怒りの業火

 その日の晩、街では玲玖れく泰守やすもりが戦っていた。灼熱の炎に包まれた路上で、二人は互いを睨み合いながら間合いを詰めている。玲玖が酷く負傷しているのに反し、泰守は全くの無傷だ。

「隔絶条例が下ったんだ、お前の天下も終わりだろう」

 挑発的な笑みを浮かべつつ、泰守はそう言った。戦局はどう足掻いても、彼が優位に立つものだ。それでも玲玖は、決して強気な態度を崩さない。

「ネオを滅ぼそうとしているアンタは条例の例外とでも言いてぇのか? ずいぶん能天気だな。世間の連中からすれば、アンタもアタシも同じだよ。アタシらはネオ――社会に害を成す存在だ」

 今の彼女はもう、「名誉人間」など目指していなかった。己自身の狼藉が招いた報いを、彼女はよく理解している。そして泰守もまた、己の立場をよくわかっている。

「俺が排除されることになるのなら、それもまた本望だねぇ。だがその前に、俺がネオを絶滅させなければならないんだ。そして最後には、俺自身も死ぬ。俺自身が力を悪用しない保証はないからな」

「なるほど。確かに、人の意識は変わるモンだ。ちゃんと向き合ってるじゃねぇか……アンタ自身が力に溺れる可能性と」

「当然だ。誰一人として、完璧な者はいない。不完全な存在が力を持つということは、危険なことなんだ。その人物が俺であろうと、お前であろうと、最上江真もがみえまであろうとな。最後に俺が殺めるのは、俺自身だよ」

 そう――彼は断じて、己自身を物事の例外にはみなしてなどいない。彼の滅ぼそうとしている「ネオ」は、彼自身を含めているのだ。


 玲玖は前方へと飛び出し、眼前の強敵の鳩尾に拳を叩き込んだ。しかし彼女の打撃は、まるで通用していない。泰守は彼女の手首を掴み、それを勢いよく振り上げた。彼に放り投げられた玲玖は宙を舞うが、なんとか体勢を整えようとする。それから着地しようとした彼女の足下に、凄まじい火力の炎が襲い掛かる。

「……!」

 判断が間に合わず、玲玖は爆炎に呑まれた。その身を焼かれながらも、彼女は炎の弾を連射して応戦した。泰守はその攻撃に被弾しているものの、まるで傷を負っていない。その圧倒的な力量差を前にして、玲玖は憤る。

「アンタが初めてだ……アタシをここまで本気にさせた野郎はなぁ!」

 怒りに身を任せた彼女は、全身全霊を籠めた業火を放った。その攻撃を受け止めたのは、泰守の炎を帯びた右手だ。彼女の全力も、彼からすれば片手で受け止められるものらしい。それでも玲玖は、一心不乱に炎を放ち続ける。

「ウゼェんだよ! その余裕ぶった態度も、強さも、過激思想も、アンタの何もかもが! ウゼェって言ってんだよ!」

 一発、二発、そして三発――路上は爆発に呑まれていく。されど彼女の攻撃は、ことごとく片手で受け止められてしまう。これには玲玖も、余裕を失うばかりである。肩で呼吸をする彼女を嘲るように、泰守は問う。

「癇癪が酷いな。成長に伴ったのは知識だけで、精神面はまるで出来損ないってクチか? それでもなお自らを強者だと驕るプライドは、精神的に成熟した同年代の連中に対する焦りから来ているのか? 哀れだな」

 彼の言葉の一つ一つは、玲玖の神経を逆撫でした。玲玖は怒りを押し殺し、なんとか挑発に乗らないように耐える。これ以上張り合えば、彼女自身が命を落とすことになるだろう。玲玖はそれを理解していた。

「なんとでも言え。言葉で相手を思い通りに出来ると思い込んでそうなアンタの方が、よっぽど哀れで醜いぞ」

 そんな捨て台詞だけ残した彼女は、その場を煙に包み込んだ。その煙に身を隠しつつ、彼女はその場から走り去った。

「おやおや……獲物を逃したか」

 そう呟いた泰守も、おもむろにその場を後にした。


 この夜を境に、街は彼女の支配下ではなくなった。

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