傷つける覚悟
「力を持つ者が大勢を見殺しにするのは自由だ。だが、お前が善人であることを諦めるだけで、大勢を守ることが出来る」
その言い分はもっともだ。
「伴うべき犠牲などない――道徳としては百点満点の考えだなぁ。尤も、そんな理想を語れるのは力を持たざる者……何も行動を起こさずに安全圏に縋る日和見主義者だけだがね」
そんな言葉を残し、泰守はその場を後にした。さざ波が響く港で、江真はふと空を見上げる。多くの悩みを抱える彼女を嘲笑うかの如く、数羽の海鳥が青空を自由に舞っている。
「私は……私は、弱い人間だ……」
彼女のか細い声は、半ば海風の音にかき消されていた。
*
数日後、街は再びケテル教徒の集団に脅かされた。様々な建物が爆破され、路上で怯える市民たちは次々と銃殺されていく。当然、その場には彼らの教祖――
「ククク……またしても派手にやりやがったな、川島! だが、アンタも相当追い込まれているだろう!」
「ふっ……寝言も大概にしたまえ」
「今や、世界中がアンタを敵視している! ケテル教はこれ以上繁栄しねぇ! 馬鹿げたテロでじわじわと殺されていくだけだ!」
両者ともに、一歩も譲らぬ舌戦だ。そして口を動かすだけではなく、二人は炎を操りながらぶつかり合っている。数多の銃声と爆音が轟く街は、まさしく戦場であった。
突如、その場に一人のネオが駆け付けた。
「私はもう、戦うことから逃げない!」
江真の登場だ。彼女は炎を振りまき、武装した教徒たちを次々と気絶させていった。今はまだ、彼女には命を奪う覚悟などない。それでも彼女は、彼らを傷つけることを選んだのだ。
江真が武装集団の相手をしている間にも、玲玖と伴造は闘争に明け暮れている。二人の炎は火花を散らしながらぶつかり合い、そして爆発していく。無論、二人が使うのは炎だけではない。玲玖は空中回転回し蹴りにより、標的を数歩ほど退けた。受け身を取った伴造も、すぐに攻撃へと移る。彼は凄まじい拳のラッシュを繰り出し、眼前の敵に応戦した。その攻撃をかわそうと試みた玲玖だったが、彼女は何発かの打撃をその身に受けてしまう。そんな攻防を繰り返していった末に、二人は満身創痍の有り様となった。両者ともに肩で息をしているが、どちらも戦意を失ってはいない。二人のネオは今、燃え滾る闘志を宿した眼光で互いを睨み合っている。
「前より強くなったじゃねぇか、川島。一体、何がアンタをここまで駆り立てるんだ?」
「それはこっちの台詞だ。オヌシが下らぬ美学を捨てていれば、ワシとオヌシは今頃、全てを支配していたはずだろう!」
「下らぬ美学――だと? もう一度その言葉を口にしてみろ! アンタの首が弾け飛ぶぞ!」
逆鱗に触れられた玲玖は、その手に炎の球体を生み出した。球体は眩い光を放っており、凄まじい火力を匂わせている。この攻撃を受ければ、伴造は今度こそ命を落とすことになるだろう。
その時、一台のタンクローリーが現れ、常軌を逸した速度で彼女に追突した。
激しい爆発に呑まれた玲玖は、勢いよく宙を舞った。
「信者による特攻……か……」
そう呟いた彼女は気を失い、そのままアスファルトに叩きつけられた。その光景を後目に、江真は叫ぶ。
「玲玖!」
このままでは、玲玖がとどめを刺されるのも時間の問題だ。この好機を前にして、伴造は喜びを隠せない。
「終わりだ……
彼は人差し指を玲玖の方へと向け、その指先に炎の球体を溜め始めた。
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