三話 神様も呆れるような 2
放課後に、海辺へやってくる。可憐と原付二人乗り。
今日も宝石を探して、砂の中を探す。海の方は絶望的だろうけど、可憐はそうは思っていないだろうし、俺も頑張ろうというものだ。
一番大事な指輪がもう既に見つかっていることは、敢えて可憐には話していない。
しかし、なんか今日は集中してないというか。チラチラと俺の方を見ている。何があったんだろうか。そんなに昼休みに突撃訪問したことが尾を引いているのか……?
「お、いたいた! おーい! せんぱーい、かれーん!」
そんな声が遠く背後から聞こえた。振り返ると、えっと、晴と雨理だったかな。晴の方がブンブンと手を振っている。そういえば日が傾いていた。結構な時間が経っているようだ。
可憐が近づいて行ってる。俺も気になったので、海水をえっちらおっちらかき分けて戻っていく。
「どしたの、二人とも!」
「いやー、前から気になってたんだけどさ! 海の中じゃぶじゃぶーって何か探してるよね? でも、今日の可憐は必死そうじゃないから、声掛けてみよっかなって」
「え!? ひ、必死そうに見えてた!? き、綺麗な石を探す遊びなの!」
「ほへー。そんなんで必死になるのか、案外面白いねぇ、可憐」
「あ、雨理も、やってみる?」
「うむ。たまには水の戯れも良いものだ。先輩もあわよくばこの双子坂姉妹の濡れ透けなんか期待してるでしょ?」
「お前エスパーになれるぞ、雨理」
「えー、自己紹介の度にスプーン曲げるのめんどそう」
なれるのは確定なのかよ。ってツッコミどこはそこじゃない。
可憐のやつ、声を掛けてもらって、ちゃんと参加するように誘ってみせた! これは、前までの可憐になかった傾向だ。どういう変化が起こっているんだろうか。
俺は気になって可憐の真正面に立ち、何故か顔を赤くして俺を見上げるそぶりを余所に、額を露出させ、自分の額を右手で、彼女の額を左手に当てて温度を測る。
熱は……ないみたいだが。うーむ、心配だ。
「せ、先輩……あの、顔が近い、です……」
「ん? お、おう、悪いな。熱でもあんのかと」
「?」
「ははーん、把握した!」
首を傾げる雨理だが、晴の方は得心がいったような、自信ありげで意味ありげな、つまるところニヤリとした笑みを浮かべた。
「な、何をかなー、晴! 何を把握したって言うのかなー!?」
「雨理、邪魔しちゃ悪いよ。二人のせ・か・い、を!」
「なっ!? そ、そんなことないから! 綺麗な石、みんなでさがそー! どんどんぱふぱふー!」
何か一人で芸をしている可憐はさておき、俺は二人に向き直った。
「俺からも頼むよ。人手がいるんだ」
「海に沈んでるよ?」
「そっちじゃないそっちじゃない。ヒトデ違いだろそれは」
「それを待っていたのだ、ナイスツッコミ」
「先輩、本当にいいの?」
言われるが、考えるまでもない。可憐と二人きりというのもいいものだが、俺の本意はまた違う。友達と探しててほしい。その輪が、広がればいい。
その気持ちに嘘はないから、俺は頷いた。
「おう。可憐の友達なら、是非手伝ってくれ」
「そ、そうそう! さあ、探すぞー! ついてこいテメェら!」
「先輩あっちで休憩しよ。可憐を見守るの会」「異議なし!」「面白そうなので乗っかる」
「泣くよ!? 先輩まで!? わたし泣くよ!?」
「ああ泣け。思いっきり動画撮ってやる」
「チクショー!」
「はいはい、冗談はともかく、ワタシら靴脱ぐからしばしまたれい」
「ワタシは元より裸足! よーし、いっちゃおう!」
晴と可憐が水の中を探す。その途中で水の掛け合いになり、俺と雨理はその光景に思わず感嘆していた。
