上位存在
長距離移動の道中、
その時である。
突如、道路を走っていた車の全てが止まった。それだけではない。彼女を除くあらゆる人間が、その場から微動だにしなくなっている。異様な事態に動揺し、明美は周囲を見渡した。そんな彼女の眼前に現れたのは、ジャドである。
「天馬村に行くんだね?」
そう訊ねた彼は、何処となく妖しい微笑みを浮かべていた。無論、明美はこの少年と面識がない。ただ一つ言えることは、この二人だけが動ける状況が異様であるということだけだ。
明美は問う。
「世界が……止まってる。アンタは一体?」
少なくとも、己の目の前にいるのは普通の人間ではない――彼女はそれを確信していた。そこでジャドは一先ず、自己紹介をする。
「僕はジャド――ネオを生み出している高次意識体だよ。急いでいるみたいだけど、心配は要らない。僕が時間を止めておいたからね」
「高次意識体……?」
聞き慣れない単語を前に、明美は更に惑うばかりだ。幸い、今は時間が止まっている。彼女の聞き出したいことは、全て聞き出すことが出来るだろう。そしてジャドには、己の身分を偽る必要などない。
「君たちより上位の次元に存在する――意識そのものだよ。今の君が見ている僕は、あくまでもアバターに過ぎないというわけだ」
人類を遥かに超越した概念――それが彼の正体であった。緊張感に圧迫され、数瞬ほど明美の思考が鈍る。
「つまり、上位存在……」
「それより、話の本題に移っても良いかな?」
「て、手短にお願いね。今、多くを語られても、呑み込めないと思うから」
いよいよ、二人の話はその核心に迫る。
ジャドは提案する。
「君は人間だ。だから
確かに、明美がネオになれば、江真との友情を諦めなくても良いだろう。同時に、それは彼女が世間を敵に回さなければならないことも意味している。しかし明美には、そんなことで迷っている余裕などない。
「そう――つまり、アンタが全ての元凶だったってわけね」
そう言い放った彼女の声色には、静かな怒りが籠っていた。ジャドが手を下さなければ、数多の悲劇を防ぐことが出来た。この少年は紛れもなく全ての元凶だ。そんな彼に対して明美が憤っていることは、想像に難くないだろう。されどジャドには、まるで悪びれている様子がない。
「そんなに怒らないで欲しいなぁ。僕はただ、知りたかっただけなんだよ。人間が力を得ると、どうなるのかを……ね」
純然たる好奇心――それが彼の動機だった。無論、それで納得する明美ではない。
「アンタが余計なことをしなければ、江真は平和に生きることが出来た! アンタのせいで、多くの死人が出た! 罪のないネオたちも迫害された! アンタは、自分のしたことを理解しているの!」
辺り一帯に、彼女の怒号が響き渡った。そんな彼女の怒りも、高次意識体という存在を前にすればいかなる意味も持たない。人間にいくら責め立てられようと、この存在は決して動じないのだ。
ジャドは笑う。
「ハハハ……何も僕は、説教を聞くためにここに来たわけじゃない。それより、君はネオになるのかい? 江真との友情のためならば、国だって敵に回す……君はそう言っていたはずだ」
あの言葉が本心であれば、明美は国を敵に回すことも厭わないはずだ。しかしどういうわけか、彼女は今、迷いを見せている。彼女は必死に思考を巡らせ、慎重に答えを出そうとする。
「ウチは……ウチは……」
彼女の脳裏では、江真と過ごしてきた日々が反芻されていた。
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