信者の壁

 伴造はんぞうは両手で二人の拳を受け止め、灼熱の炎を放った。江真えま玲玖れくは爆風に耐えつつ、己の拳に力を籠める。直後、両陣営の間に激しい爆発が発生し、三人は一メートルほど後退させられた。それから間髪入れずに、江真たちは炎の弾を連射する。その攻撃を炎の壁で吸収し、伴造は笑う。

「それがオヌシらの全力か?」

 直後、彼の生み出していた壁は竜のような形に変化し、眼前の標的を呑み込んだ。業火の渦に巻き込まれた二人は、震える両脚に力を入れて立ち続ける。

「つ……強い……!」

「だが、二対一ならこちらに分がある。そうだろ? 江真」

「もちろんだ!」

 彼女たちは全身から爆炎を放ち、強敵の操っていた渦を振り払った。次に二人は間合いを詰め、交互に体術を繰り出していく。発揮される技と、その軌道をなぞるように発生する炎――これらはとてつもない勢いで、伴造の身を削っていく。しかし、ここで撤退する彼ではない。彼もまた、炎を操ることによって応戦している。両陣営の力は、まさしく拮抗していると言えるだろう。

「この勝負……勝てる!」

 そう叫んだ江真は、勝利を確信していた。その横では、玲玖も強気な笑みを浮かべている。

「ずいぶんと腕を上げたな、江真。今のアタシらなら、奴の首を狩れるだろうよ」

 彼女たちの猛攻は、徐々に勢いを増していく。一歩、また一歩と、伴造は戦いながらも後退していく。ようやく、江真たちは彼を追い詰めることが出来たのだろう。しかし伴造は、江真の弱点を理解している。彼が目を向けた先には、死闘を見届けている信者たちが群がっている。そこで伴造は、彼らに指示を下す。

「何をしている! あの悪魔どもからワシを守れ! 輪廻を解脱したくはないのか!」

 その怒号におののいた信者たちは、すぐに彼の周囲を取り囲んだ。無論、烏合の衆が集ったところで、ネオを前にすれば無力に等しいだろう。

「おやおや……どうやらアンタらには、希死念慮があるようだな」

 そんな啖呵を切った玲玖は両手を上げ、己の頭上にエネルギーを集め始めた。彼女の上空に、巨大な炎の球体が生み出される。そんな彼女を阻止するのは、伴造ではない。

「やめろ、玲玖!」

 咄嗟の判断により、江真は彼女のわき腹に飛び蹴りをお見舞いした。

「何を考えている! 江真!」

 玲玖は激昂した。一方で、江真もまたその目に怒りを宿している。

「教徒たちに罪はない! 奴らは、奴らは……」

川島伴造かわしまはんぞうの被害者――とでも言いたいのか?」

「ああ、そうだ! 操られているだけの人間に、なんの罪がある!」

 そう――伴造の信者を攻撃することは、彼女の正義に反するのだ。そんな彼女に呆れた玲玖は再び立ち上がり、炎を放とうとする。その前に躍り出た江真は、信者たちの代わりに攻撃を受け止める。当然、それに感謝することもなく、教徒の群れは江真を取り囲んでいく。彼らの繰り出す暴行に、彼女は決して抵抗しない。その姿に痺れをきらした玲玖は、怒気を帯びた声を響かせる。

「アンタはどこまで愚かなんだ! 江真! 良いか! アタシの生きてきた世界ではなぁ! 騙される奴が、操られる奴が悪いんだよ!」

 無論、そんな言葉で納得する江真ではない。

「違う! 騙す奴が、操る奴が悪いに決まってるだろ!」

「この馬鹿! アンタのせいで、計画が破綻した! アンタは、本当に愚かだ!」

 このままでは、江真が敗れるのも時間の問題だ。玲玖は教徒の集団にタックルを食らわせ、彼女の手首を掴む。直後、その場は黒い煙に包まれ、教徒たちは標的を見失った。


 玲玖は江真を連れ、煙と共に姿を消した。


 動揺する信者たちを前にして、伴造は舌打ちをする。

「ちっ……仕留め損ねたか。教会に戻るぞ!」

 指示を下した彼は、己の信者たちを引き連れて教会へと戻っていった。

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