乱心

闇討ち

 数日後の金曜の深夜――玲玖れくは片手に紙袋を携え、古いアパートの一室を訪ねた。彼女がインターホンを鳴らした直後、玄関の扉が開かれた。そこから姿を見せたのは、頭髪の整っていない江真えまである。彼女は眠そうに目を擦り、それから呆れたような表情を浮かべる。

「……何故、君が私の部屋を知っているんだ?」

「まあ、アタシは裏社会の支配者だからな。この街に関する大抵の情報は把握している」

「それで、用件はなんだ?」

 深夜帯に安眠を邪魔された彼女は、いささか不機嫌そうだ。当然、玲玖がここに来たことには理由がある。

「邪魔するよ、江真。少しだけ話をしよう。これはアンタにとっても、悪い話にはならねぇ……それだけは保障する。ほら、土産だ」

 そう告げた彼女は紙袋を差し出し、それを江真に手渡した。袋に入っていたものは、箱入りの最中もなかである。

「あ、ああ。ありがとう。しかし、歳を召した親戚がくれそうな土産だな」

「あぁ? 知らねぇのか? この店の最中は絶品だぞ。まあ、とりあえず上がらせてもらうぞ」

「わかった」

 一先ず、江真は来客を部屋に招き入れた。


 玲玖の第一声はこうだ。

「煙草、吸っても良いか?」

 当然、喫煙者ではない江真の部屋には、灰皿が常備されていない。

「いや、我慢しろ」

「しょうがねぇな……」

「今、茶を淹れる」

 それから江真は台所に立ち、緑茶を淹れた。湯呑を受け取った玲玖は軽く会釈し、話を切り出す。

川島伴造かわしまはんぞうは、アタシの理念に反した。そして奴は、アンタにとっても討つべき敵だ。そうだろう?」

「そうだな。何があっても、私はあの男を止めなければならない」

「……そこで、だ。一時的に、アタシと手を組まないか?」

 これまでに二人は、二度も共闘している。共通の敵を前に結託するのは、決して悪い話ではないだろう。

「その話、乗らせてもらう」

「それで良い。深夜帯にアンタを訪ねたのは他でもねぇ……今からケテル教の教会に、闇討ちを仕掛けにいくぞ」

「ああ、わかった」

 江真は相手の提案を呑んだ。しかし先程まで就寝する予定だった彼女は、身だしなみが整っていない。彼女は今、灰色のパジャマに身を包んでいる。

「……身支度の時間をやる。アタシが茶を飲みきるまでに支度しろ」

 玲玖は言った。江真は軽く頷き、迅速に身支度を始めた。



 準備が整った二人は、ケテル教の教会へと赴いた。深夜帯であるにも関わらず、教会の前には何人かの信者が待ち構えている。そのうちの一人の男が携帯電話を取り出し、通話をかけようとした。咄嗟に飛び出した玲玖は、その男の胸倉を掴み上げる。

「おっと、モーニングコールはさせねぇよ」

 挑発的な笑みを浮かべた彼女は、そのまま男を地面に叩きつけた。そこで彼が落とした携帯電話を、江真は勢いよく踏みつけて粉砕する。その間、他の教徒たちも伴造との連絡を試みようとした。しかし彼らの携帯電話も、江真の放つ炎の弾によって破壊された。これで教徒たちは、彼らの教祖に連絡を入れることが出来ないだろう――二人はそう思っていた。


 その時、教会のエントランスから、伴造が姿を現した。


 この瞬間、玲玖は全てを理解する。

「奴らは囮だったか。どうやら、どこかに身を隠してアンタに連絡した奴がいるようだな」

 そう――彼女と江真が眼前の教徒たちに気を取られている間に、すぐ近くに身を潜めた別の教徒が動いていたのだ。

「他の教徒たちも、危機を知らせるブザー音で起こしておいた。オヌシらの闇討ちは、失敗に終わったようだな」

 これで、不意打ちを仕掛けることは出来なくなった。

「良いだろう……だったら、正面から受けて立つだけだ!」

 そう言い放った玲玖は、睨みを利かせた目を向けた。一斉に飛び出した彼女と江真は、その拳に灼熱の炎をまとっていた。

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