対極の英雄

 一方、天馬村では、江真えまが指揮を執っている。

修也しゅうや! 村の皆を頼んだ!」

「江真、アンタはどうするつもりだ?」

「私はここに残って、機動隊の足止めをする!」

 この村に機動隊が押し寄せるまで、時間の余裕などない。

「ああ、任せたぞ。死ぬなよ……江真」

 そう返した修也は村民を集め、避難を始めた。それからすぐに村中のネオが揃い、彼の後に続くように村を去っていった。


 そして彼らの姿が消えた数分後、ついに機動隊は村に到着した。

「答えろ! 最上江真もがみえま! 他の連中は何処に行った!」

「大人しく応じれば手荒な真似はしない!」

「吐け! 他の連中を何処に逃がした!」

 隊員たちは皆、銃を構えている。江真が見渡す限り、村の周囲は無数の隊員に包囲されている。そんな中、江真は悲哀を帯びた眼差しで、何かを語る。

「私にはまだ、力の正しい使い方がわからない。もしかしたら、私はこれから、取り返しのつかない過ちを犯そうとしているのかも知れない」

 何やら不穏な発言だった。

「なんだ? なんの話をしている」

 隊員の先頭に立つ男が訊ねた。そこで江真は、覚悟を口にする。

「出来たよ……君たちを殺す覚悟が!」

 もはや不殺の精神を貫いていられる状況でもない。彼女は本気だ。

「はっ! やはりお前もネオか! 俺たちが憎いんだな!」

 そう受け答えた隊員は、半ば正気を失ったような目をしていた。しかし江真の原動力は、決して憎しみなどではない。

「違う。私には、罪を背負ってでも守るべき者たちがいる。ただ、それだけのことだ」

 そんな思いを語った彼女は、周囲を激しい爆発に包み込んでいった。機動隊の集団は次々と吹き飛ばされ、意識を失っていく。ネオである彼女が本気を出せば、銃を持った人間程度であれば瞬殺だ。


 その時、彼女の背後から拍手の音が聞こえてきた。江真が振り向いた先には、一つの人影がある。

「ついにお前も実ったな、江真」

――真嶋泰守まじまやすもりの登場だ。江真は咄嗟に身構え、鋭い眼光で彼を睨みつける。この男は、彼女にとっての最大の宿敵とも言えるだろう。

「泰守……!」

 江真の声色には、怒りが籠っていた。そんなことなど歯牙にもかけず、泰守は彼女との会話を続ける。

「己の大義のために、犠牲を払う。その背に背負うは、同胞の命。まさしく、お前は英雄だ。だが、お前がネオの命を背負っているように、俺は人間の命を背負っている。俺たちは、同じだ」

「違う! 君は! 奪う必要のない命まで! 積極的に奪おうとしているじゃないか! 私は、私は……ただ、守るべきものを守るために……!」

「何が違う。力を持て余した者たちが、いかに利己的な欲求に溺れやすいか――お前はその目で全てを見てきたはずだ。御剣玲玖やケテル教の蛮行を見てきたお前なら、俺の言っていることが理解できるだろう。だから俺は、伴造と玲玖を殺した」

 この時になって、江真は初めて玲玖の訃報を耳にした。彼女の中で、更なる怒りが湧き上がる。

「玲玖を……殺したのか?」

「おっと、お前に話すのはこれで初めてだな。ああ、俺が玲玖を殺した。お前は奴の手を借りていくうちに忘れたのかも知れないがなぁ……元より、あの女は殺されても仕方のない命だ」

「殺されても仕方のない命なんて、そんなもの……あるはずがない! 前言撤回しろ! 謝れ! 命を奪った罪を認めろ!」

 無論、彼女がいくら叫んだところで、泰守の考えが変わることはない。そればかりか、彼は激昂する彼女を嘲るばかりだ。

「そう感情的になるな。エンタメで道徳を履修した人間は、すぐ美辞麗句を語るから困る。音楽か? ドラマか? 漫画か? 映画か? 何がお前の正義を構築したんだ?」

「黙れ!」

「……まあ良い。どちらが英雄か……そしてどちらが歴史を作るか。決着をつけよう、江真」

 いよいよ、最終決戦の幕開けである。

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