「おお……濡れ透けですぜ先輩。我が妹ながら破壊力抜群だぁ」
「ありがたやありがたや……」
拝むしかないじゃないか。ぴったりと貼りついて下着が見えている夏のファンタジー。青色の下着が何とも爽やかだ。
「晴との1チェキ1000円で売った!」
「売るなよぅ!」
「買った!」
「買うなよぅ!」
「先輩、わたしとのツーショットもいかが?」
「それは貰っておこう。さ、晴。写真じゃぁああああ!」
「ヤダー! ヘンタイー!」
「誰が変態だこんちくしょうめ! 喰らえ大波!」
大技を繰り出すべく、姿勢を低くする。
「あしばーらい」
「ぬおおおっ!?」
雨理に足払いされて不安定な足場がひっくり返り、普通に海水を飲む羽目に。海パンにTシャツという格好なので濡れても支障ないのだが、口の中が塩っ辛い。
「何すんだテメェ! 雨理、やはりラスボスはお前のようだな!」
「フッ、きたまえ、勇者!」
水の掛け合いを敢行する。もう容赦しねえぞ。濡れていく中、こっちも思いっきり海水をぶっかけられる。遠慮ねえなこいつら先輩相手に……。
「やめて! わたしのために争わないで!」
「可憐、なんだその悲劇のヒロイン感。お前だけ今日はウメボシな」
「ひぃぃぃぃ! 酸っぱいのぉぉぉぉ!」
その後は、全員で宝石を三十分くらい探した。
探しながら、俺の身の上話をすることになった。何でか分からないけど。
「へー、先輩受験戦争が嫌だったのかぁ。……ち、ちなみに、期末とか勉強みてもらったりとか……?」
「いいぞ。可憐と一緒なら」
「やったー! 赤点回避!」
「進んで勉強する意味が分からんよなー」
「雨理は点数良さそうだな」
「まーね。ノー勉で八十くらい」
「腹立つよねー! どうしてこう、姉妹で頭の出来が違うかなー!」
晴は勉強が苦手らしい。逆に雨理は得意なようで。対人の要領の良さは晴なんだろうけど、雨理は勉強などの個体値が高いらしい。
「そ、そうだね……不公平だ……一家の中でわたしだけ馬鹿だし……」
可憐が沈んでしまった。どれくらい馬鹿なんだろうか、一応怖いもの見たさで訊ねてみるか。
「お前いつも何点くらいなんだ?」
「五十点……どれも行くか行かないかで、数学が四十点ギリギリです……」
「ワタシはいつも四十点スレスレ! 一応赤はなったことないのだ!」
こいつらは……。真面目に授業受けてれば七十は取れるだろうに。二人とも地頭はそんなに悪くなさそうなんだが……。晴は機転と洞察力に長けているのがこの短い付き合いでもわかるし、可憐も何だかんだこいつらの会話についていけてるところを見るに、悪くはなさそう……なんだけど。
「しゃーねーな。今度対策してやんよ。範囲おしえてくれれば絞るから」
「あざーっす!」
「ただ進学校とのズレがあるかもだからそこらへんは恨むなよ」
「ううっ、でも指標ないより全然いい……!」
まぁ勉強なんて要領のひとつだしな。俺は単にこいつらより数をこなして要領がいいだけだ。
「じゃあ先輩は問題解いてる間は暇だろうし、ワタシとゲームしようよ」
「いいぞー。何のゲームをする?」
「フフッ……闇のゲームさ……!」
「お前……中二病患者なのか?」
「その毛は無きにしも非ず。ワタシは悪の幹部になりたい」
「黒幕になりたい先生がいたんだけど、相性良さそうだな」
「おお、二年の担任は真宵先生だよね? 黒幕になりたいんだー、うん、ロリの黒幕……流行る!」
流行る……のか? でもどうせならてかわいい女の子に仕えたいというのも男心というものだろう。黒幕美少女の手下、しかも幹部!
