最終解脱者

 翌日、江真えま明美あけみは、いつものように三日月屋で食事をしていた。この時、彼女たちは箸を進めつつ、店の隅に置かれているテレビを見ていた。画面の中では、アナウンサーと例の老人が話している。

「貴方が最終解脱者こと川島伴造かわしまはんぞうさんですね?」

「ああ、いかにも。ワシはこのケテル教を通じて、輪廻から解脱したい者たちの手助けをしている」

「是非、修行の成果も見せてください。貴方の言葉を信じてもらうには、それが一番早いでしょう」

 あの老人は、新興宗教の開祖だったようだ。江真たちは周りに聞かれぬよう、小声で感想を口にする。

「胡散臭いな。しかしメディアが新興宗教に肯定的な報道をするとは、妙な時代になったように感じる」

「そうだね。一昔前なら、メディアは新興宗教を悪いものとして広めていたと思う。今のやり方が正しいかどうかは、わからないけど……」

「それにしても、競合相手も多いだろうに、よく新興宗教で名を広められたものだ」

 伴造がいかにして信者を獲得したのか――二人はそれが気になっていた。彼女たちは、テレビから目を離せない。画面の中では、伴造が己の手から小さな炎を生み出し、それをカメラに向けている。

「これが、輪廻から解脱した者に与えられる神の力だ。邪念を払い、悟りの心を開いた者だけが、この境地に達することが出来る」

 彼はそう言ったが、江真たちはその力の正体を知っている。

「真っ赤な嘘だな。あの力は決して、修行によって身に着くものではない。奴も、ネオか……」

「やっぱり、ネオの力を金稼ぎに使っているのかな」

「情報商材と宗教は、詐欺罪にはならない。あの男がどんな嘘で無知な者たちを騙していても、法に裁かれることはないだろうな」

 無論、ネオの真実を知る者は、世間的にはごく一部だ。現に、アナウンサーは伴造が解脱者であることを妄信している様子である。

「やはり解脱すれば、極楽浄土に行けるのですか?」

「もちろんだ。穢れ無き魂は死後、エーテル体の波動となり、純粋な意志を以て次元を超越する。これは量子テレポーテーションに、波動そのものの意志が介入することによって発生する現象だ。そしてエーテル体の波動は極楽浄土で収束し、天道の命が生まれる」

「なるほど……我々の魂の正体は、波動だったということですね! 今回は、ケテル教の開祖、川島伴造さんについてご紹介しました!」

 ネオの力は、傍から見れば奇跡のようなものだ。それを目の当たりにすれば、彼の言葉を信じる者も珍しくはないだろう。

「これは手ごわい教祖様だな……相変わらず、力をろくなことに使わない奴ばかりだ」

 そんな愚痴を零した江真は、虚ろな目をしていた。



 同じ頃、質素な雰囲気を醸す教会では、一人の男が土下座していた。そんな彼の背中を鞭打ちにしているのは、ケテル教の教祖である伴造だ。

「ワシは怒っているのではない! これはオヌシのためだ! オヌシを解脱させるためだ!」

「ごめんなさい、ごめんなさい! 来月こそ、お布施をします! 修行を積みます!」

「ワシに感謝するのだ! 痛みに感謝する器量こそが、悟りの境地! それが解脱への道だ!」

 言う前でもなく、彼の言い分は狂っている。しかし信者たちにとっての伴造は、最終解脱者以外の何者でもない。

「ありがとうございます、教祖様! ありがとうございます!」

 痛みに顔を歪ませ、目に涙を浮かべつつ、男は声を張り上げた。やがて伴造は鞭打ちをやめ、一部始終を見ていた信者たちの方へと目を遣る。

「さぁ、礼拝の時間だ。お布施の準備は出来たかな?」

 その一言により、教徒たちはすぐに一列に並んだ。そして彼らは一人ずつ、伴造に封筒を渡していく。彼らは皆、心から解脱を望む者たちだ。


 そんな彼らを率いるのが四人目のネオ――川島伴造である。

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