第二話 ゆ、揺れてますっ♡

 今日の体育は、男子はサッカー、女子は校庭の外周を走らされている。前回は男子が走って、女子は体育館でバスケットだった。

 不公平だ!

 しかし、悪いコトばかりでもない。

 初めは上下ともジャージ姿だった女子たちも、周回を重ねるにつけ、まずは上を、次いで下も脱ぎ始めたのである(しかも、ウチの学園のブルマはなのだ)。

 皆んな気もそぞろで視線を彷徨わせている。

 俺も、まずは媛乃木ひめのきを探した。彼女のおっぱいの揺れを確認するのは、必須事項である。

(い、いたっ♡…ゆ、揺れてますっ♡)

 推定88cm、Fカップの揺れ、マジパネ~~~♡

 更に、その隣を走るのは、推定85cm、Eカップの川俣かわまただ(身長が高くスレンダーな彼女の揺れも中々だ)。

 いや、まて、まて、更に数歩遅れて舘野たてのはっ♡♡♡

 これぞ、の名に相応しい、推定99cm、Hカップの威容を見よっ♡

 視線を彷徨わせていたのは俺だけではなかった筈だ。

 しかし、そこへ声が掛かった。

只野ただのーっ!…いったぞーーっ!」

 声と共に眼前にサッカーボールが迫る。

(むむむぅ!…元サッカー部員(中二までだが(笑))を舐めるなー!)

 俺は華麗なオーバーヘッドキックを決め…………ようとした。

 しかし、三年のブランクは大きかった。

 俺の蹴ったサッカーボールは外周を走っていた女子の方へ飛んでいってしまったのだった。

(ヤバいっ!? …媛乃木さんがいるっ!? )

「危な ―――― いっ!? 」

 大声をあげたが時すでに遅しっ!

 俺の蹴ったサッカーボールは媛乃木の側頭部を直撃していた。

 俺の目にはまるでスローモーション映画のように媛乃木の身体が浮きあがり隣を走っていた川俣に圧し掛かってゆくのが見えた。


 その後の事を俺は良く覚えていない。

 後で舘野から聞いた話によると、倒れた媛乃木と川俣の処に爆走した俺は(川俣が大丈夫と手をあげたのを確認して)気絶した媛乃木を〝お姫さま抱っこ〟して保健室まで運んだ……らしい。

 モブの俺が〝そんなな行動〟を取ったという話はにわかに信じられなかった。

 しかし、媛乃木をベッドに寝かせ、保険医の嘉藤かとう先生(女性、29歳、独身)にカーテンの外に追いやられて十数分。

 色々(保健室でできる)検査をしてカーテンを開いた嘉藤先生曰く ――

「まあ、大丈夫だろう……いまは眠ってるが、呼吸も安定してるし、外傷も見られないし、目が覚めたら医者に連れて行こう…」

 そして、俺を見て言った。

「…若干不整脈の気があるが、ここでは心電図が取れないし、まあ心配するな……誰か一人付いていれば良いから他の二人は授業に戻れ」

 それを聞いて川俣と舘野が頷き合って言った。

「こいつを置いてきます、こき使ってください!」

「いや、女子の方が……」

 言い掛ける保険医を遮って川俣が言った。

「あ、こいつですから女子の寝込みを襲うような度胸ありませんから(笑)」

「うん、ないにゃ(笑)」

 舘野も笑いながら頷いていた。

(お前らなあ……覚えとけよっ!)

 しかし、俺が責任を感じていたのも確かだし、二人なりに気を利かせてくれたのかも知れなかった。

 それから媛乃木のベッドの横に置かれた丸椅子に坐った俺は、嘉藤先生に一言確認した。

「手……手を握ってても、良いですか?」

「まあ、それくらいなら……しかし、それ以上の狼藉は即退学だと覚えておけっ!」

 嘉藤先生に、ぎろっ、と睨まれて俺はそれを諦めたのだが、媛乃木の毛布を直したついでのように先生は彼女の右手をだして毛布の上に置いてでていったのだった。



 それから三、四十分たった頃 ――

 目を覚ました媛乃木はに戸惑いを覚えた。

 それから、掛けられた毛布と、そこからだされた右手を両手で握っているに気付く。

 彼は手を握ったままベッドの端に身体を預けて眠っていた。

 そこで、漸く彼女は思い出した。

 体育の授業中にサッカーボールがぶつかって転倒した事。

 あれは彼が蹴ったボールだったのだろうか?

 だから彼はここで自分を見守っていて(いや、寝てるけど)くれたのだろうか?