「いいな。悪の幹部、いいな!」
「先輩が混じると途端にスラップスティックになりそう」
「失礼だな貴様」
「すらっぷすてぃっくって何?」
「ドタバタ劇というか、まぁ、ギャグ調になっちゃうよねって話。悪の幹部に向いてない筆頭だよ、先輩と可憐と晴は。手下とかなら、まぁありかな」
「下っ端か……」「なんか、さり気にモブ扱いされてません……?」
顔を見合わせる俺と可憐。だよな、やっぱ下っ端扱いは何か微妙。
「うーん、ムズカシーこと考えないでいいからいいや、手下で」
晴、お前はそれでいいのか……? 手下だぞ、手下。そう、手下と言えば、そうだな。
「手下はな、跪いて幹部様の素足を舐めて忠誠を誓うのだ。というわけで雨理、可憐の上に座って素足を舐めさせろ」
「色々ツッコミたいことあるんですけどなんでわたしの上!? 普通に砂の上に座ればいいじゃないですか! ていうか足を舐めたいんですか!?」
「え、それはちょっと……」
「いやなんで「うわキツ」みたいな表情してるんですか! 先輩が言い出したことでしょ!? 責任取ってくださいよほら!」
「責任の権利を君にあげる!」
「クーリングオフが即座に発動します! ジュースあげる感覚でそんなもん渡さないでください!」
可憐、やっぱツッコミも変なやつ。でも砂の上に座るとじゃりじゃりしてそうじゃん? それに美少女の上に美少女が乗る構図、いいと思います。
雨理はニヤニヤしながらこちらを眺めていた。何だ、お前。そんな顔も可愛いじゃんか。
「先輩、言おう言おうとは思ってたけどやっぱり馬鹿でしょ」
「失礼だな。まぁ馬鹿だけどな!」
「いや居直らないでよ」
しゃーないだろ馬鹿なんだから。勉強のできる馬鹿男子ではあるが、なかなか難しいところだ。
「ところで、綺麗な石ってどんなの拾ってるの?」
「こんなの」
可憐から渡されていたトパーズを見せる。この夕暮れだ、まともな色彩感覚は機能しないが、綺麗な石だと言うことは分かるだろう。
「へー、綺麗。キラキラしてる。宝石?」
「さ、どうだろな。でも、ここいらに落ちてるって噂なのさ」
「意外に即物的だね、可憐。でも、面白そー。確かに綺麗な石だ、ちょっとほしくなってきた。がんばろー、晴!」
「頑張るぞ! むん、気合!」
「まぁ本来は遊ぶ予定だったの。というわけで、雨理、晴……水を喰らえ!」
「「「倍返しだぁぁぁぁ――――っ!!」」」
「わぷっ!? え、何その連携!? ていうか先輩関係ないじゃん!? ちょ、うわぁああああああああ――――――――っ!?」
色気のない悲鳴を上げながら双子坂姉妹との連携技に沈む可憐。強く生きろ。
そんな三十分はあっという間に過ぎ、日も落ちてきたので帰ることになった。
帰りの道中、ぶーたれた可憐を背中に帰っていく。さすがに海水を浴びすぎてべとべとだ。帰ったらシャワー浴びたい。まずは可憐を優先させるけど。
「先輩酷いです! わたしの味方してくれないし!」
「ごめん、そっちの方が面白そうだったから」
「面白いでここ一週間と少しくらい積み上げた信頼を全力で投げ捨てないでくださいよー! ぐれてやる!」
髪色は全然ぐれてるのになあ。
「にしても、何で金髪なんだ?」
「あー……自分を変えたくて、ですね。まずは見た目から! すっごい好奇な視線で見られましたよ、あいつとうとうデビューしたなとか言われてました」
「ま、言われるだろうな。それ込みでやったんだろ?」
「いえ、想定外でした……」
「えええ……」
それは想定してろよ。俺はめっちゃ気になるぞ、知り合いが唐突にパツキンになってたら。えらいこっちゃやでーと半歩どころか十二歩くらい引く。てかまぁ、こんなコッテコテの関西弁なんて今日日喋ってるやついないけども。そういう問題ではない。
「イメチェンで頭がいっぱいだったんだと思います」
「で? イメチェンの効果はどうだった?」
「バッチリでした! 特に話したことなかった人たちが、どうしたのーって声掛けてくれまして。仲良くなれました!」
いい方向に転んだんだな。そりゃよかった。
可憐の成長にも驚きだ。友達を自ら誘うなんて。きっかけはどうあれ、大人しかった彼女の勇気を推し量ることはできないのだが、それでも自分の問題だと思うことを手伝ってもらうことができていたのだ。
できないことを他人に頼るって、中々できることじゃない。中にはそれがデフォルトなクソ厚かましいやからも存在するが、性根は真っ当で真面目な部類だろう可憐がそれを選択出来たことがどれだけ大きいのか。
