第29話 隠しごと




「意外だよねー、男バスの鈴木と付き合ってんでしょー?」

「そうらしいよ、しょつちゅう一緒に帰ってるって噂だもん!」



 部活の休憩中に手洗い場に行くと、部員の会話が聞こえてきた。それを聞いた時、名前は出てきてないはずなのに、なぜかピンときた。



「あっ!尾関!ねぇねぇ、尾関は知ってたの?梨音と鈴木が付き合ってるの。あの子めちゃめちゃ尾関に懐いてたじゃん!『尾関先輩大好きー!!』っつって誰にも渡さない勢いだったし、私絶対マジのやつだと思ってた」

「知らない。てゆうか、みんなが思ってるより別にそんなに仲いいわけでもないから。あの子は一人になりがちだったから構ってただけだで」

「たしかに、最近はあんまり一緒にいないもんね?男が出来たから尾関断ちしたのかー」

「なーんだ、私ちょっと期待してたんだけどなぁー。尾関と梨音ならキスとかしてても絵になるな〜とかさ!」

「なにそれ?勝手に妄想すんなよ」

「ま、尾関は他にもモテモテなんだからいいんじゃない?一人失うくらいさ!」




 一人じゃない……。

 他の一人とは違う。

 梨音を失った……



 いや、失ったんじゃない。

 もともと手に入れてなんかなかったのかもしれない。





 その日の練習終わり、それぞれがボールの片付けやモップがけでせわしなく動いている隙に、私は体育館の隅から梨音に手招きをした。

 私が呼んでいることに気づくと、梨音は周りを気にしながら不安そうな顔で小走りでやって来た。



「梨音さ、最近鈴木と一緒に帰ってるってほんと?」



 私が責めるでもなく怒るでもなく淡々と聞くと、突然梨音は顔を両手で覆って静かに泣き出した。



「……たまたま帰り際に会った時に話しかけられて……家の方向が同じだから一緒に帰ろうって言われたんです……私、その時断れなくて……そこからもずっと断れなくて…尾関先輩にもずっと言えなくて……ごめんなさい……」



 長く思い詰めていたらしく、梨音は苦しそうに泣いていて可哀想だった。だけどその姿をみながら私は内心ほっとしていた。



「…そっか。そうだったんだ。相手、男で上級生だし、気まずいだろうし断れないよね…」



 ましてや、私と付き合ってることを理由に出来るわけもない。私が同じ立場だったとしても、実際難しい問題だなと思い梨音の行動を理解した。



「あのさ、私が言ってあげようか?なんとなく、悪い感じにならないように理由つけて…」

「……大丈夫です!ちゃんと自分で言います……」

「…分かった。あと、今日さ……今日は私と一緒に帰ってくれない?」



 私がそう言うと、梨音は難しい顔をして反対のコートの奥にいる鈴木をチラッと見た。



「ごめん、無理ならいいよ」

「あ…いえ!」



 すると梨音は私の前から走って鈴木のところまで行くと、短い話をしてまたすぐに戻ってきた。息を切らせた梨音の呼吸が落ち着くまで、私は何も言わずに待った。



「ハァ…ハァ……今日は…尾関先輩と帰りますって言ってきました……」

「そっか。ちゃんと言えたんだね」




 二人で並んで帰りながらどこか不安そうな梨音を見て、梨音はきっと自分のペースで頑張ってるんだと思った。私のことでこれ以上苦しませないように、しばらくは信じて静かに待とうと心に決めて歩いた。

 


 うちの高校には最寄り駅が二つあって、私と梨音はそれぞれ別の路線の電車で通学していた。あっとゆうまの短い時間を惜しみながら梨音と駅の改札で別れると、私は自分の駅へと歩いた。



 その途中には、都会の中で影をひそめたように静かな神社があった。入口に通りかかった時、石段にノラ猫を見つけ、私は引き寄せられるようにその場にしゃがんだ。



 普段からよく近所の人に可愛がられてるのか、人懐っこいその子はすぐに寄ってきて、簡単にあごの下を触らせた。こしょこしょとかいてあげると、ずーっと気持ちよさそうにするもんだから、やめるタイミングを失って拘束されてしまった。



 指の動きはそのままに、ふとなにげなく視線を上げると、ついさっき改札の中へ入ったはずの梨音が、通りの向こうで信号待ちをしているのが見えた。



 信号が青になるとこっちの方へ歩いてきて、私はとっさに階段脇の石柱に隠れた。猫は突然やめてしまった私を不思議そうに見上げて近寄ってくる。



 隠れている私の前を通り過ぎた梨音は、神社の角を右に曲がると、裏門から境内けいだいに入った。ここからだとちょうど小さなほこらが盾になってくれて、うまいこと梨音の姿がよく見えた。



 頭で考えるよりも心が先に気づいて、心臓はすでに大きく伸縮し始めていた。そわそわしたような表情の梨音をじっと見続けていると、その顔は急に雲が晴れたように、あの天使のような可愛い笑顔へと変わった。



 それは、目の前に現れた鈴木に向けられたものだった。



「あっ!ネコだ!」



 私にすり寄る猫を見つけた都会の子どもたちが、かん高い大きな声をあげて私の周りに群がった。それに反応してこっちを向いた背の高い鈴木が、女の子の中心にいる私に気づいた。



「あ、尾関じゃん!」



 境内の中をななめに突っ切って、鈴木はこっちに向かってきた。一瞬私と目が合った梨音は顔面蒼白になりながらも、他に選択肢がない様子で鈴木の後ろを力なくついてきた。



「これからデート?」



 私は精一杯普通に言った。



「まぁそんなとこ。てゆうかお前大丈夫なの?具合悪いんだろ?」



 鈴木のその言葉で全てが分かった。



 梨音は私と鈴木に嘘をついたんだ。きっとさっきの体育館での短い会話は、私の具合が悪いから駅まで送っていくけど、その後デートしようという約束だったんだろう。



「……そうだったんだけど、猫見つけて休んでたら良くなった」



 私は梨音の嘘に合わせて返した。



「そっか、でもあんまり無理すんなよ!じゃあなー」



 引き返す鈴木にそのままついていこうとする梨音の目を、私はずっと見つめ続けた。

 だけど、その目が合うことはもうなかった。












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