名誉人間

 伴造はんぞうは語る。

「今の人間は、ネオを隔離しようと考えている。今の我々はもはや、人間ではない。ならばこの国の支配者は、我々か人間かのどちらかになるだろう。人間に敗れることが、オヌシらの望みか?」

 確かに、隔絶条例が発令された今、ネオが生き残る道は戦うことだけだろう。されど、そこで首を縦に振る江真えまではない。

「だからといって、争いは何も生まないだろう!」

 それが彼女の答えだった。そんな彼女の脳を巡るのは、数多の市民に苦しめられてきた日々の数々だ。自分の住む部屋の窓に石を投げられたことも、ドアポストに紙切れを詰められたことも、そして世間か罵詈雑言を浴びたことも、彼女は全て記憶している。それでも彼女は、人間と戦う道を選ばないのだ。伴造は半ば呆れつつも、説得を続ける。

「どうかな? もはや我々ネオに、戦わずして勝ち取れる安寧などない。闘争とは何かを生み出すために行うのではない。生活のために行うのだ」

 条令が出る前の彼であれば、私利私欲のためだけに戦っていたと言えるだろう。しかし今の彼は、生きるために戦っているも同然だ。そんな彼をたしなめようと試みるのは、玲玖れくである。

川島かわしま、アタシたちはもう、己の間違いを認めざるを得ないところまで来ている。この星の歴史において、力の使い方を間違えた者たちは皆、相応の報いを受けてきた。共通の敵を見いだした集団は、決して烏合の衆なんかじゃねぇんだ」

 これは見違えるような変化だ。かつては裏社会の支配者として力を振りかざしてきた彼女も、今やその報いを受け入れようとしている。その後に続くように、江真も声を張り上げる。

和治かずはるが……玲玖の部下が言っていたんだ。力を持つことは、快楽の前借りだと。今この瞬間、君は力を振りかざすことに快楽を覚えているかも知れない。それでも、報いは必ず訪れる。世の中というのは、君が考えているほど簡単にいじくりまわせるものじゃない!」

 今になって、彼女は和治の発言を理解したようだ。さりとて、彼女の言葉は決して、伴造の心を動かしはしない。

「確かに、ワシは自らの首を絞めるような過ちを犯したのかも知れないな。だが、今更引き返すことなど出来ない。ワシだけではない。今の我々は皆、戦わずして自由を勝ち取ることなど出来ぬ状況に置かれているのだ」

 その言い分もまた、理に適ったものだ。これには玲玖も、首肯せざるを得ないだろう。

「なるほど、確かにそうかも知れねぇな」

 その一言が、江真を著しく動揺させる。

「玲玖! 耳を傾けるな!」

「案ずるな。アタシはただ、自ら悪役を買おうとしている爺さんを利用しようと考えただけだ」

「利用……?」

 何やら、玲玖は何かをひらめいたようだ。その考えは、江真に予想できるものではない。そこで玲玖は、自信に満ちた表情で己の考えを口にする。

「アタシらがコイツを倒せば、世間は理解するはずだ。ネオに太刀打ち出来るのは、別のネオだけだと。ネオに怯える人間どもは、ネオの手によって生かされていると!」

 仮に彼女たちが人間に許される道があるとすれば、それが唯一の活路だろう。しかし伴造は、そんな彼女を嘲笑う。

「ククク……ハハハハハ! オヌシは本当に愚かだな、玲玖! 今や、我々の敵は人間なのだ! ネオ同士でいがみ合い、争っていては、奴らの思うつぼだと思わぬのか!」

「それもいずれは利用してやるさ。ネオを複数の派閥に分断すれば、トカゲの尻尾切りが出来るってモンだ。アンタが悪で、それを倒すアタシは正義。かつて日本人が名誉白人とみなされていたように、アタシも名誉人間になるんだよ!」

「ふっ……ワシを倒すだけで、人間がオヌシのこれまでの蛮行の数々を許すと思うのか?」

 確かに、玲玖は人間を脅かしてきたネオのうちの一人だ。彼女と江真は、底知れぬ緊張感を噛みしめた。

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