隔絶条例
「……そっか。ありがとう、
礼を言った江真は、穏やかな微笑みを浮かべていた。それから彼女たちは、なんとなくテレビに目を向ける。画面に映っているのは、ニュース番組だ。清潔感のあるアナウンサーが、ニュースを読み上げ始める。
「近頃、ネオによる暴行、殺人事件などが相次いでいます。これを受けた政府は、ある政策を進めることを発表しました」
やはりネオによる犯罪を放っておくわけにはいかないだろう。問題は、国がどのような判断を下したかといったところだ。江真は意識を集中させ、耳を澄ませる。あの混沌が正されることを、彼女は心から祈っている。
しかし政府の対応は、江真の期待に沿うものではない。
「政府が明日から施行する『隔絶条例』は、全てのネオを回収し、専用の施設の中でのみ生活させるといったものです。この政策は反対の声も上がっている一方で、市民の安全を守る唯一の手段とも言われているもようです」
思わぬ発表を前にして、江真は耳を疑った。確かに、ネオが社会にもたらしている被害は深刻なものだ。しかし少なくとも、江真は正義を信じて生きてきた身である。そんな彼女も、明日から追われる身となる。
「なんだ、これは……実質、隔離病棟に送り込むようなものじゃないか! 力を持つことが、悪だと言うのか!」
江真が取り乱したのも無理はない。ネオに属している彼女からしてみれば、これは理不尽な割を食わされているのも同然だ。そんな彼女の置かれている境遇を考えることもなく、アナウンサーは淡々と話し続ける。
「なお、ネオを匿った者には、五年以下の懲役もしくは千万円以下の罰金、またはその両方が課せられることになるもようです。明日から、ネオを見かけた場合は、直ちに警察に通報してください」
その知らせに、江真は言葉を失った。彼女の隣では、明美も神妙な顔つきをしている。カウンター席に数瞬の沈黙が生まれた。そして数秒後、明美は深呼吸を挟み、沈黙を破る。
「ウチは力を持つことを悪だとは思わない。だけど国からすれば、ネオを悪だと断じた方が好都合かも知れないね……」
もはや社会にとって、ネオは危険因子でしかない。その事実を、二人は真っ向から否定したい。しかし彼女たちには、ネオと人間が共存できる可能性を証明できないのだ。今の江真には、嘆くことしか出来ない。
「こんな……こんなつもりではなかった。私はただ、力を正しいことに使えると信じて、ネオになったというのに! 私は一体、どこで間違えたんだ!」
重苦しい空気が立ち込める。二人の鼓動が加速していく。明美に出来ることは、せいぜい友人を肯定することだけだ。
「江真は何も間違えていないよ。間違っているのは、力を悪用する者たちと、世の中だから」
「明美……」
「ウチ、悔しいよ。江真はウチの……大切な友達なのに、ウチは何も出来なくて。どうして江真が苦しまないといけないの? どうして、正しいことをしようと頑張ってきた江真が、こんな目に……!」
己の無力を呪い、彼女は肩を震わせていた。今度は、江真が彼女をなだめる番である。
「ありがとう、明美。君がそう言ってくれるだけでも、私は嬉しい。例え世界が私の敵になろうとも……明美さえ私を想ってくれるのなら、それ以上に幸せなことはないんだ。君は誰よりも、私に寄り添ってくれる人間だ」
「当たり前じゃん。ウチらは、友達だもん」
「そうだな。私たちは、この先も、何があっても友達だ」
例え民意がネオを憎んでも、明美はネオを憎まない。それが彼女たちの友情であった。
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