最終話:もう一度歌うために

数年後、健太は都会の喧騒の中でサラリーマンとして忙しい日々を送っていた。新しい職場での仕事に追われ、かつてのカラオケ店での出来事は次第に記憶の片隅へと追いやられていた。しかし、ふとした瞬間に、あの謎の女性のことを思い出すことがあった。


ある日、健太は仕事のストレスを発散するため、同僚たちと一緒にカラオケに行くことになった。都会の真ん中にある巨大なカラオケビルに入ると、懐かしい雰囲気に包まれた。昔の思い出が蘇り、健太は少し感傷的になった。


その夜、健太は一人でトイレに行くために部屋を出た。廊下を歩いていると、どこかで聞き覚えのあるメロディーが流れてきた。健太は足を止め、その方向に耳を澄ませた。その音源は、隣の部屋から聞こえてきていた。


好奇心に駆られて、健太はその部屋のドアに近づき、中を覗いてみた。すると、そこにはかつての謎の女性が立っていた。彼女はマイクを握り、歌っていた。彼女の声は透き通っており、美しいメロディーが部屋中に響き渡っていた。


健太は驚きと感動で胸がいっぱいになった。彼はしばらくその場に立ち尽くし、女性の歌声に耳を傾けた。その声は、かつての彼女が取り戻した自分自身の証だった。健太は涙をこらえきれず、そっと部屋を離れた。


その後、健太は同僚たちに戻り、何事もなかったかのようにカラオケを楽しんだ。しかし、彼の心の中には、あの女性が再び歌えるようになったことへの喜びが広がっていた。彼女が自分を取り戻すことができたのは、カラオケ店での静かな時間のおかげだったのかもしれない。


数週間後、健太はまたあのカラオケビルを訪れた。今度は一人で。受付で部屋を借り、マイクを握った。彼はあの女性のことを思い出しながら、久しぶりに自分の好きな歌を歌った。歌い終えた後、健太は満足感とともに微笑んだ。


その日以来、健太は時折カラオケ店を訪れ、自分の気持ちを歌に乗せるようになった。彼の心の中には、あの女性との再会と、彼女が再び歌えるようになった喜びがいつまでも残っていた。彼は彼女に感謝し、自分自身もまた、新たな一歩を踏み出す勇気を持つことができたのだった。

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静寂の歌姫 O.K @kenken1111

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