第27話 しちゃいけない期待




 朝の6時を過ぎて、ようやく猛者もさたちは全員が解散に同意した。



 明さんはタクシーを呼んだと言って、一足先に疲れきった様子で手を振って帰っていった。



 残った4人で一緒にお店を出て、人気ひとけのない商店街をしばらく固まって歩いていたら、店長がえなさんの肩に腕を回し、



「邪魔すんな!」



 と不服そうに尾関先輩と私を追い払うような仕草をした。それに従って二人から10メートルほど離れて後ろを歩いていると、途中で尾関先輩が



「ちょっとだけそこで休憩してもいい?」



 と、ちょうど通りかかったいつものあのベンチを指差した。



「……なんかさ、結局去年も今年も倉田とクリスマス過ごしてるね」



 腰を下ろして寒そうに体を縮こませながら、少し笑って先輩が言った。



「……そうですね」



 尾関先輩が彼女とお店に現れた時はどんな最悪なイヴになるかと思っていたけど、今はこうして二人だけでこのベンチに座ってる…。



 色んな感情があるけど、やっぱりこの状況を幸せだと思ってしまう自分は、情けないほど尾関先輩が好きなんだとまた思い知った。



「そう言えば倉田さ、めっちゃ明ちゃんに狙われてたね」



 尾関先輩は思い出し笑いをするように言った。当たり前だけど、嫉妬の欠片も見せない言い方に悲しくなる。



「あんなの、私がいちいち反応するから面白がってからかわれてるだけですよ……」

「どうかな、けっこうマジだと思うけど」

「私なんかにそんな……」

「いや、実際倉田はけっこうモテると思うよ?レズに」

「なんですかそれ!どこ調べですか!」

「尾関調べ。でも、明ちゃんめっちゃ美人だから案外悪い気はしなかったんじゃない?」

「別にそんなことないですよ…」

「ほんとかなー?正直、多少ドキっとしたでしょ?」

「私は!……好きな人じゃない人にはいくら言い寄られたって興味ないですから!」

「へー」



 もっとちゃかしてくるかと思ったら、先輩はそこですんなり引き下がって話題を変えた。



「……落としたネックレスってまだ見つかってないの?」

「……はい。まだ見つかってないです…」

「まだ探してるの?」

「万一と思って、時間があれば探しに行ってます」

「もうだいぶ寒くなったしキツイじゃん…。どうしてそこまでするの?」

「だって!それは…好きな人にもらった大切なものだから……」

「…まだ好きなんだ?」

「……好きです。嫌いになれることなんかないです、ずっと……」

「……あーあ、さすがに今日は飲み過ぎたなぁー、ちょっと寄っかかっていい?」

「えっ!?……ど、どうぞ……」



 私がそう言うと、尾関先輩は横並びのまま私の体を抱きしめるようにしてゆるく腕を回し、肩に頭を寄りかけた。



「あの……、これって寄りかかるって言います…?」



 何が起こってるのか分からなかった。



「こうすると楽なんだもん。ダメ?」

「……別にいいですけど…」



 色々事情があって身を引く形になったとは言え、私にこんなことをしてくるなんて、やっぱり彼女と別れたことが少なからずこたえてるのかもしれない…。人恋しい気持ちがこうさせてるだけなんだろうと思った。



 強がって見せてたけど本当は未練があったのかな……そうだったら悔しいけど、もう少しこのままでいられるならそれでもいいと思ってしまった。



 沈黙の中、なんとなく今なら大丈夫という全く信憑性のない勘が働いて、私はクタクタの尾関先輩に思い切って話しかけた。



「あの、先輩……」

「なに?」



 抱きついたまま返事をするから、声がすぐ近くで聞こえて、それだけで体中がゾクッとした。



「……今日って、クリスマスじゃないですか…」

「そうだね」

「……だから…クリスマスプレゼントが欲しいんですけど……」



 第一声で『なんで私が倉田にあげなきゃいけないんだよ!』と切り捨てられるかもしれないと多少覚悟してたけど、尾関先輩からは全く予想外の反応が来た。



「いいよ。何が欲しいの?」



 自分からお願いしてみたものの、返答が衝撃的過ぎていったん理解に苦しんだ。でもすぐに、またとないチャンスだ!と覚醒する。



 『尾関先輩が欲しいです!』と言いたいのをぐっと堪えて、私は二番目の願望を素直に伝えた。



「私のこと、前みたいに『奈央』って呼んで欲しいんです……倉田じゃなくて…」

「…………」



 先輩の顔は見えないから表情は分からないけど、何よりその無言が『拒否』という答えなんだと受け止めようとしたその時……



「……奈央」



 しっかりとした発音で名前を呼ばれて、一気に全身の鳥肌がたった。正直、初めて呼ばれた時よりずっとずっとずーっと嬉しくて、絶対ダメなのに涙が込み上げてきてしまう…。



「今だけじゃなくて、これからはずっとそうやって呼んで下さいね!!約束したんだから!また倉田に戻るとか無しですよ!!」

「……そんな約束はしてなくない?」

「ずるい!!」

「何がずるいんだよ、一寸の狂いもなく正当でしょ、ずっとなんて言ってなかったじゃん」

「…………」

「………でも呼ぶよ。これからはまた『奈央』って呼ぶ」



 その言葉を聞いた時、もしかして本当に、尾関先輩の好きな人は私なのかもしれないなんて、また恥ずかしいほどのプラス思考が頭を巡った。



 そんな期待なんかしたらまた後で苦しくなるだけなのに、その間も尾関先輩の腕は私の体に巻きついたままで、正常な思考をどんどん吸い取ってゆく……。



「ねぇ奈央、私もさ、クリスマスプレゼントの代わりに一つお願い聞いてほしいんだけど……?」



 少し甘えるような口調でそんなことを言うから、また期待がひとりでに膨らんでしまう。



「……なんですか?」



 すると、尾関先輩は一度私の体を解放し、正面から向き合うと、しっかりと目を合わせながら言った。



「もし私が奈央の落とし物見つけたら、彼氏と別れてほしい」


 

 …どうゆうこと!?分かりそうで分からない。そもそもなんで先輩がネックレスを探すの…?

 


「ど…どうしてですか!?どうして尾関先輩がそんなこと…」 

「彼氏のことで辛そうな奈央、もう見たくないから」

「……そんなこと言われても、私にも事情があるし……そんな簡単には無理ですよ……」

「本当に?本当に無理なの?私が本当に望んでも別れられない?」



 先輩が何を言いたいのかまだよく分からなかった。ただ初めて真正面からこんなに近くで見つめられて、その視線に目を合わせているだけで今は必死だった。

 それ以上もうなんにも考えられなくなった私は、そのままもう何も言えなかった……




















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