決断

 前日、和治かずはるはあの少年と対面していた。

「どういう風の吹き回しだい? まさか君が、ネオになりたいだなんて」」

 ジャドは訊ねた。今まで、和治は力を持つことに消極的だった身だ。そんな彼からの申し出に、ジャドは困惑するばかりである。されど和治は真剣だ。彼の真っ直ぐな眼差しが、それを物語っている。

「貴方には理解できないでしょう。人間の心というものが、いかに不条理なものか」

 この感情は、彼自身にとっても不条理なものだった。いつもは人々と契約を結ぶジャドも、今回ばかりは簡単に話を進めない。

「今の世間では、ネオは迫害の対象だ。今まで安全圏で蜜を啜ってきた君が、今になって人間を敵に回そうだなんて。それとも、それも君の計画の一部なのかな?」

 そんな邪推をされるのも無理はない。元より、和治は目的のためであれば手段を択ばず、犠牲を厭わない性分だったのだ。


 結局、この男も人間だ。

「知恵は万能ではありません。少なくとも、人間にとっては。どんな損得勘定を出来る人間でさえ、最後には己の心に付き従うものですよ。御剣みつるぎ様を切り捨てて人間として生きれば、それほど得になる選択肢はないでしょう」

 そう語った彼は、もう利害の奴隷ではなかった。合理をかなぐり捨ててでも、彼には押し通したい信念があった。そんな彼の真意を確かめるべく、ジャドはもう一度問う。

「それでも、君は己の心に従うんだね」

「ええ。私は人間ではなくなりますが、己が人間であることの証を手に入れます。それは私が、感傷で動く生き物であることです」

「ふふ……君はもっと賢い人間だと思っていたけどなぁ。まあ、君がネオになることを望むのであれば、それもまた一興だ。良いだろう。君を、ネオにしよう」

 話はついた。ジャドが微笑むや否や、その場は眩い光に包まれた。



 *



 そして今、ネオとなった和治は機動隊と戦っている。その身に銃弾を浴びながらも、彼は必死に立ち上がっている。唖然とする江真えまに対し、彼は訊ねる。

「ご理解いただけましたか? これが、私がネオになった経緯ですよ」

 その行動が正しいものか否かは、江真にはわからない。それでも彼女は、彼の信念を高尚なものだと感じた。一方で、機動隊の群れは彼の真価を理解していない。否、理解しようともしていないのだろう。

「売国奴め!」

「人間として生きる道を残されていながら、ネオの力に魂を売ったのか!」

「テメェが害獣になることを望んだんだ、駆除するぞ!」

 隔絶条例の下った国でネオになるというのは、そういうことだ。彼らは一心不乱に銃を連射し、標的の命を狙う。和治は炎の壁を生み出し、銃弾を受け止めていく。無論、彼は江真のような甘い人物ではない。そんな彼が、防戦一方に留まるはずもないだろう。

「命が惜しくないのか、あるいは命を賭してでもネオを狩りたいのか――いずれも私には理解できませんね」

 そう呟いた彼は、両手から光線を放った。光線は激しい爆発を起こし、更に何人もの機動隊を吹き飛ばす。しかし、彼がいくら機動隊を薙ぎ払っても、すぐに増援が駆け付けてくる。国が犠牲にするのは、もはやネオだけではない。ネオを排除または排斥するためであれば、国は多くの機動隊員を犠牲にすることもまた辞さないのだ。

「もうやめろ……これ以上戦って、何になる!」

 声を上げた江真は、両陣営の間に躍り出た。当然の如く、隊員たちは一斉に、彼女に銃を向ける。ほんの一瞬でも隙を許せば、彼女は射殺されるだろう。無論、それも江真の覚悟の上だ。


 その時、ビルの前は黒い煙に覆われた。


 突然の出来事に、機動隊のみならず、武装集団も驚いた。唯一状況を読んでいるのは、和治だけである。

「江真に迎えが来ましたか」

 何やら彼は、あの場で江真を助ける人物に心当たりのある様子だった。

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