三話 神様も呆れるような 1

 時は逆巻かない。今が過去になり、未来が今に更新を続けている。


 だからこそ、昨日の出来事を信じられず、学校にそれを持ってきているのだが。


 六月二十二日。期末テストを一週間半後に控え、慌ただしくなっている教室内。昼休みの今、作ってもらったお弁当を食べて、周囲を見渡す。みんな思い思いに談笑や勉強などに興じている。わたしの友達は隣で対戦ゲームをやっていた。スマホアプリ。ああいうのは目がチカチカするからあんまりやらないんだけど。バスケとかサッカーとかは付き合うんだけど、苦手なジャンルにまで踏み込まない。


 そんな友人を確認しつつ、自分の席で、貰った帽子を眺めてみる。


 男性から初めてのプレゼントだ。ラブレターなんか貰ったことはあるけど、わたし――海原可憐の身を案じて、こういう心を打つ贈り物をくれたのは、あの人が初めてだった。


「えへへ」


 嬉しい。思わずにやけてしまう。


 そんなわたしの様子に、友人の双子坂姉妹が反応する。


「どしたー、可憐。締まりのない顔」

「雨理。いや、ちょっとね。嬉しいことがあって」


 双子坂雨理。ちょっと気だるげな雰囲気の、落ち着いた女の子。陽光で栗色に透ける髪を持ってて、ジト目っぽいけどそれが可愛い。


「ていうか、それ可憐のセンスじゃないよね。あんたもうちょっとカジュアルなのが好みじゃなかったっけ? その麦わら、デザインセンスがどっちかってーと高級志向というか。それ関連?」

「晴……うん、そうなんだ。ちょっと、プレゼントされて、部活の時に被ってこーかなって」


 双子坂晴。妹の方。一卵性双生児のために、雨理と顔は瓜二つだけど、晴はつり目でパチッと目が開いている。活発な印象だけど、晴はインドア趣味。雨理はどちらでもない。


 わたしの返答を聞いて、なるなる、と晴は零す。


「あー、あの非公式水泳部とかいう謎部活か。ていうかプレゼントって男?」


 雨理がそう首を傾げるのに、頷いて肯定する。


「う、うん」

「あー、兄貴ね。なんだかんだシスコンか、可憐。可憐の兄貴二人とも顔は良いしなーブラコンなの可憐?」「つまんね」

「ってオイオイ。わたしが男の人にモテたらおかしいのかね?」

「いや、第一印象で告るタイプなら死ぬほど撃墜してるけど、本性を知って尚、こんなプレゼントを贈れるの身内くらいだって」

「そんなことないもん! 彼氏っぽい人いるもん!」

「もんて。どうせ脳内だろ、乙」「つかもんはうぜえ」

「ひっど!」


 雨理の言葉に笑いながら受け答えをしていると、唐突に開け放たれる扉。


 あ、あれ? なんで……ヨウ先輩が?


 彼の登場に、思わず心臓が跳ねた。ドキッとしている。どういう感情、なんだろう。それよりも、嬉しさの方がオーバーフローしてる感じ! 四時間ほど前に見たばかりなのに、会えるのが嬉しいとか! わたしどうしようもなく先輩に懐いてるなあ、と思ってしまう。


「たのもう! 我が召喚に応じよ、可憐!」

「ははっ!」


 とりあえず乗っておく。すすす、と進み出ると満足そうにヨウ先輩は笑顔で頷いていた。


「よしよし。おっす、可憐。ちょっと視察に来たぞ」

「え? 何のですか? ま、まさかこのわたしが赤点の危機というのを聞きつけて!?」

「それは対策してやろう。そうじゃなくて、お前に友達がいるのかどうかの調査だ」

「うわ、なんですかそれ。お母さんにでも頼まれたんですか?」

「いや、純粋に興味があって。おーい、一年。こいつの友達ってやつは手を挙げてくれ」


 あ、双子坂姉妹が手を挙げてくれる。他にもチラホラと。みんな、ありがとう!


 先輩は嬉しそうにし、そして双子坂姉妹を見て驚いている様子だった。


「おお、双子だ! 三つ子は知ってるけど双子は初めてみた。ありがたやありがたや」


 なんでか拝んでるし。わたしのお気に入りの先輩はちょっとエキセントリック。平たく言えばちょっと頭おかしい。そこもチャームポイント、なのかな。


「いや三つ子の方がレアリティ一個上でしょ先輩」


 雨理が無遠慮に近づいて行って、先輩をつま先から顔まで見上げ、「あ」とこぼした。


「可憐後ろに乗っけてる謎の先輩だ!」

「遅いわ! というわけで、可憐がお世話になってます。転校生で先輩の夜宮陽太です」

「双子坂雨理でーす、姉の方。こっちは妹の晴」

「ども!」


 顔合わせが済んだ様子だけど、わたしの方を何故か渋い顔で見てくる。なに、こういう表情でさえなんかドキッとしてしまう。なんでもいいのかよ、わたし……。


「おい可憐、なんだこいつら。お前と言いこの子達と言い顔面偏差値が高過ぎて俺がしおれそうなんだが」

「くらえっ、顔面偏差値ビーム!」

「うおおおお、俺のブサメンエナジーがしぼんでいく……!」


 先輩は割と自己評価が低い。そこそこカッコいい方だと思うんだけど、フツメンやらブサメンやら、何故か自分の容姿に関しては客観的に見れてない。ていうかブサメンエナジーとやらはしぼんだ方が良いのでは? イケメンになりそうだし。


