紫炎

 この場に残されたのは、江真えま泰守やすもりだけだ。両者は睨み合い、攻撃の機会をうかがっている。先に動き出すのは、泰守だ。

「後は、お前だけだな」

 そう言い放った彼は、一筋の光線を放った。光線は江真の腹を貫き、血飛沫を散らす。しかし彼女は、少し様子が妙だ。

「あの玲玖れくが、最後は私のために戦ってくれた。それがどれほど高尚なことか、君には一生理解できないだろう」

「高尚なものか。あの女は力に溺れ、力に敗れたんだ」

「それでも、玲玖は! 玲玖は……意識を変えたんだ。奴を馬鹿にすることは、私が許さない!」

 声を張り上げた彼女がまとい始めたのは、紫色の炎だった。彼女の炎は眼前の宿敵を巻き込み、更に燃え広がっていく。その異様な事態に直面しても、泰守は冷静に戦況を分析する。

「なるほどなぁ、紫色の炎か。理論上、可視圏内で最も高熱の火炎は紫色とされている。ついに『お前も』辿り着いたようだな……この境地に」

 その発言は妙だった。悪寒を覚えた江真は、神妙な顔つきで身構える。直後、泰守の体からも紫色の炎が発せられた。言葉を失う彼女に対し、彼は言う。

「始めようか……本当の最終決戦を」

 その一言を皮切りに、二人は俊敏な死闘を始めた。常人の目で追えるのは、紫色に輝く残光と砂埃だけだ。力を極めたネオ同士の戦いは、常軌を逸した次元で行われている。地響きと轟音――そして鮮血が彩るこの地は、まさしく決戦の地と言ったところだろう。


「これは和治かずはるの分!」


 強烈な紫炎が、泰守の身を焼く。


「これは玲玖の分!」


 二発目の紫炎は、竜巻のように渦を巻いた。


「そしてこれは、全てのネオの分だ!」


 そう叫んだ江真は、紫の光を放つ爆発を起こした。


 そんな猛攻を受けてもなお、泰守は立ち続ける。その身はすでに満身創痍だが、それでも彼は戦うことをやめない。

「お前の背負っているものがどうした! 俺の背には、全人類がいる!」

 そう――彼もまた、彼自身の守りたいもののために立ち上がっているのだ。彼は竜を模した紫炎を操り、応戦する。その身を勢いよく焼かれた江真も、決して引き下がろうとはしない。

「全人類だと? 思い上がるな! 明美あけみは……私の親友は、ネオの絶滅なんか望んじゃいない!」

 彼女には、人間の友人がいる。そのたった一つの事実は、彼女に大いなる勇気を与えていた。江真は紫炎を振り払い、拳を突き出す。ほぼ同時に、泰守も打撃を繰り出した。


 これはクロスカウンターだ。


 それからも二人は、紫炎をまとった拳で互いを殴り合い続けた。その全身が返り血に染まるだけでなく、彼女たちの拳も着実に傷ついていく。しかし二人は、もはや痛覚など忘れているのだろう。

「感じるぞ……エンドルフィンの鳴動を! お前もそうだろう、江真!」

「君と同じにはされたくない。私は、快楽のために力を振りかざしているわけじゃない!」

「だが、お前はゾーンに入った。お前の意識は、俺と戦うことだけに集中している。もはや痛みなど感じない程にな」

 確かに、今の江真の集中力は計り知れないものだ。この戦いは、どちらが勝ってもおかしくはないだろう。

「これで終わらせる……! 全てに、決着をつける!」

 そんな強気な宣言をした江真は、とてつもない火力の紫炎をその身にまとった。

「かかってこい、江真! お前の全力を見せてみろ!」

 そう返した泰守も、その身に同程度の火力の紫炎をまとう。己の生み出した炎を拳に籠め、二人は前方に駆け出しながら叫ぶ。

「君もここまでだ! 泰守!」

「勝つのは俺だ! 俺が英雄だ!」

 両者の力がぶつかり合い、大地が揺らぐ。二つの紫炎は火花を散らしつつ、神々しく輝いている。江真も、泰守も、この瞬間に全てを賭けている。

「ネオは、私が守る!」

「人類は、俺が守る!」

 辺り一帯は、眩い光に包まれた。

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