癒着

協力

 その日の夜、江真えまがビルの屋上で思索に耽っている時、その背後から何者かが姿を現した。

「浮かない顔だな、江真」

――泰守やすもりだ。その声に振り返り、江真は咄嗟に身構える。その瞳に宿るのは、底知れぬ闘志だ。一方で、泰守に闘志はない。

「ははは、そんな怖い顔をするな。お前を殺すには、まだ早すぎると判断したものでな」

「用件はなんだ、泰守」

御剣玲玖みつるぎれくの拠点を特定したい。そのためには、お前の協力が必要だ」

 以前、彼は玲玖を仕留め損ねた。あの女を追う上で、事務所の場所を特定することは極めて重要だろう。無論、殺生を是としない江真にとって、泰守の理念は肯定できるものではない。しかし彼女もまた、玲玖について調べている身だ。

「ああ、わかった。何をすれば良い?」

「反社連中を片っ端から攻撃しろ。それで先ず、玲玖をおびき寄せることが出来る。そこで俺が隙を見いだし、玲玖の身に発信機を忍ばせる」

「なるほど。それで、あの女の拠点がわかるということだな。奴の被害者に過ぎない操り人形を傷つけていくのは性に合わないが、止むを得ない。これ以上、被害を拡大するわけにもいかないからな」

 様々な経験を経て、彼女の考えは少しばかり変わったようだ。大義を成すために、力を使う――彼女は再び、ネオとしての使命に目覚めつつあった。そんな彼女を嘲っているのか、泰守は不敵な笑みを浮かべる。

「決まりだな。お前は、玲玖を倒そうなどと考えなくて良い。奴の拠点を洗い出すことが、今回の最優先事項だ」

 さっそく二人は屋上を去り、荒れくれた街を練り歩くことにした。



 江真が最初に訪ねたのは、あのラーメン屋だ。店頭では、三人組の男が店主と思しき男を脅している。

「いつまで不味いラーメンを作り続ける気だ!」

「俺たちのシマには、俺たちのルールがあるんだよ!」

「これ以上抵抗するなら、こっちにも考えがある!」

 口々に声を張り上げた彼らには、小指がない。この時、江真の中にある考えがよぎる。あの日、彼女は三人の散らかした生ごみを片づけた。彼女の行動により、彼らの仕事は果たされなかったことになったのだろう。

「奴らは、仕事を遂行していたのに……」

 眼前の男たちを、江真は気の毒に思った。しかしそのうちの一人は今、店主の胸倉を掴んでいる。これは穏やかな事態ではない。

「そこまでだ!」

 咄嗟に店の前に駆け寄った彼女は、炎を帯びた拳で男に殴り飛ばした。残る二人は銃を握り、彼女を射殺しようとする。江真は俊敏な動きで銃弾をかわしていき、更にもう一人の足下を崩す。直後、その男の顔面には、炎を帯びた膝蹴りが炸裂する。この瞬間にも、残る一人が発砲を続けていたが、その銃撃も江真のわき腹を抉るだけで精いっぱいだった。そんな彼の頬に、江真の強烈な回し蹴りが命中する。


 その力量差は圧倒的だ。


 直後、三人の男と店主は、それぞれ小さな爆発を受けた。彼らは気を失い、地に崩れ落ちる。無論、これは江真の攻撃ではない。

「来たか……玲玖!」

 彼女の予想は的中した。今この場に現れたのは、裏社会の支配者――御剣玲玖である。

「……やはりな。どうやら、アタシを呼び寄せることが目的だったと見て良いだろう。殺す気でかかってきな……江真!」

 作戦の全貌を知らない玲玖は、戦闘に備えていた。無論、今彼女と戦う意志など、江真には毛頭ない。


 突如、店頭は煙に包まれ、玲玖の視界を奪った。

「……!」

 予想外の出来事に、彼女は言葉を失った。やがて煙が収まった時、そこには江真の姿がなかった。

「なんだ? あの女、一体何を考えてやがる……?」

 怪訝な顔をしながらそう呟いた玲玖は、辺りを見回した。店頭には、三人の手下と一人の店主が倒れている。

「奴らに正体を知られるわけにはいかねぇな」

 そう考えた玲玖は、すぐにその場を後にした。

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