廃人
それから数日が経った。土曜の昼間、
「最近の様子はどう? 何か、危険に巻き込まれていなければ良いけど……」
そんな懸念が抱かれるのも無理はない。現に、江真はRと呼ばれる人物に認知されている身だ。これ以上あの世界に踏み込めば、彼女も後戻りが出来ないだろう。江真は小さなため息をつき、明美に忠告する。
「明美は、多くを知りすぎない方が良い。それこそ、明美が危険に巻き込まれることになると思うから」
「だ、だけど、ウチは江真が心配だよ」
「心配されるのも無理はないだろうな。それでも、これは私が背負う問題だ」
あくまでも、明美は一般人だ。そんな彼女を巻き添えにするわけにはいかない――江真はそう考えていた。
それから食事と会計を済ませ、二人は三日月屋を出た。彼女たちを待ち構えていたのは、
「
当然、江真はこの男のことを知らない。しかし今は、怪しい人物を根こそぎ調べ回る必要がある。
「君は、誰だ?」
「私は
「なんだ?」
妙にきな臭い男だ。少なくとも、江真はそう感じていた。無論、ここで引き下がるわけにもいかないこともまた事実だ。怪訝な顔をする彼女に対し、和治は言う。
「私についてきてください」
何やら、彼は案内をするつもりらしい。江真は戸惑いながらも頷き、彼と同行することにした。
それから彼女は、数多くの凄惨な光景を目にした。ある男は、両腕が欠損した状態で物乞いをしていた。両足のない女が、路地裏で怪しげな注射器を使っていた。他にも、両目のない者や唇の皮膚を剥がされた者など、様々な人間が路頭に迷っていた。そして彼らの共通点は、いずれも廃人と化しているということだった。江真は息を呑み、和治の顔を覗き込む。
「なんなんだ? 私は一体、何を見せられているんだ」
「あの者たちは皆、R様の指示に従えなくなった負債者や、その親類に当たる人物です。汚れ仕事の出来ない負債者は、通行人の同情を誘い、物乞いをすることでしか借金を返済できません」
「な、何故……それを私に見せたんだ?」
一見、これは反社会的勢力からしてみれば、表に知られるべき情報ではないだろう。しかし眼前の男は、臆することなく真実を話した。それは江真にとって、あまりにも不可解なことであった。
無論、和治がこの情報を伝えたことには意味がある。
「ご理解いただけませんか? 貴方に敗れ、仕事を遂行できなかった者たちも、いずれはあのような目に遭うということです。まさか、彼らが生爪を剥がされるだけで済むと思ってはいませんよね?」
「くっ……そういうことか! どこまでも、力を悪用するとは!」
「貴方の思い描くような正義が勝つ仕組み――そんなものが成立するのなら、この世界は幾分か平和になっていたはずです。貴方の幻想がいかに無価値であるか……それをしかと胸に刻み込んでください」
例え直接手を下さなくとも、江真は間接的にRの傀儡を傷つけようとしていたのだ。その真実を突きつけられた江真は、握り拳を震わせるばかりであった。
「君たちのような人間が……世界の仕組みを狂わせるんだ。誰もが支え合って、暴力ではなく愛が時代を築く……そんな世界があっても良いとは思わないのか!」
「そんなに熱くならないでください。私はまだ、話の本題に移っていません」
「今度はなんだ? 何を言い出すつもりだ!」
荒れくれた街の路上に、彼女の怒号が響き渡った。しかし和治は、依然として冷静沈着だ。
「貴方には、我々の仲間に加わっていただきます」
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