ネオ狩り

限界

 翌日、玲玖れく和治かずはるは事務所にて、ニュース番組を見ていた。二人が確認しておきたいことは先ず一つ――伴造はんぞうの安否だ。画面に映るアナウンサーは、淡々とニュースを読み上げていく。

「昨日の夕方ごろ、東京都で川島伴造かわしまはんぞうの遺体が確認されました。遺体は肉塊として散らばっていたものの、DNA鑑定により川島伴造のものであることが発覚しました。遺体が重い火傷を負っていたことから、警察庁はネオによる犯行であると見て捜査を進めています」

 先日、玲玖はあの男を仕留め損ねた。そして彼女は、江真えまが殺生を拒む性分であることを理解している。つまるところ、伴造を殺した犯人として思い当たるのは、ただ一人だけである。

真嶋泰守まじまやすもり……か」

「ええ、私もそう思います」

「川島をってくれたのはありがてぇが、今後はアイツと戦うことになりそうだな……」

 彼女は泰守の強さを分かっていた。いくら好戦的な彼女でも、あの男との戦いだけはなるべく避けたいところだろう。続いて、テレビの画面に、次のニュースが流れる。

「次のニュースです。隔絶条例により、九名のネオが収容施設に回収されました。なお、三名のネオは申し出を断りましたが、無事殺処分されました」

 何やら政府は、ネオを隔離するためであれば殺生も辞さないらしい。珍しく、和治はばつが悪そうな顔をする。

「すみません、御剣みつるぎ様。私の計画により、ネオ全体が国家の迫害対象になるとは……完全に誤算でした」

 この現状を招いたのは、紛れもなく彼自身の計画だ。ネオである玲玖からすれば、彼は全ての元凶に等しいだろう。それでも彼女は、和治を責めはしない。

「しかしアンタは、今もなおアタシを裏切ろうとはしちゃいねぇ。己の安寧のためにアタシのもとについたアンタが、今もこうしてこの事務所にいる。つまり、アタシの天下はまだ終わらねぇってことだろ?」

 それが彼女の抱く希望であった。確かに、安寧のために強者に寄生してきた和治であれば、不利な状況に追い込まれた者を見捨ててもおかしくはないだろう。しかし彼は言葉に詰まる。

「そ、それは……」

 どこか浮かない表情をしつつ、彼は口をつぐんだ。その反応により、玲玖は事態が深刻であることを理解する。

「……アタシがこの街を牛耳っていることが公になるのも、もはや時間の問題ってわけか。和治……アタシとの縁を切るなら、今のうちだ。アンタは要領の良い奴だ……他の誰かに寄生して生きていけるだろう」

 そう語った彼女は煙草をくわえ、その先端に火を点けた。彼女は和治を重宝している一方で、彼を手放す覚悟も決めている。もはや、そんな彼女以上に、和治自身が迷っているくらいだ。

「そう……ですね」

「妙に浮かねぇ顔だな」

「ええ、何かが腑に落ちないのです」

 彼は納得していない。されど、その理由は本人にもわからない。少なくとも、彼はいまだにこの事務所にいる――それが全てだろう。

「アタシについてこれなくなった暁には、普通の人生を取り戻せば良い。どのみち、今の世情を鑑みるに、アタシが支配者の座に居座り続けることは難しいだろう。正直に言えばな……アタシは今、限界を感じている」

 野心に満ちていた玲玖でさえ、今は自信を失っている。それほどまでに、今の社会構造はネオにとって不利なものである。



 *



 同じ頃、江真は街の一角で、機動隊に囲まれていた。無論、他者を殺めたくない彼女は、下手を打てない状況にある。武装集団の中の一人――拡声器を持った男が声を張り上げる。

「大人しくしろ! 最上江真! 抵抗しなければ命までは奪わない!」

 彼らは間違いなく、江真を収容施設に送り込むつもりだ。江真は唇を噛みしめ、握り拳を震わせる。


――その時である。


 突如、その場は煙に包み込まれ、機動隊は標的を見失った。

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