっていたこと。
「どうしてバスケ部に入ったのか」
すると梨音は恥ずかしそうにしながら、「体育館で練習してる尾関先輩を見たから…」と言った。
そんなようなことは今まで何度も言われてきた。なのに、梨音に言われた言葉はその後もずっと私の心に残っていた。
梨音は天使だった。
素直で無邪気すぎる天使。
やがて1年生たちが部の雰囲気に慣れてきて、強張っていた表情もだいぶほどけ、先輩たちとも少しづつコミュニケーションを取り始めたかなという頃、梨音はそのはるか先をいっていた。
2年生だけで固まって休憩している輪の中に物怖じせずに入ってくると、
「尾関先輩のさっきのシュートすごくかっこよかったですー!!」
と、みんなの前で堂々と私の腕に抱きつく。
そんな梨音は、同級生からは
『まとめ役』を任されている私としては、いつも一人でいる梨音を放っておくわけにはいかなかった。
むしろ周りから外れている梨音のことは、他の子より特別気にかけるようになり、ペアを組む練習の時は、決まって余ってしまう梨音をいつも自分から誘った。
そんな私に梨音は、「尾関先輩大好き!」と言ってはさらに私に懐くようになっていった。
もともと悪い子じゃない部員のみんなは次第に梨音の性質に慣れていって、6月に3年生が引退して私が正式に部長になる頃には、「梨音だから仕方ない」とか「梨音は尾関先輩が大好きだから」と、当たり前のように受け入れるようになっていた。
ある日の練習後、顧問の先生が校内放送で緊急に呼び出され、部長の私が体育館の見回りと鍵閉めを代わりにすることになった。
部員が全員帰った後も、梨音だけはべったり私につきっきりでそれにつきあった。残ってる人がいないか、忘れものがないかなど、広い体育館を散歩のように二人で歩いた。
舞台脇の階段から幕裏に上がった時、お化け屋敷のような暗闇に怯えた梨音は、いつもより強く私にしがみついてきた。
私は安心させようとその手を握り、手を伸ばしたところにある小窓のカーテンを少しだけ開けた。
日の長い夏の夕日が細く差し込み、暗闇がほんのりオレンジに染まった。ほっとしながらまだ私にくっついたままの梨音を見下ろしながら、私は聞いた。
「梨音てさ、いつも私のこと大好きって言うけど、それってどうゆう好きなの?」
「えっ……」
脈絡のない私の突然の質問に、梨音は驚いた可愛い顔で私を見上げた。
でもまたすぐに下を向き、少し恥ずかしそうに答えた。
「……一番好きっていう好きです」
「そっか」
「尾関先輩も……私のこと好きだったらいいなって思ってます……」
「私も梨音好きだよ。嫌いだったらこんなにつるまないって」
「そうじゃなくて!……そうじゃなくて……」
さっきまで馴れ馴れしくくっついていた体をゆっくり離すと、梨音は制服のシャツの裾をぎゅっと握って一生懸命何かを伝えようとした。
「……尾関先輩が他の子と話してるの見てるの辛かったり……考えてるのも嫌だったり……隣を誰にもとられたくなかったり……いつでも私が尾関先輩の一番でいたいんです……」
そこまで言うと裾を握っていた両手を胸に当て、覚悟を決めたように梨音は私をまっすぐに見た。
「あのっ……尾関先輩!……私を先輩の彼女にしてもらえませんか……?」
たぶん今言うつもりなんかじゃなかったんだろう。話の流れで今だと思って、精一杯勇気を出して伝えてくれたんだと思った。
泣きそうな顔と震えている手がそれを物語っていた。
「梨音て女が好きなの?」
「…今までちゃんと人を好きになったことがないから分からないんですけど…、尾関先輩が好きだから……先輩とならって……」
「……私も。いいよ、梨音なら」
本当はずっとこうなりたかった。
言葉をいつ覚えたか分からないのに当たり前のように話せているのと同じで、自分が女の子を好きなことは隠さなきゃいけないというルールは、誰に教えられたわけでもないのに知らないうちに自分の中に根づいていた。
だから、そうゆう関係の子が出来ても、周りには絶対に言わなかったし、言えなかった。だから梨音にも、拒絶されることが恐くて自分の気持ちは言えなかった。
だけど梨音も私と同じだったんだ。それなのに、こんなかよわい女の子が私を好きな気持ちだけで、二人のために勇気を出してくれた。
梨音は私なんかよりずっと芯が強い女の子だと思った。
舞台袖の薄暗がりの中、私は梨音を抱きしめた。もう少し強く抱いたら簡単に命が消えてしまいそうなくらい細い体を壊さないよつに、出来るだけ優しく包み込みながら
「梨音、キスしてもいい?」
と、耳もとで聞いた。
「……したことないんですけど、いいですか……?」
梨音は小さな声で答えて体を強張らせた。
「その方がいい……」
怯える梨音にそっとキスをすると、梨音は顔を真っ赤にして呼吸をするのが苦しそうになってしまった。
「大丈夫!?」
私が心配して言うと、
「……ドキドキしちゃいました……」
と梨音は赤い顔のまま微笑んだ。
付き合うことになってから梨音は変わった。天真爛漫なキャラは封印され、みんなの前でベタベタするようなことは一切なくなった。私と話す時は目を合わせられなくなって、自然に会話をすることさえ難しそうだった。
でもそんなところも可愛くて、ぎこちないこの関係すら私は愛しく感じていた。
当然二人の関係は誰にも秘密だったので、バレないようにみんなの前では、私も少し距離を置くようにした。
それでも隠れて二人の時間を作っては、されるがままの梨音に私は何度もキスをした。
このままずっと、私が先に卒業しても、大人になっても、ずっとこの関係が続いたら……きっと梨音もそう思ってくれてる。
そう信じて疑わなかった。
だけど、そんなものは私一人の中だけの妄想でしかなかったとすぐに知ることになった。
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