支配者の美学

 その時だった。

「アタシのシマで、何してんだ?」

 突如、その場で聞き覚えのある声がした。三日月屋の出入り口から姿を現したのは、御剣玲玖みつるぎれくだ。伴造はんぞうは怪訝な顔をする。

「どうした? 最上江真もがみえまは、オヌシにとっても邪魔な存在だろう」

 元より、彼は玲玖と癒着していた身だ。その上で、彼らにとっての共通の敵は、紛れもなく江真である。しかし今回は、何やら事情が違うようだ。

「ここの店主は、アタシにショバ代を納めているんでね。アタシは大抵の犯罪に手を染めてきたが、信用だけは裏切らねぇようにしてるんだよ」

 あの裏社会の支配者にも、確かな美学があった。

「知ったことか。ワシは我が道に立ちはだかるあらゆる存在を排除する。例えそれが、オヌシに守られている人間であってもだ!」

 伴造からしてみれば、あの店主は邪魔者でしかない。一方で、玲玖にとっての店主は、みかじめ料を納めてくれる貴重な収入源だ。

「表に出ろ、伴造。今日限りで、アタシらの協力関係は破棄する」

「望むところだ。オヌシ如きが、ワシに敵うかな?」

「案ずるな。ここには江真もいる。さぁ、やるぞ」

 勝負を仕掛けた彼女は、殺意に満ちた眼差しをしていた。彼女は伴造と共に退店し、江真も後に続くように店を出た。


――戦闘開始だ。


 江真と玲玖は炎の弾を連射し、眼前の教祖の身を焼いていく。伴造も炎の光線で応戦していく。常人には、この闘争に介入することさえままならないだろう。三日月屋の窓越しに、明美あけみは死闘を眺めている。

「これが、ネオ同士の戦い……」

 路上で繰り広げられる抗争は、凄まじいものだ。たった一人で二人のネオを相手にしている伴造も、一歩も退かぬ有り様だ。爆炎と煙に包まれた戦場は、観戦者の肉眼でとらえられるものではない。

「厄介なモンだな。アタシの知る全てのネオが、アタシの敵なんだから」

 そう零した玲玖は、どことなく冷たい笑みを浮かべていた。そんな彼女に続き、江真も言う。

「私だって同じだ。私と同じ信念のもとで戦うネオは、誰一人としていない。これが、力を得た人間の宿命なのかも知れないな」

 二人の乱射する炎の弾は、着実に伴造を退けている。やはりあの男にとっても、徒党を組んだネオを相手にするのは容易なことではないのだろう。それでも彼は、眼前の敵に立ち向かう。

「ワシも、退くに退けないところまで来た。ここでオヌシらを倒さねば、ワシに未来はない!」

 伴造が声を張り上げた直後、その場は激しい爆発に包まれた。その一撃により酷く負傷した江真たちは、爆風に飛ばされて地を転がる。どちらかの陣営が力尽き果てるまで、この戦いは終わらないだろう――少なくとも、その場にいた全員がそう思っていた。


 その時である。


 突如、どこからともなく、並々ならぬ火力の光線が放たれた。江真、玲玖、そして伴造の三人は、咄嗟に炎の防壁を作り出す。かろうじて直撃を免れた三人は、その頭髪や衣服を強風になびかせる。風の中に消えゆく煙から、一つの人影が浮かび上がる。

「漁夫の利を狙えると思ったが、失敗したか」

――真嶋泰守まじまやすもりの登場だ。先程の戦闘で傷を負っている三人とは違い、今この場に現れた彼は無傷である。ここで彼と戦うことは、賢明な判断ではないだろう。

「ちっ……今は退くか」

「次は、オヌシを倒す」

 玲玖と伴造は、すぐにその場から走り去った。今この場に残っているのは、泰守と江真だけだ。

「まだまだ……だなぁ。まだ実っちゃいないか。大義のために、正しさを捨てる覚悟が」

「私は君のようにはならないよ」

「否が応でもなるさ。何せ、お前は戦いに巻き込まれたんだ。血が流れる世界に生きる者は、いずれその身を返り血に染める覚悟をするまで追い詰められるんだ」

 そう語った彼は、どことなく冷笑的だった。

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