守る価値

 翌日、ついに隔絶条例が施行された。しかし今の行政機関はまだ、全てのネオを取り締まることにリソースを割けない。何しろこの日は、またしてもケテル教がテロを起こしているのだ。機動隊とケテル教徒が交戦し、街中に銃声が響き渡る。数多の血が流れる戦場に、江真えま玲玖れくが駆け付ける。二人の標的は、ケテル教を従えた教祖――川島伴造かわしまはんぞうだ。

御剣玲玖みつるぎれく……以前、オヌシは一歩間違えれば死んでいた。それでもなお、このワシと戦うつもりか?」

 そう訊ねた彼は、どことなく好戦的な態度だった。そんな彼に劣らず、玲玖もまた攻撃的な姿勢を保っている。

「この人混みの中じゃ、もうタンクローリーでの特攻は出来ねぇだろ。あの時、信者に特攻させていなかったら、アンタは負けていたんだ。今日がアンタの命日だよ、川島」

「ほう。大した自信だな。どちらが本当の支配者か、決着をつけようではないか」

「望むところだ、ドサンピンが」

 何度も苦戦を強いられているはずの彼女は、いつだって己の実力に自信を持っている。それは江真にとって、ある種の尊敬に値する人柄である。そんな玲玖の姿を前に、江真は決意をかためる。

「私はもう逃げない。死んでいった教徒のためにも、利用されてきた教徒のためにも、伴造……私は、君を倒す!」

――戦闘開始だ。彼女はその場から飛び出し、胴回し回転蹴りをお見舞いする。そのまま伴造の足下に潜り込んだ彼女は、真上に向かって光線を放った。同時に、玲玖も炎の弾丸を連射し、彼女を援護する。二人の猛攻に隙はない。しかし、隙を作ることは出来る。

「……オヌシら二人まとめて、地獄送りだ」

 伴造は強気だ。彼は大きな爆発を起こし、江真の身を吹き飛ばした。この瞬間、玲玖は煙のせいで標的を見失った。当然、伴造はその一瞬の隙さえも逃さない。直後、一筋の光線が玲玖のわき腹を貫いた。それでも、彼女と江真の攻撃の手は止まらない。二人は一心不乱に炎の光線を連射し、眼前の敵を討とうとする。それでも彼女たちの攻撃は、伴造の生み出す炎の壁に吸収されてしまう。無論、彼は決して防戦一方ではない。伴造が地に手を着くや否や、江真たちの足下からは凄まじい火力の炎が噴き出した。強くなったのは、江真や玲玖だけではない。伴造もまた、見違えるような成長を遂げていた。震える両脚に力を入れ、江真は必死に身構える。この死闘は決して、手を抜けるものではないだろう。そこで玲玖は、彼女に助言する。

「不殺の精神は上等だが、今は余計なことを考えるな。殺すつもりでかからねぇと、アンタが死ぬぞ」

「ああ、わかっている。私はもう、二度と余計な犠牲を出しはしない!」

「ククッ……良い目つきになったじゃねぇか。全身全霊を以て、あの男の身を焼き尽くすぞ!」

 それから二人は、より一層意識を集中させた。ほんの一瞬でも気を抜けば、彼女たちは間違いなく戦死する。生きるか死ぬか――これは命運を分かつ闘争だ。

「このワシに勝てると思うのか? オヌシらがそこまで愚かだと、もはや笑い話にもならないな」

 そんな啖呵を切った伴造は、とてつもない火力の光線を放つ。江真と玲玖も力を合わせ、同じく光線を放つ。二本の光線は火花を散らしつつ、互いをじりじりと押し合っていった。その場で大爆発が起きたのは、その数秒後だ。砂煙が舞い、砂利が降り注ぐ路上で、江真たちと伴造は互いを睨み合う。両者ともに、肩で息をしている有り様だ。そこで伴造は問いかける。

「我々を迫害し始めた人間に、守る価値などあるのか?」

 確かに、ネオである三人にとって、人間は敵だ。彼の言葉は、玲玖の心を大きく揺さぶった。それでも、江真の心は揺らがない。

「ああ、守るさ」

 そう受け答えた彼女の脳裏には、明美あけみの姿が焼き付いていた。

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