言伝

 翌朝、江真えまはバイクを乗りこなし、街に戻った。彼女は機動隊に追われながらも、必死に街中を駆け回った。彼女がここに来た理由は、ただ一つだ。

玲玖れく! いるか! 玲玖、どこにいる!」

 そう――彼女は玲玖のことを心配し、危険を冒してまでこの街に戻ったのだ。そんな彼女を追い回す機動隊は、銃を乱射している。彼女も炎の弾で応戦していくが、彼らの命までは奪わない。彼女が狙っているのは、追手たちの脚だ。太ももや脛を狙撃された隊員たちは、次々と崩れ落ちていく。この逃走劇の末に江真が到着したのは、玲玖の事務所があるビルだ。彼女はその最上階に赴いたが、そこに尋ね人はいない。


 彼女を待っていたのは、和治かずはるだ。

御剣みつるぎ様なら、もうこの街にはいませんよ」

 それが彼の第一声だった。無論、ここで引き下がる江真ではない。

「それなら、何故君はここにいる」

 彼女は訊ねた。その問いかけに対し、和治は意外な返答をする。

「言伝を頼まれました。どうか、御剣様を探そうとは考えないでください」

 あの御剣玲玖が本当にそんなことを言ったのか、それは定かではない。それでも、江真は彼の話を信じた。

「玲玖の奴、私を巻き込まないために……」

 この時、彼女は初めて、あの女から善性を感じ取った。かつてはこの街で邪悪な地主を務めていた玲玖にも、人を庇うだけの人情はあるのかも知れない。少なくとも、そう信じているのは江真だけではない。

「ええ。あのお方は、私を突き放そうともしていました。恐らく、私を巻き込まないためでしょう」

 そう語った和治は、少し陰りのある表情を浮かべていた。そんな彼に対し、江真は協力を求める。

「これから、君はどうやって生きていくんだ? 今ならまだ間に合う! 玲玖を探しに行こう!」

 元より、和治は玲玖に忠誠を誓っていた男だ。そんな彼にとって、今この場で江真と協力するのは、決して悪い話ではないだろう。それでも和治は、彼女の頼みを断る。

「いいえ、私にはまだ、あのお方に託された最後の仕事がありますから。結局、甘い蜜だけを啜ってきたはずの私も、骨の髄まであのお方の家畜だったようですね」

「どういうことだ?」

「御剣様からの最後の指令です。私は全身全霊を懸けて、貴方をお守りします」

 主人に対する絶対的な忠誠心に、曇りはなかった。彼がこの場に残っているのは、他ならぬ玲玖の意志だったのだ。


 このまま話を続けていても、玲玖の居場所を突き止めることは出来ないだろう。そう考えた江真は、事務所を後にした。彼女がビルを出ると、その周囲は機動隊に取り囲まれている。

「しまった……!」

 もはや彼女に逃げ道はない。ここで戦わなければ、射殺される――彼女はそう確信した。


 その時である。


 どこからともなく、無数の銃弾が飛来してきた。機動隊のうちの何人かは、急所を貫かれて絶命する。江真が驚いたのも束の間、その場には武装集団が姿を現した。武装集団は、彼女を守るような挙動で機動隊と交戦していく。その光景を前にしてもなお、江真は犠牲を出すことを望まない。

「やめろ! これ以上誰かが血を流すことに意味はない!」

 彼女はそう叫んだが、眼前の銃撃戦は止まらない。銃を持った集団同士の死闘は、まさしく戦争のようだった。しかし彼らの戦闘は、この程度に留まらない。


 突如、大きな爆発が発生し、数名の機動隊が吹き飛ばされた。その場に姿を現したのは、右手に炎の球体を携えた和治だった。意外な展開に、江真は目を疑う。

「君も……ネオになったのか? 力を得ることは、快楽の前借りではなかったのか?」

 彼女の知る限り、この男は力を望むような人柄ではない。和治は眼鏡の位置を直し、事情を説明し始める。

「言ったでしょう。私は骨の髄まで、あのお方の家畜だったと」

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