人を傷つける力

 江真えまは再び、車の助手席に乗せられていた。彼女を助けたのは、修也しゅうやだった。またしても彼の世話になったことで、江真は少しばつが悪そうな顔をしている。

「すまない……迷惑をかけた」

 彼女が危険を冒したことにより、修也も危険地帯に赴くこととなった。その事実は、彼女に罪悪感を与えるには十分だった。そんな彼女を叱ることもなく、修也は問いかける。

「……さっきの光景を見ても、アンタは人間とネオが分かり合えると思うか?」

 隔絶条例が施行されて以来、ネオに味方する人間は明美しかいない。江真とて、それくらいのことは理解しているだろう。それでもなお、彼女は人間の善性を信じ続ける。

「ああ、分かり合える。人間は過ちを繰り返してきたが、歴史から多くを学んできた。人々が人権を重んじる心は、確かに育まれてきたはずだ」

 依然として、彼女はまだ希望を捨ててなどいなかった。一方で、修也は人間不信を募らせている様子だ。

「だが、オレたちネオは人間じゃない。少なくとも、連中にとってはそうだ。現にさっき、特殊部隊はアンタを狙っていた。アンタが収容所に行くことを拒めば、連中は殺生すら辞さない覚悟だっただろう」

「それは、そうだけど……」

「仮に歴史が人間とネオの共存を許すことがあっても、それは遠い未来の話だ」

 無謀な希望にはすがらない――それが彼の考えだった。しかし江真には、人間を信じる理由がある。彼女の良き理解者である明美あけみは、彼女にとっての最後の砦に他ならない。

「……だけど、ネオに理解を示す人間もいる。私には、人間の友人だっている」

 そう受け答えた江真の脳裏では、明美と関わってきた日々が反芻されていた。されど、そんなことに惑わされる修也ではない。

「そんな友人が何人いるかは知らないが、民意を覆すに足るものでないことだけは確かだ。ましてやアンタにRを切り捨てる覚悟もないのであれば、猶更だろう」

「何故そんなにも、君はRを嫌うんだ」

「邪魔なんだよ。ネオを排除する大義名分をもたらすような存在は、同胞と呼ぶに値しない」

 確かに、悪事を働くネオが多ければ多いほど、国はネオを迫害する大義名分を得るだろう。

「そうか……」

 流石の江真も、彼の言い分には何も反論できなかった。



 修也が車を走らせていった道中で、予期せぬ事態が起きた。突如、二人の車の前に躍り出た大型トラックが、道路を塞いで停車したのだ。

「なんだ……?」

「追手かも知れないな。気を引き締めるぞ、江真」

「あ、ああ……」

 二人はすぐに車を出た。大型トラックの運転席から姿を現したのは、泰守やすもりである。

「久しぶりだな、お嬢ちゃん」

 その飄々とした態度とは裏腹に、彼の顔つきには闘志が宿っていた。そんな彼を睨みつけ、江真は激昂する。

「なんの用だ……泰守!」

「そんなことは分かっているだろう? お前らを駆除しにきたんだ」

 そう答えた彼に反発するのは、修也だ。

「よせ! オレたちはただ、静かに生きたいだけなんだ! 一部のネオは人間にとって脅威だったかも知れない! だが、オレたちは違う!」

 当然、ここで聞く耳を持つ泰守ではない。

「そうだなぁ。お前は本心を語っていると見て良いだろう。だがお前らも所詮、力を求めてネオになった身の上だ。他者を害さない信念のもとで生きる者に、人を傷つけるような力は必要ない」

 それが彼の持論だった。もっとも、江真が力にすがった理由は、決して他者を害するためではない。

「私はただ、正義を信じただけだ! 私は悪人が力を持つ世界に疑問を抱いた! だから力を欲したんだ!」

「正義を信じた……ねぇ。お前は伴造はんぞう玲玖れくと何も変わらないさ、江真。そこにどんな信念が伴っていようとなぁ、お前は力を行使することを選んだんだ。さあ、決戦を始めようか」

 泰守は本気だ。江真たちに残された道は、彼と戦うことだけである。

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