第20話 みじめ
学校も始まって、もうすっかり秋になった頃、私は試験や研修が忙しくて今までのようにシフトに入れなくなり、尾関先輩に会うことも前よりずっと少なくなっていた。
こうやってどんどん遠い存在になっていくのかな…と残酷な未来に怯えながら、また一日が虚しく過ぎていく…
あんなに避けていたのに、会えないとやっぱりその方が辛くて、自分がどれだけ先輩のことを好きなのか思い知らされる。
会えない夜のたびに、今日も彼女と会ってるのかな…と、考えても仕方ないことを考えて勝手に深い沼へ沈んだ。
そんな私の心の支えは、先輩がくれたゾンビーナのキーホルダーとぬいぐるみだけだった。
キーホルダーはいつもバッグに入れて持ち歩き、ぬいぐるみは部屋の枕元にいて毎晩一緒に寝ている。
せっかく今日は久しぶりにシフトがかぶるはずだったのに、先輩は今週に限って珍しくいつもとシフトを変えていて休みだった。
今度はいつ会えるんだろう…ずっとそんなことを繰り返し考えながら、長いバイトの時間がようやく終わった。
手際よく着替えると、先輩がいなくちゃ全く用のない休憩室をさっさと後にして、秋風が気持ちのいい夜の帰り道を歩いた。
途中、少し遠回りになるのを分かりながら、なんとなくいつもの道からそれて、小川が流れる緑の遊歩道へと向かった。
バッグの中のキーホルダーを握り、あの日のクリスマスデートを思い出しながら遊歩道を歩く。見上げると悲しいほど月が綺麗でなぜか胸が痛んだ。
あの時、彼女がいなかったから先輩は私を誘ってくれたけど、もし今年のクリスマスにゾンビーナ2がやるとしたら、誘われるのは私じゃなくて彼女なんだ…
あの時も奇跡だと思ったけど、今はもっとそう思う。二度とあんなことはないんだろうな…と、去年の自分が羨ましくてしょうがなかった。
街灯の下まで来た時、私は立ち止まってバッグの中からキーホルダーを取り出した。そして、銀の輪っかに指をひっかけて灯りにかざすと、揺れるキーホルダーをそのまはましばらく見ていた。
ふっと一瞬気が抜けてしまい、その弾みにスルッと指から輪っかが外れ、小川の手前にある土手へキーホルダーが飛んでいってしまった。
慌てて草の茂った斜面に降りて探す。すぐそこに落ちただけだからすぐに見つかるはずなのに、なかなか見つけられない。
途中、たまに人が通ると少し不審そうに見られたけどそんなの関係なかった。5分経っても10分経っても見つからなくて、もしかして小川に落ちたんじゃないかとか、もうこのまま見つからないんじゃないかとか、不安が煙のように心に広がってきた。その時、
「あれ?倉田?」
後ろから、久しぶりに聞く大好きな声がした。
「尾関先輩!」
嬉しくなって、その姿を見る前に名前を呼び、声のした方を振り返った。するとそこには、先輩とあの例の彼女が立っていた…
先輩の手には夢の国のおみやげ袋が握られていた。
…そっか、今日は一日中彼女とデートするために休みにしたんだ…。
薄暗がりに並んで立つ二人は手を繋いでいた。私とふいに目が合うと、彼女の人は焦るようにして尾関先輩の手を離し、会釈をした。仕方なく私もそれに返す。
大人の女性らしく着飾った彼女は上品でおしとやかそうで、尾関先輩が好きそうなタイプだと思った。
私は、キーホルダーを必死で探して泥で汚れた自分がみじめで仕方なくて、消えたいと思った。
「何してるの?」
彼女を遊歩道に残して、先輩が私のいる土手まで降りてきた。
「……落とし物しちゃって探してるんです」
涙を見られなくなくて、顔を見せないで言った。
「何落としたの?」
「……大事なものです、一番……」
「えっ!?あのネックレス!?まじで!?大変じゃん!手伝うよ!」
先輩は勘違いしていたけど、その方が私には都合がよかった。先輩の一大事そうな声を聞いて、彼女もスカートの裾を押さえながら降りてこようとする。足場の悪い土手によろめく彼女を先輩は手を差し出して支えた。
「探しもの…?」
「うん、シルバーのハートのネックレスなんだけど、彼氏にもらった大事なやつ。この辺に落としちゃったんだって!」
「えー!大変!」
付き合いだしてから、あんなに毎日のように来ていた彼女は店に来なくなっていた。この人に対して敬語を使う先輩しか見たことなかったのに、目の前には私の知らないところで着実に育まれている二人の関係があった。
「大丈夫ですから!!一人で探しますから!!」
私は、親切心で力になろうとしてくれている二人に対して、迷惑と言わんばかりの口調でそう言ってしまった。
「何怒ってんの?みんなで探した方が見つかるじゃん」
「……ごめんなさい…。でも、本当に大丈夫ですから、一人で探させて下さい……」
「……分かった。菜々未さん、行こっか」
「うん……」
私の異様な雰囲気を察して、先輩は彼女を連れて去っていった。その後ろ姿を見ないようにして、一人になった私はまた探し始めた。
本当にすぐそこに落ちただけなのに、どうしてこんなに見つからないんだろう…。まるで、すぐ側にいるのに手が届かない尾関先輩みたいで、このままキーホルダーを見つけられなかったら、先輩を完全に失ってしまう予感がした。
気づけば先輩達が帰ってからもう一時間も経っていて、疲れきった私は土手に座り込んでいた。
「……やっぱりまだいた。まだ見つかんないの?」
彼女を家まで送り届けた先輩が戻ってきた。彼女がいるくせに私に優しくしてきて頭にきてまた涙が出てくる。
「また買ってもらえば?高校生であんなのくれる彼氏だもん、今はもう大学生なんだし、もっといいものくれるかもよ」
そう言いながら私のすぐ隣に座る。
「そうゆうことじゃないんです。あれじゃないとダメなんです……絶対。……彼女さんと幸せそうな先輩には分かんないんですよ」
せっかくわざわざ来てくれたのにお礼も言わず、泣き尽くした汚い顔でひどいことを言う私の頭を、先輩はなだめるように軽くぽんぽんと叩いた。
「もう遅いからさすがに危ないよ。また探しに来ようよ」
遊歩道に立つ大きな時計は0時前になっていた。それでもあきらめきれない私が立ち上がらないでいると、
「こんなに必死に探してくれてさ、もしこのまま見つからなかったとしても、彼氏はすごく嬉しいと思うよ。だから、もう帰ろう。送ってくから」
先輩はそう言って手をひき、無理矢理私を立ち上がらせた。
どうせ断っても引き下がらないと思って、もう
時折様子を伺うように横から私を見る尾関先輩の目はすごく悲しそうで、人ごとのように哀れまれるみじめさにまたしつこく涙が出てきた。
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