青い炎

 それからも玲玖れくは、眼前の強敵と戦い続けた。彼女が何度攻撃を仕掛けても、相手に傷を負わせられることはない。そればかりか、彼女は反撃を受けるたびに負傷していき、今はもう肩で息をしている有り様だ。


 泰守やすもりは問う。

「何故そうまでして、お前は江真えまを守るんだ? 情でも移ったか?」

 元々、玲玖と江真は対立していたはずだ。それでも玲玖は江真を逃がし、自らが彼の相手を引き受けているのだ。何が玲玖を駆り立てるのか――それは誰にも分からない。彼女は己を奮い立たせ、目の前の宿敵を睨みつける。

「勘違いするな。アタシはただ、アンタが気に食わねぇだけだ」

 そう言い張った彼女は、炎の弾を乱射し始めた。弾は標的に着弾するたびに爆発するが、それでも標的を追い込むには至らない。当然、泰守も防戦一方ではない。彼は指先から光線を発射し、玲玖のわき腹を貫いた。腹から血を流す彼女を嘲り、泰守は囁く。

「ククク……皮肉な話だな。悪の道に生きてきたお前に残されたものは、誰かを守る意志だったんだ」

 その言葉の意味も、発言の意図も、玲玖にはわからない。

「何を言ってるんだ?」

 彼女がそんな一言を発したのも、無理はない。泰守はいつものように、飄々とした言動で彼女を惑わせていく。

「お前はシマを失った。組織も半ば失ったようなモンだ。今のお前を奮い立たせるのは、江真の存在――そうだろう? 力を選んだことを悔やみたくはない、己の存在意義も失いたくない……だからお前には目的が必要なんだ」

「知った風な口を利くな! アタシは支配者だ……強者が強者として生きるのに、理由なんか要らねぇんだよ!」

「生きる理由なんか要らない……か。惨めだな。お前は今日、ここで死ぬ。お前は己の生きる意味を否定し、そして命を失うんだ」

 相変わらず、彼は相手の逆鱗を的確に突くような男であった。無論、玲玖には強者として生きてきた誇りがある。彼女は決して、他者の言葉に屈するような性分ではない。

「負けねぇ! アタシは負けねぇ!」

 辺り一帯に、彼女の声が響き渡った。直後、彼女の足下から、青色の炎が燃え広がる。その炎をまといつつ、玲玖は前方へと飛び出した。彼女の拳は泰守の顔面に叩き込まれ、青白い爆発を起こす。激しい地響きや強風――そしてアスファルトに生じる亀裂が、その凄まじい威力を物語っていた。玲玖の攻撃は、まだ終わらない。凄まじい速さでラッシュ攻撃を繰り出す彼女は、無我夢中になっていた。それから彼女は全身全霊を籠め、眼前の敵を後方へと殴り飛ばした。


 泰守はおもむろに立ち上がり、そして笑う。

「ほう……膨大な感情を引き金に、覚醒したようだな。コイツは骨が要りそうだ」

 彼の身は煤けていたが、依然として血は流れていなかった。そんな彼の眼前には、再び玲玖の拳が迫っている。それを片手で受け止めた泰守は、凄まじい威力の爆発を起こす。この一撃により吹き飛ばされた玲玖は宙で体勢を整え、三点着地をする。その目に宿っていたは、純然たる闘志だけだった。


 泰守は戦況を分析する。

「お前の炎は他に類を見ない熱さだ。だが、起こす爆発の威力に関しては、俺の方が上だろうな」

 そう――この死闘は、炎の熱さが全てではない。現に、玲玖は青い炎を操れるようになったが、まるで彼に対抗できていないのだ。そんな彼女に殴りかかられた泰守は、アッパーカットを繰り出した。この一撃によって仰け反った玲玖の身に、次の爆炎が襲い掛かる。彼女の足下は、崖淵だ。爆風に押された彼女は足を踏み外し、崖から落下していった。その様を確認した泰守は、静かに呟く。

「始末完了だ」

 結局、驚異的な進化を遂げた玲玖の力を以てしても、彼を倒すことは叶わなかった。


――このままでは、江真や修也しゅうやの身が危ない。

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