友人

 翌晩、江真えまは三日月屋に居た。彼女の隣には、その友人と思しき女もいる。二人は一先ず乾杯した。今日の江真は、少しばかり得意気な表情だ。

「何か良いことでもあったの? 江真」

 友人と思しき女は訊ねた。その質問はまさしく、江真の求めていたものである。

「実は昨日、反社会的勢力を三人も成敗したんだ。今までは無力だった私も、強くなったからな」

 彼女は自らの掌に小さな炎の球体を生み出して見せた。これで彼女の話は、信ずるに値するものとなるだろう。しかし彼女の友人は、少しばかり不安を帯びた目をしている。

「そんな危険な世界と関わりを持つべきじゃないよ。納得のいかないこともあると思うけど、それは江真の気にすることじゃないもん」

「まあ、そう言うな……明美あけみ。私は元より、強者がその力を悪用する社会を憎んでいた身だ。それなら、私が力を持つ者の一人にならなければ手本を示せないだろう。私はこの力を、正しいことに使おうと思う」

「江真らしい考えだね。アンタのそういうところ、凄く良いと思う。だけど、ウチは江真を危険に晒したくはないよ」

 明美と呼ばれる女が心配するのも無理はない。類稀なる力を手にしているとは言え、江真は反社会的勢力を敵に回しているのだ。無論、江真自身もその危険を承知している。

「誰かが危険を冒さない限り、この世界が変わることはない。私だって、正義の時代は簡単に訪れるものではないと思っている。だからと言って、そこで諦める気にもなれない……ただそれだけだ」

 そんな覚悟を語った彼女は、真っ直ぐな眼差しをしていた。一方で、明美は依然として不安を帯びた表情をしている。二人は各々の注文した食事に手をつけ、酒を挟みながら夜食を味わっていった。



 それからしばらくして、江真は会計を済ませた。二人が三日月屋を出ると、出入口の外はバールを持った何人もの集団に包囲されている。やはり反社会的勢力に手を出して、事が丸く収まるはずもなかったのだろう。

「食後の運動にちょうどいい」

 そう呟いた江真は、俊敏な体術を繰り出した。標的たちが一心不乱にバールを振り回していく中、彼女はあらゆる攻撃をかわしながら立ち回っていく。一人、また一人と、バールを持った男たちが蹴り飛ばされていく。それでもなお立ち上がる彼らは、一斉に江真の方へと駆け寄っていく。

「私に勝てると思うな」

 江真がそう呟いた直後、その場で灼熱の炎が爆発した。男たちは吹き飛ばされ、炎に身を包まれながらアスファルトを転がっていく。そんな光景を目に焼き付け、明美は度肝を抜かれるばかりだ。

「つ……強い。江真は本当に、力を手に入れたんだ……」

 もはや江真を止められる者はいない――彼女はそう確信した。鈍器を持った人間が束になっても、身体能力と超能力に恵まれた者を倒すことは容易ではない。眼前で繰り広げられる乱闘に、明美は目を奪われていた。


 その時だった。


 突如、明美は後方に気配を感じた。彼女が振り向こうとしたのも束の間、その身は男のうちの一人に捕らわれてしまう。彼の右手には、ナイフが握られている。

「動くな! コイツの命が惜しければなぁ!」

 路上に響き渡った彼の怒号は、江真を動揺させる。

「人質を取ったか……卑怯者!」

 こうなれば、江真は下手に動けない。彼女を取り囲む集団は、不敵な笑みを浮かべている。その傍らで拘束されている明美は、目に涙を浮かべながら震えていた。ほんの一瞬でも判断を誤れば、取り返しのつかないことになる――そんな状況を噛みしめ、江真は思考を巡らせる。

「明美に手出しはさせない。必ず、君たちを後悔させる」

 彼女はそう言ったが、今は相手が優位に立っている。張り詰めた空気が立ち込む中、彼女の額には一筋の汗が伝っていた。

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