自分の問題は自分で解決できるに越したことはない。でも、結婚指輪を今でも探し続けている可憐は、その問題を人に頼れた。自分だけでは無理だと判断したのか、友達だから話したのか、そこらへんの感情はどうでもいい。ちゃんと、他人を巻き込めた。人を頼ることを知り、またその人のピンチに頼られるようになって初めて大人なのだと、俺は勝手に思っている。
一歩、大人になったんだな、可憐。
「先輩、今日の晩御飯なんですかー?」
「今日はちと遅くなったから肉野菜炒めかな……焼肉のたれ味。味噌汁くらいは作るけど」
「じゃがいもがいいです!」
「お前は……。たまにはじゃがいも以外を言ってみろ」
「むっ……じゃあ、サツマイモで」
芋ばっかじゃねえか。確かに美味いけどなあ。新じゃがを皮つきでフライにしたりベイクドにしたり……ほっくりとした甘みで食べ応えもある。塩やマヨネーズをかければご馳走になる。サツマイモはシーズンじゃないが、それでも人気はある。秋になれば定番の食材で、芋の入ったご飯なんかご馳走だ。
「でもサツマイモの味噌汁ね、あれ中々美味いよな。苦手なやつも多いけど」
「ですねえ。美味しいと思うんですけどねぇ、さつま汁」
「いやサツマイモ入りの味噌汁はさつま汁じゃないぞ可憐。サツマイモ入りの味噌汁はあくまで味噌汁だ」
「え!? 今までさつま汁ってそういうものだと思ってました……」
「よかったな、一つ賢くなったぞ」
「でてててーてーれーれってれー! 竜騎士可憐のレベルが1上がった!」
「お前竜騎士なの!?」
「いえ、何となく。先輩は何か吟遊詩人っぽいですよねえ」
「分からん、お前の言わんとすることが全く分からん……!」
可憐の中では俺吟遊詩人なの!? どの辺が!? 確かに楽器は一通りこなせるけどそんな動画でバエるほど上手くないぞ。どれも目立たない程度に演奏できる程度で。
「先輩、楽器は弾けないんですか?」
「どれもほどほどでいいならやれると思う。親に拘束されて一時ヴァイオリンまでやってたからな……」
「お、おつ様です!」
「にしたって、見つかんねーな、指輪」
「……ですね」
ん? なんか、今、声が小さくなったか?
ほぼ聞き取れないような音声だったが、それを誤魔化すように、可憐は腰に回す手に力を込めてくる。幸せな感触にドギマギしつつも、心の中がそれを誤魔化しだと判断していた。喜んでる場合じゃないぞ、俺。
「六月二十五日がですね、結婚記念日なんです、おじいちゃんとおばあちゃんの」
「ほー」
ってことはジューンブライドなのか。ロマンチックだな。
「それまでに、なんとしても指輪を見つけたいんです。おじいちゃんも、いついなくなっちゃうか、わからないですし。これから、毎日一緒に探してくれませんか? よければ、でいいんですけど」
…………そうか。
この言葉で確信する。可憐のやつ、大方事情を知っているようだ。恐らく指輪の件も知ってる可能性が出てきた。
いつもの可憐なら、絶対見つけたいという自分の意志を示すはずだ。よければ、なんて生温い単語を、真剣に探しているこいつは使わないだろう。
真実を告げてもいいとは思う。それが簡単で、最も俺に無駄のない選択肢だ。誰だって指摘するだろうし、ここで指摘しないやつは馬鹿だ。ここで笑い飛ばして、あのじじいを蹴っ飛ばして白状させればそれでおしまい。大団円。
けれども、俺は探してみようと思う。あるはずないのは分かり切ってるけど、可憐が見つけて欲しいというなら、探すだけ探してみよう。ああ、馬鹿さ。でも、友達や仲良くなっている人間から、可憐は大胆に踏み込んでくるくせに、どこか距離を取っている。最初、俺にも探していることを伏せて、そして今も――全部知っていると、俺に告げていないのだから。
「分かった。全力で探してみる」
「……いいんですか?」
「何がだ? わけわかんねーこと聞くな。見つからないかもだけど、見つかるかもしれんだろ。見つけたくないのか!」
「み、見つけたいですけど……」
「なら決まりだ。あ、お前明日から歩いていけ。俺は早朝から探す」
「わ、わたしも行きます!」
「よし。何とかして見つけだそーぜ!」
「お、おー!」
探す目標が存在しない宝探し。生温くどこか湿った空気を切り裂いて、バイクはただひた走る。
これからどうなるのか。俺にも分からない。
でも、マイナスにはきっとならない。
俺と可憐が、指輪という優しい噓を信じている限りは。
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