集落

 いつの間にか、江真えまは車の助手席に座っていた。彼女が運転席に目を遣ると、見知らぬ青年がハンドルを握っている。彼はゴシック調の衣装に身を包んでおり、その目元は暗いアイシャドウに彩られている。

「君は……一体?」

 江真は訊ねた。何やら青年は、バックミラーとサイドミラーを気にしている様子だ。鏡面に映し出されているのは、二人を追う何台もの車だった。青年はハンドルを切り、勢いをつけて急カーブを曲がる。その後に続く追手たちも、手慣れたハンドル捌きでカーブを切り抜けた。この状況から、江真は青年が何者かを推測する。彼は彼女を車に連れ込んだが、同時に追われている身だ。そこで彼女は、少しだけ探りを入れる。

「君もネオか……」

「ああ、そうだ。話すことは色々あるが、先ずは追手を撒かないといけない」

 今はまだ、悠長に話している場合ではないのだろう。青年は多くを語らなかった。しかし彼がいくらスピードを出しても、何台もの後続車は依然として追跡を続けている。緊張感が走る中、路上では幾つものクラクションが鳴り響いていく。このままカーチェイスを続けていても、逃げ切ることは難しいだろう。追手たちは銃を構え、発砲を始めた。青年の車は傷つけられていき、何発かの銃弾がリアガラスを貫いていく。このままタイヤも狙撃されてしまえば、この逃走劇は終わりを告げるだろう。青年は底知れぬ集中力を以て、俊敏な挙動で車体を操っていく。それに応戦するように、追手たちは銃を乱射していく。銃弾の飛び交う路上では、まさしく手に汗を握るような抗争が繰り広げられている。

「……しつこい連中だ」

 そう呟いた青年は、運転席の窓を開けた。彼は左手でハンドルを回しつつ、窓の外に右手を差し出した。直後、彼の車の背後は、真っ黒な煙に覆われた。視界を奪われた追手たちの車は、次々と互いの車体やガードレールなどに追突していく。無論、青年はその隙を見逃しはしない。彼は後方に光線を放ち、後続車の群れを爆破した。



 数時間後、追手を撒いた二人は、小さな集落に到着した。そこに立ち並ぶ建物はいずれも、簡易的な仮設住宅だけだった。この寂れた集落でも、何人かの人々が畑を耕したり、あるいは水をやったりしている。そんな光景を見渡した江真は、青年に訊ねる。

「ここは……?」

 少なくとも、この場所が行政機関に管理された土地ではないことだけは確かだ。青年は無表情のまま、淡々と説明をする。

「ここは天馬村……ネオを集めた街だ。人間は今、オレたちを収容施設に隔離しようとしている。だったらこの村にこもって暮らしていく方が、幾分かマシだろう」

「私たちはずっと、この村を出られないのか?」

「どうするかはアンタの自由だ。だが少なくとも、オレは人間と戦おうとは思わない。ケテル教が犯した過ちは、もう二度と繰り返してはならない」

 彼の言葉に、江真は少しばかり安堵を覚えた。彼女がこれまで出会ってきたネオとは違い、この青年は非暴力的な生き方を選んでいる。そんな彼と分かり合えそうな予感を覚え、江真は微笑みを零す。

「そうだな。私も、もう誰も傷つけたくない。この力を、そんなことに使いたくはない」

「話が早くて助かる。しかしまあ、今すぐにここで生活することを決断するわけにもいかないだろう。オレがこの村を案内する」

「あ、ああ……よろしく頼むよ」

 一先ず、彼女はこの村について知る必要がある。青年に案内されるまま、彼女は天馬村を練り歩き始めた。


 村にあるのは、畑や川、そして小さな森と農場だ。目を凝らせば、いくつかの仮設住宅では飲食店や雑貨店も営まれている。村の利便性は都会と遥かに劣るが、それでも最低限の生活は成り立っている様子だ。この時、江真は天馬村に居住することを検討した。

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