 その時、細くカーテンが引かれ保険医が顔を覗かせた。

「目が覚めたか?……大丈夫そうか?」

 眠っているを、ちらっ、と見て小声で訊いてきた。

「はい、大丈夫……だと、思います」

「ちょっと職員室に用があって留守にするが、小一時間したら医者に連れていくからな」

「判りました」

 媛乃木が返事をすると、もう一度、眠っている男子を見遣って保険医はカーテンを閉めた。

(……そうだ、眞如まことちゃんか育美いくみちゃんに制服持ってきて貰おう)

 と、身体を起こし、あち、こち、と探ったが、体操服とブルマにスマホを入れている訳もなく……

 その動きで彼が目を覚ました。

「おはよう」

 幾分茶目っ気をだして言うと、見知った男子が慌てて身体を起こした。

 そして、彼女の手を握っていた事に気付いて(思い出して?)慌てて手を放して言った。

「さ、さっきはごめんなさい、ボールをぶつけて……大丈夫ですか?」

 気遣うような視線にくすぐったさを覚えて媛乃木が言葉を返す。

「うん、平気みたい……」

「えっと……か、嘉藤先生があまり心配する必要はないだろうって……ただ、少し不整脈の疑いがある、かも…って言ってました」

「不整脈?……それって、心臓が不自然に、どき、どき、するってコト?」

 媛乃木は胸を押さえて、確認するように小首を傾げると、少し不安そうに言った。

「……あ、それ、当たってる、かもっ!? 」

「ええっ?……そ、それって、拙くない?」

「只野くん、ちょっと確かめて…」

 媛乃木の手が俺の手首を掴んで彼女の心臓の上に宛がった。


(い、いや、いや、いや…ちょ、待っ!? ……ひ、媛乃木さん…そ、そこは…心臓じゃな…いや、心臓だけど……って言うより…む、胸…お、おっぱいだからっ!? )


「ど、どう、かな?」

(や、柔らかい……はぅ♡)

 俺の意識は多分〝別の次元〟に飛んでいた。

「んっ?…もっと、強く押し付けないと、判らない?」

(いや…お、俺…死ぬ、かも…)

 媛乃木は俺の右手だけでなく、その上から俺の左手も宛がった。

 俺の掌に薄い体操服越しに彼女のブラジャーの質感までもが、あり、あり、と確認できた。

(お、俺…死んでも…良い、かも……)


 その時、授業終わりのチャイムが鳴った。

 ―― ほぼ同時に(おいっ!)、ばた、ばた、と廊下を走る音が聞こえ、保健室のドアが乱暴に開いた。

「あっ!」

 微かな悲鳴と共に媛乃木が俺の手を開放した瞬間、カーテンが引かれた。

「いま、悲鳴が聞こえなかったか?」

「只野っち、狼藉にょ?」

「ち、違うからっ!」

 俺が視線を逸らせて答えると川俣が、ちらっ、とこっちを見た気がしたが直ぐに媛乃木に訊いた。

ひめ、平気か?」

ひめっち、頭、痛くない?」

 舘野も心配そうに声を掛けた。

「うん、ありがとう……只野くんも付いていてくれたし、大丈夫だよ」

「……ちょっと、顔が赤いかな?……熱がある?」

 舘野が媛乃木の額に手を伸ばすと、川俣が妙に自信たっぷりに言った。

「いや、待て……確か~、熱を測るには、オデコとオデコをくっつけるのが良いらしいぞ!」

「よ~し、くっつけるにょ~♡」

 その言葉を受けて舘野が俺の後頭部を押して媛乃木の額にくっつけた。

(いや、いや、いや、いや、いや……ち、近い、ちかい、チカいぃ!? )

 媛乃木の息が掛かり、体温まで感じられて、俺も熱があがりそうだ。

 し、しかも、何故か媛乃木は次の瞬間、目を瞑った。


(いや、それ……き、き、キス待ち顔っ!? )


 更に、舘野が俺の背に圧し掛かるようにしてきたから堪らない。

 ギャルの舘野は普段から制服を着崩していて胸元が大きく開いている。そこにオワスは推定99cm、Hカップの爆乳である。

 前門の〝キス待ち顔っ!〟、後門の〝クラスの至宝っ!〟……進むも成らず、退くも成らず。

 俺の脳味噌は沸騰寸前だった。


 それから、保険医の嘉藤先生が戻るまで、俺は二人に散々イジラレ捲ったのだった。


          *


 その夜、夕食を済ませた俺は、媛乃木からLINEがきているのに気がついた。(いや、LINEを交換した覚え、ないんだが?)

 そこには、全く異常はなかった事、念の為一晩入院するが心配いらない旨、簡潔な文章で記されていた。

 最後に、「あがりとう」の文字と一緒に押された紅い『♥️』のスタンプに、俺の心拍数は爆あがりだった。

 だって女子から貰った初めてのスタンプだったのだから。



            【つづく】

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