義理と人情
それから数日間、
「ねぇ、江真。本当に大丈夫なの? 江真は一体、何に巻き込まれているの?」
「詮索はしないで欲しい。私は、明美を巻き込みたくはないんだ……」
やはり江真は、多くを話してはくれなかった。当然、それは彼女なりの優しさだが、明美は激昂する。
「そうやって、全部全部一人で背負い込んで、傷ついて……江真の馬鹿!」
「あ、明美……?」
「ウチの気持ちも考えてよ! 大切な友達が大変なことに巻き込まれていて、ウチは何も出来ないんだよ! 何が起きているのかさえ、知ることが出来ないんだよ!」
声を張り上げた明美は、目に涙を浮かべていた。そんな彼女の背中をさすり、江真は本心を語る。
「私は、良い友人を持ったものだ。これまで、私は幾度となく心を折られそうになっていった。わかるか? 明美。私だって、本当は心細いんだ」
ジャドとの契約でネオになった彼女も、根は人間だ。手に余る試練の日々を抱えるのは、彼女にも酷なことである。そんな彼女を心配に思い、明美は話を引き出そうとする。
「それなら、話して欲しい。江真は今、何に巻き込まれているの?」
「そうだな。私がどうしても全てを抱えられなくなった時……生きる希望を見いだせなくなった時……そんな時に、君に全てを話そう。君は私にとって、かけがえのない友人だ。だからこそ、君を危険に晒したくはない」
「……うん、わかった。いざという時は、ウチのことを頼ってね」
結局、江真からの話を引き出すことは叶わなかった。明美は、友人の苦しみに対して何も出来ない自分を憎むばかりだ。
そんな時、何人もの人々が三日月屋に乗り込んできた。
「見つけたぞ! 悪魔の化身!」
「教祖様のため、そして解脱のため!」
「我々は、お前を討つ!」
――ケテル教の信者たちだ。彼らの手には、刃物が握られている。そんな彼らを率いるのは、
「オヌシの命もここまでだ……
穏やかな事態ではない。江真は深いため息をつき、卓上に一万円札を二枚置いた。
「お釣りは要らない」
店主にそう告げた彼女は、明美の手を掴んだ。一刻も早く逃げなければ、二人は命の危機に晒されるだろう。
その時だった。
店主は包丁を手に、厨房を出た。彼はケテル教の信者たちを睨みつけ、勇ましい声を発する。
「俺の大切なお客様に、手出しはさせない! この店は、お客様が安心して食事を楽しめる場所でなければならないんだ!」
その目には、一切の迷いがなかった。しかし彼は人間で、相手は刃物を持った大勢の狂人だ。その上、彼らの教祖はネオ――到底、常人である店主の敵う相手ではない。
「店主! ダメだ! 私には構わず、どうか……!」
江真はそう言ったが、店主には店と客を守り抜いてきたプライドがある。
「江真。お前は義理と人情に生きてきた。ならばわかるだろう? 俺の義理と人情が、お前にもわかるはずだ」
その言葉に、江真は我に返った。今までの彼女は、これほどまでに明美を心配させてきたのだ。伴造は信者たちに、更なる指示を送る。
「悪魔の化身を庇うとは、醜悪な店だな。これは命令だ……必要とあれば、店主もろとも殺せ」
その一声により、刃物を携えた信者は、一斉に店主の方へと襲い掛かった。
「店主! 逃げろ!」
そんな江真の声も、今の店主には届かない。彼は包丁を構えたまま、その場から微動だにしなかった。
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