約束

 その時である。突如、何処からともなく、別の炎の球体が飛来してきた。その球体は泰守やすもりの放った炎を打ち消し、爆発を起こす。一先ず、江真えまの命は救われた。その場に姿を現したのは、玲玖れく和治かずはるだ。


 玲玖の生存を確認し、泰守は目を疑う。

「こいつは驚いたな。どうやら幽霊にも足は生えてるらしい」

 こんな不測の事態を前にしてもなお、彼は冗談を言うことが出来るようだ。そんな彼に対し、玲玖の返答はこうだ。

「崖から落ちた程度で、このアタシが死ぬと思ったか?」

 眼前の強敵には劣るものの、彼女もまた強者だ。崖から転落したくらいでは、この女は絶命しないらしい。それでもなお、泰守は余裕綽々とした態度を崩さない。

「フッ……今度は必ず仕留めるさ」

 それはまさしく、確固たる自信から来る言葉であった。一方で、玲玖も威勢を失わない。

「そいつはどうも」

 そう答えた彼女は、闘志に満ちた顔つきをしていた。それから彼女は、江真の方に目を向ける。

「なぁ、江真」

「なんだ?」

「ここまで手を貸してやったんだ。今度、ワインでも奢ってくれよ」

 確かに、江真は彼女に恩がある。そんな彼女にワインを奢るには、十分な理由があると言えるだろう。

「あ、ああ! 必ず、旨いワインを手に入れる!」

 そんな約束を交わした江真は、玲玖と和治と共に強敵を睨みつける。三対一であれば、こちらに分がある――彼女たちはそう信じるばかりだ。しかしこの期に及んでも、泰守は己の勝利を確信している。

「束になってかかってこい。仲間と同じ墓に入れることを、光栄に思うんだな」

 これは江真たちからしても、絶対に負けられない戦いだ。彼女たちは一斉に、炎の弾を連射し始めた。その攻撃も、依然として通用していない。そこで前線に躍り出るのは、玲玖だ。彼女は間合いを限界まで詰め、青い炎を発射する。この一撃により、泰守の頬を一筋の血が伝った。

「ほう……俺に傷をつけられるようにはなったらしいな。これでお前も、成仏できるだろう」

 ごく僅かだが、両者の力量差は確かに縮まっている。されど、彼は焦りを感じていない。そんな彼の腹を目掛け、玲玖は全力を籠めたラッシュ攻撃を叩き込む。その最中にも、江真と和治は援護射撃を続ける。彼女たちの猛攻を前に、泰守は半ば防戦一方になっていた。この戦況に、玲玖は希望を見いだす。

「余裕をぶっこいてられるのも今のうちだ! アタシはあれから、更に成長したんだよ!」

「面白い。見せてみろ、お前の力を!」

「その言葉、後悔するんじゃねぇぞ!」

 両者ともに、強者の威厳を醸している。一見、この死闘は江真たちが優勢に見えるだろう。そこで泰守は動く。

「面倒だが、もう少し本気を出すとするか」

 そう呟いた彼は、周囲に衝撃波のような爆炎を放った。一発、二発、三発と――波動のような業火は着実に江真たちの身を焼いていく。直後、三人の体は爆発に呑まれ、無造作に宙を舞った。三人がかりで攻撃を仕掛けてもなお、この男には遠く及ばないようだ。江真は着地し、即座に彼に殴りかかる。そんな彼女も、泰守に顎を蹴り上げられてしまう。次に飛び出したのは和治だ。彼は炎をまとった飛び蹴りを繰り出そうとしたが、眼前の標的に足首を掴まれてしまう。その次の瞬間には、彼は地面に勢いよく叩きつけられていた。震える体で立ち上がろうとする和治に、炎を溜めている指先が向けられる。その瞬間、江真と玲玖は危機を感じる。

「やめろ! 泰守!」

「和治!」

 二人は咄嗟に飛び出したが、泰守は容赦なく光線を放った。その一撃を急所に受けた和治は力尽き、その場で気を失う。これで江真たちは、一人分の戦力を失ったのだ。

真嶋まじま。アンタだけは、絶対に許さねぇ」

 玲玖の声色には、底知れぬ憎悪が籠っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る