推理

 翌日、泰守やすもり玲玖れくの事務所へと赴いた。彼ほどの強者であれば、玲玖を討つことも夢ではないだろう。さっそく、彼は眼前のビルに立ち入った。


 階段を登っていった泰守は、ビルの最上階に到着した。その目に飛び込んできたのは、エグゼクティブデスクに足を乗せて座っている玲玖と、その隣に立つ和治かずはるだ。

「へぇ。ずいぶんと物騒な客が来たモンだな」

 そう言い放った玲玖は、まるで物怖じしていない様子だ。そんな彼女も、泰守を前にすれば命を散らしかねない身だ。

「この事務所は、客に茶の一杯も出さないのか?」

 泰守は訊ねた。それに対する玲玖の答えはこうだ。

「安心しろ、客に飲ますモンはねぇが、サメに食わす餌なら今ここに来た」

 妙な話だ。一見すれば、彼女は決して優位になど立っていない。その悠然たる態度こそが闇の世界の支配者たる所以なのか、あるいは別の事情があるのだろう。突如、和治は携帯電話を触り始めた。怪訝な顔をする泰守に対し、彼は忠告する。

「下手を打たない方がよろしいかと思いますよ、真嶋まじまさん」

「なんだ? お前、自分の立場を分かってんのか?」

「……私達の協力者が今、数十人の人質を取っています。私が指示を送れば、人質は皆殺しにされます」

 何やら、玲玖たちはすでに手を打っていたようだ。しかし今出揃っている情報だけでは、泰守は納得できない。

「何故、俺がここに来ることがわかっていたんだ?」

 そんな疑問が出るのも当然だ。何しろ、彼は奇襲を仕掛けに来たのだ。己の動向が相手に予見されていたことは、彼からすれば妙なことでしかない。


 玲玖は笑う。

「ククク……江真えまも生温い奴だよな。アイツがアンタの計画を、全て話してくれたよ。アタシが死なねぇようにな」

 確かに、あの江真ならそんなことをしてもおかしくはないだろう。しかし泰守は、すぐに彼女の嘘を見抜く。

「今の発言で、アイツが俺を裏切らなかったことがわかった」

「なんだと……?」

「あの女がお前にとって好都合な存在であれば、お前はわざわざそれを口にしないはずだ。俺が江真を疑うように仕向けたかったようだが、失敗に終わったな」

 この男は、ただ強いだけではない。彼にもそれなりの思考能力はあるようだ。

「だったら、何故アタシがアンタの動きを読んでいたと思う?」

「お前は何人もの人間を駒にしてきた。その上、お前の立場なら情報屋とも繋がれるだろう。ならばお前が俺の目撃者から情報を得ていても、驚くに値しない」

「ククッ……恐れ入ったよ、泰守」

 そう――裏社会を支配している玲玖は、人脈に恵まれている。そして彼女の参謀曰く、彼女には人質を取った協力者がいる。無論、それが和治のブラフである可能性も考えられるだろう。

「それで、本当に人質を取ったのか?」

「ああ。だがアタシは、アンタの人脈を知らねぇ。もしかしたら、アンタにとっての大切な人間も危険に晒しているかも知れねぇな」

「なるほど……お前の協力者は、川島伴造かわしまはんぞうか」

 またしても、泰守は推理をした。

「何故そう思う?」

 そう訊ねた玲玖は、余裕のある笑みを保っていた。しかしその眼前の男は、核心に迫りつつある。

「奴は大衆を動かせる教祖にして、ネオだ。そんなアイツが、この街で教会を持つことを許されている。まるで、お前と癒着しているかのようにな」

「それだけで、あの男をアタシの協力者と断じられるのか?」

「一度に多くの人質を取れるのは、一度に多くの人間を動かせる者だけだ。そもそも、あの男はお前にとって、敵か味方のどちらかにしかならない。そしてお前は奴を潰そうとしていない……そうだろう?」

 完璧な推理だ。玲玖は肩をすくめ、深いため息をつく。

「……見事だ。お手上げだよ」

 しかし人質がいる以上、相手は下手に動けない。


――不利な立場にいるのは、泰守の方だ。

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