半端な善人
「今日、アンタはアタシを助けた。それを後悔する日が来ねぇと良いな。アンタはアタシのやり方を嫌っている一方で、アタシを見捨てることが出来なかったんだ。礼を言うよ、江真。アンタは何もかもが中途半端だが、少なくとも善人だとは思う」
それはわずかに棘のある物言いだったが、同時にどことなく温もりを感じさせるものでもあった。江真の浮かべる愛想笑いには、安堵のようなものが籠っている。
「そうか。君の目には、私が善人に見えるんだな。少しばかり、安心したよ」
善性ゆえに悩んできた彼女も、ようやく善人であることを認められた。玲玖の言葉は彼女にとって、大きな意味を持つだろう。無論、玲玖は完全に江真を認めたわけではない。あの未熟な正義感について、彼女はこう語る。
「だが、半端な善人には何も成し遂げられねぇ。アンタを繋ぎ止めている一本の鎖――それが不正解を臆する心だ。模範解答を求めるあまり、一点たりとも点数を稼げねぇ……それがアンタの現状なんだよ」
彼女の言葉の一つ一つは、相手の欠点を的確に言い表していた。結局、江真はまだ悩み続けることになるだろう。
*
翌日、江真は三日月屋に行き、
「明美……私は、力さえあれば正しいことが出来ると思っていた。だけど今の私は、迷ってばかりだ」
それが江真の第一声だった。明美は半ば困惑しつつも、隣の席に座る友人のことを心配する。
「……一体、どうしたの?」
そう訊ねた彼女は、相手の顔色をうかがっていた。江真の目の周りには、濃い隈が出来ている。おそらく何日もの間、江真は己の抱える矛盾と向き合い続けてきたのだろう。その陰りのある表情が、彼女の傷を物語っている。
「私が傷つけている相手は、何者かに利用されている弱者ばかりなんだ。Rの差し金も、ケテル教徒たちも皆、我の弱い傀儡に過ぎないんだよ」
己の悩みを率直に伝えた江真は、食があまり進まない様子だ。心なしか、彼女の顔はやつれているようにも見える。しかし明美には、そんな江真を励ます言葉が思い当たらない。
「仕方ないよ。どうするのが正解だなんて、誰にもわからないもの」
「Rに言われたんだ。半端な善人には何も成し遂げられないって。模範解答ばかりを求めていては、何も生まれないって……」
「そ、その人のことはよく知らないけど、気にすることないよ!」
その発言自体は本心だが、決して気休めになり得るものではない。様々な重荷に情緒を乱され、江真は声を荒げる。
「
納得――結局のところ、それが彼女の最も求めるものなのだろう。しかし明美は、納得することを正義だとは思っていない。
「わからない。だけど、納得することが最終目標ではないと思う」
「どういうことだ?」
「己を疑うことをやめた時、人は悪魔になると思うんだ。己の行動、言動になんの疑いも持たず、そこに立ちはだかるものを徹底的に排除する。人はそうやって、過ちの歴史を繰り返してきたんだと思う」
そう語った彼女は、真っ直ぐな目をしていた。彼女の考えは、ほんの少しだけ江真を楽にした。
「確かに、そうかも知れないな。しかしこのままでは、私は何も成せない。己を疑いながらも、己の信念に背く……それを出来る者にしか、成せないことがあるというのか」
そんな江真の疑問に対し、明美はこう返す。
「ウチは、難しいことはよくわからない。だけど、大義を成す人間は狂人でない限り、己の行動に疑問を抱いていると思う」
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