力と責任

許されざる絆

 その日の晩、江真えまは天馬村の仮設住宅に居た。彼女は携帯電話を耳元に当て、通話をかける。携帯電話から、彼女にとって馴染みのある声がする。

「こんばんは、江真。こんな夜中にどうしたの?」

――明美あけみの声だ。無論、江真が電話を掛けたのには理由がある。彼女は呼吸を整え、それから話を切り出す。

「……私たちはもう、今までのようにはなれない。それだけを伝えるために電話をかけた」

 それは決して、穏やかな話ではなかった。おそらく電話越しに、彼女の友人も困惑していることだろう。

「え、どういうこと?」

 案の定、明美は状況を呑み込めていなかった。江真は陰りのある表情を浮かべつつ、理由を説明する。

「今、国が総力を挙げてネオを迫害しようとしている。私を庇えば、君も国を敵に回すことになるだろう」

 そう――二人が交友関係を続けることは、明美の身に危険を及ぼすのだ。それを理解している江真は、この関係を終わらせようと考えたようだ。彼女が本当に友人のことを思うのなら、これは妥当な判断だろう。しかし明美は納得しない。

「江真は……江真は悪いネオじゃない! ウチは何があっても、江真を見捨てたりなんかしない!」

 携帯電話越しに、数多の感情の入り混じった声が響いた。されど江真は、彼女を突き放さなければならない。そんな江真に絶縁を躊躇う気持ちがないと言えば、それは嘘になるだろう。それでも彼女は息を呑み、別れを告げようとする。

「明美、ありがとう。その言葉が聞けただけでも、私は嬉しい。だけど、私たちはもう、友人同士ではいられないんだ」

「ウ、ウチは、江真との友情を諦めるくらいなら、国だって敵に回すよ!」

「ごめん……明美……」

 用件を伝えた江真は、即座に通話を切った。それから折り返しの電話が来ないよう、彼女は明美の連絡先をブロックする。その頬には、一筋の涙が伝っていた。

「ジレンマだな。私は明美のことが大好きで、明美も私を想ってくれているのに、世間は……世間は、絶対にそれを許してはくれない」

 そんな弱音を零した彼女は、ハンカチで己の目元を拭った。



 *



 翌朝、明美は自宅にて、テレビの電源を入れた。画面に映し出されているのは、寂れた集落だ。テレビからは、レポーターの声が流れている。

「つい先ほど、我々は天馬村という集落を発見しました! 国が回収し損ねたネオのほとんどが、この村に集まっているもようです!」

 ネオが何処に逃げようと、国は彼らを追い回すようだ。この時、明美は国家に対し、底知れぬ怒りを抱いた。彼女は大切な友人のことを気にかけるだけでなく、他のネオのことも心配している。

「そんな……静かに暮らしたいだけのネオまで、追い掛け回されるなんて! どうして? ネオたちが一体、何をしたというの?」

 そう嘆いたところで、世論は変わらない。レポーターは淡々と、今の状況について語り続ける。

「現在、警察庁はこの村に、機動隊を送りつけることを計画しています。話に応じ、収容施設に行くことを了承するネオは生存を許されるでしょう。しかし交渉に応じなかったネオに対しては、警察庁は殺処分も辞さないと公表しています」

 このままでは、多くのネオが殺害されることとなるだろう。当然、明美には機動隊と戦えるような力など備わっていない。今の彼女に出来ることなど、何もないだろう。それでも彼女は、行動を起こさずにはいられない。

「なんとかしないと! ウチに何が出来るかはわからないけど、罪のないネオを殺させるわけにはいかないよ!」

 すぐに身支度を済ませた彼女は、バイクにまたがった。そして彼女は、凄まじい速度を出しながらバイクを走らせる。

「待っててね……江真! そして、皆!」

 彼女が目指す先は、天馬村だ。

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