博愛と厭世

 江真えまは無数の炎の球体を生み出し、連射攻撃を始めた。そのほとんどに被弾しつつも、泰守やすもりは駆け足で彼女との距離を詰めていく。そして彼は強烈なアッパーカットを繰り出し、彼女を殴り飛ばした。鮮血を吐きながら宙を舞った江真は、宙で体勢を整えてから着地する。彼女のすぐ目の前には、巨大な炎の球体が迫っていた。

「食らうか……!」

 咄嗟の判断により、江真は炎の壁を生み出した。防壁は泰守の攻撃を受け止めつつも、徐々にその形状を歪められている。ほんの一瞬でも気を抜けば、彼女は業火に身を焼かれることだろう。


 そこで江真は力を籠め、爆炎によって相手の攻撃をかき消した。


 その時である。

「後ろだ」

 彼女の背後から、泰守の声がした。彼のかかと落としが、江真の脳天に命中する。

「がはぁっ……」

 壮絶な痛みに、彼女は顔を歪めた。しかし彼女には、攻撃の手を止めている猶予などない。江真は相手の足下に潜り込み、背後を取る。そして彼女は、凄まじい火力の光線を放った。爆発に呑まれた泰守は、数歩ほど退く。依然として、その身には一切の傷が刻まれていない。

「もっと痛みを味わえ。それが、力を持ち、振りかざす道を選んだ者への報いだ。呪うなら、己の過ちを呪うんだな」

「だったら、君にも呪ってもらおう。君自身の過ちを……!」

「フッ……俺は何も呪わないさ。それが過ちであれ、正しい選択であれ、俺は俺の道を行くだけだ」

 迷いのない者の言葉には、隙が無い。江真とて、彼の言い分を正しいと思っているわけではないが、それでも反論の言葉を紡げない。満身創痍の体を奮い立たせ、肩で呼吸をしている彼女は、まさに死の淵に立たされていると言えるだろう。それでも、江真は戦意を失ってはいない。

「君には、他者を慈しむ心がないのか! 罪のないネオにまで憎しみを向けて、君はそれで良いのか!」

 そう訴えた彼女の声色は、熱意を帯びていた。そんな彼女の熱意も、泰守を前にすれば無力だ。

「お前が慈愛を振りまいた結果、何が起きた? お前の優しさが、どれほどの命を奪ったと思っている。数多の欲望がひしめく弱肉強食の世界において、博愛主義などというものは百害あって一利なしだ」

 やはりこの男は、何処となく厭世的な考え方を持っているようだ。そんな彼に対し、江真は必死に反論を試みる。

「それでも、人々には善性がある! 平和を望み、理想を目指そうとする意志がある! 何故、愛と平和が歌われ、美徳が重んじられてきたのか! それは、人もネオも、その心に正義を秘めているからだろう!」

「愛が勝つ時代など訪れないさ。人間は通貨という概念を生み出し、欲望を利用して世界を回してきたんだぞ。無欲で愛のある者しかいない世界は、そもそも栄えようがないんだよ。お前の生活だって、人々の欲望の産物に過ぎないんだ」

「だったら、私が生きて証明する! 博愛の心を持つ者も、自由に生きていけるということを!」

 両者ともに、一歩も譲らない舌戦だった。やはり二人の決着をつけられるのは、力を行使した闘争だけだろう。

「どんな理念があろうと、お前は生きられない。ネオになった時点で、お前は狩られる運命に在る」

 そう呟いた泰守は、江真の顔面に蹴りを入れた。その爪先から放たれる業火は、相手の身を巻き込んでいく。そして数瞬の沈黙の末に、その場では大きな爆発が発生した。爆風に吹き飛ばされた江真は、その身を炎に包まれながら地を転がる。彼女は両腕に力を入れ、なんとか上体を起こそうとした。その視線の先では、泰守が巨大な炎の球体を生み出している。彼は嘲笑を浮かべ、こう呟く。

「今まで頑張ってきたご褒美だ。今、楽にしてやろう」

 直後、彼はつい先程生み出した球体を、前方へと発射した。

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