潜入
結局、あれから
「よぉ。悪いが、数日程、有給休暇を取ってもらうぞ」
それが彼の第一声だ。突然のことに、江真は戸惑いを隠せない。
「なんだ? 何があったのか、説明して欲しい」
彼女がそんな返答を返したのも無理はない。泰守が彼女に仕事を休むことを望んでいる時点で、何か事情があるのは明白だ。さっそく、泰守は先程仕入れた情報を提供する。
「
「なんだと……!」
「しばらくケテル教徒に扮して、ケテル教の内情を調査して欲しい」
玲玖を倒すには先ず、ケテル教から解体する必要がある。しかし下手を打てば、大勢の人質の身が危ない。今の二人に出来ることは、ケテル教についての調査を進めることだけだ。江真は少し考え、それから依頼を引き受ける。
「ああ、わかった。だが一つだけ約束してくれないか?」
ある条件下でしか、彼女は依頼を引き受けないらしい。
「なんだ? 何を約束すれば良い」
「教徒には手を出すな。奴らはただ、川島伴造に利用されているだけの被害者なんだ」
「……なるべく、俺もネオ以外を殺したくはないが、保障はしかねる」
純真無垢な理念を掲げる江真に反し、泰守は犠牲を厭わない性分だ。それこそ、二人が分かり合えない最大の要因である。
「ケテル教の調査は引き受ける。だが、もし君が間違ったことをしていたら、私は全身全霊を以てそれを阻止する」
「フッ……お前らしい答えだな」
「私はいずれ、誰も傷つかない正義があることを証明してみせる」
一先ず、これで話はついた。江真はすぐにその場を去り、ショッピングモールに足を運ぶ。それからしばらくしてモールを出たのは、変装した彼女だった。
それから江真は、ケテル教の教会に向かった。教徒たちは皆、彼女を歓迎している。
「あなたが新しい選民ですね」
「ここに来たからには、もう大丈夫ですよ!」
「さぁ、輪廻の苦しみから解脱しましょう」
彼らの発言の一つ一つから読み取れることは、彼らの思考が完全にマインドコントロールされていることだ。しかし、ここで彼らに反発したら、ケテル教の調査を進めることは難しいだろう。
「ああ。私は必ず、清き魂になる」
そう答えた彼女は本当の目的を悟られぬよう、表情に気を遣っていた。
それから数日間、江真はケテル教における様々な儀式に参加した。彼女自身は不本意だったが、彼女はお布施も支払った。熱心な信者に擬態するには、教祖に貢ぐ他ないのだ。一方で、金に余裕のない教徒たちは、他の教徒たちの目の前で鞭打ちにされていった。鞭を振るう時の伴造の顔は、江真の目には悪意に満ちた笑みに見えた。そんな邪悪な表情も、信者たちからすれば慈しみの微笑に見えるのだろう。江真の中で、底知れぬ怒りが湧き上がっていく。そしてケテル教に潜入してから約五日後――彼女はついに正体を露わにする。
「よく聞け、皆。川島伴造は決して、最終解脱者なんかじゃない」
無論、その一言が教徒の怒りを買うのは、言うまでもない。
「我らが教祖様に、なんて口を!」
「お前も見ただろう! 教祖様の奇跡の力を!」
「教祖様だけが、我らを天道に導けるのだ!」
やはり彼らに、話は通用しない。そこで江真は己の掌に炎を作り出し、それを彼らに見せつける。
「どうだ。私にも、君たちが奇跡の力と呼ぶものが備わっている。君たちのお布施も修行も、なんの意味もないんだ!」
そう叫んだ彼女は、伴造の方へと目を遣った。伴造は深いため息をつき、座席から立ち上がる。
「ワシに歯向かうつもりか?
両者の間に、緊迫した空気が立ち込める。二人は互いを睨みつつ、じりじりと間合いを詰めていった。
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