 そんな中、雨理が首を横に振った。


「いやいや、先輩の顔はフツー。中の上くらい」

「ほ、ホント? やったぜ! お袋からは面白みのない顔と言われ、親父からは誰に似たんだと種違いを疑われる俺の顔面に理解をくれるなんて……!」

「先輩のおとんとおかんの画像ある?」

「ほい」


 覗き込んでみる。え、何この人達! 芸能人!? 雨理も晴も驚いている様子。


「うわっ、美男美女じゃん。先輩もしかしてカッコウの托卵的な?」

「ぶちのめすぞ貴様」

「ジョーダンです、マイケル的な」


 すごい勢いで雨理と仲良くなっていってる先輩。雨理は会話のテンポというか、切り替えが早いというか、わたしでさえたまについていけなくなるのに。さすがだ。


「あー、なるほど! 可憐、あの帽子この先輩からでしょ!」

「え!? ど、どうして?」

「男だし。この人、可憐を心配してるの分かるもん! 会話の途中途中に可憐に視線を入れてたし!」


 さ、さすが晴。気付かなかった。人を観察して鋭い考察はさすがしか言葉が出てこない。先輩は顔を赤くしていた。うわ、レアな顔!


「双子坂妹さん、君性質悪いね」

「晴でいいですよ!」

「君さぁ、何気に女子の名前呼ぶのハードル高いんだぞ!」

「じゃあワタシも雨理でいいですよ」

「あからさまにおちょくりに来てんだろ雨理テメェ」

「あはは、怒っちゃやーだ。このキャンディを食べるといいですよー」


 緑色の棒付きキャンディーの包装を剥いた雨理。さすがだ、さりげなく剥いて差し出すことで断るのが微妙に難しくなる高等テクニック。先輩も特に疑問を抱かず、緑色と透明な色のキャンディーを口に入れる。


「おう。……なんだこれ、スースーして苦いんだが」

「ハッカ&ゴーヤはお気に召さなかったか」

「むしろなぜお気に召すと思ったんだ。可憐のアホと言い、何でゲテモノを俺に渡す」

「え、可憐のやつ何渡したの?」

「グルービーラーメンのみそ豚骨」

「なにそれ、知らないや。晴、知ってる?」

「ドロドロし過ぎて超マズいやつ。友達の恥はワタシの恥! 先輩、これあげる!」


 チョコレートキャンディだ。晴のお気に入り……そんなに? いや、やっぱ投げ売りのカップ麺は挑戦的過ぎたよね。反省……。先輩はゴーヤを噛み砕いてそっちを咥えた。うわ、得も知れぬ幸せそうな表情!


「これ、メッチャウマい。どこで売ってる?」

「ブロウソン!」

「おう、駅前のやつか。これマジで気に入った。センスいいな、晴ちゃん」

「おいおいー、ワタシにはちゃん付けなしかい?」

「雨理、ゴーヤなんか渡してくる女子にちゃん付けはしないんだわ」

「それはそう。でも何となく、し・ん・み・つ」

「うーんダブルでラリアットかますぞコラ。でも、なんか可憐に友達がいるようで何よりだわ。ほい」


 先輩は何かを取り出して渡してきた。晴と雨理にも。あ、例のチューイングキャンディだ。


「んじゃまたなー」

「はい、先輩! 放課後に!」


 手を振る彼に手を振り返しておく。と、何だか双子坂姉妹がニヤニヤしてる。どしたの君達。


「いやー、可憐に春が到来かぁ」

「いや来るの夏だし」

「そーゆーことじゃないんだよなー。まぁ、恋愛沙汰には我らはノータッチ。下手に第三者が立ち入ったらキレるでしょ? さすがの可憐も」

「いや、二人なら別に……」


 言うと、双子坂姉妹はお互いを見つめ合って、苦笑していた。やれやれ、といった具合。


 そんな仕草をしたかと思えば、強引に肩を組んでくる。なんか男子っぽい、晴。


「可憐、人たらしだよねー」

「動物的な魅力があるよ、可憐! そういった意味ではさっきの先輩と可憐、相性いいかも! なんか、ご主人様と犬って感じで!」

「ど、どっちが犬?」

「可憐」「可憐だよ!」

「え!? 満場一致!?」


 うんうんと頷き合う友人二人を見て、ちょっと今後の付き合い方を考えなきゃいけないのかなと思ったりしたけど。


 真っ先に手を挙げてくれて、嬉しかったなあ。


「晴、雨理!」

「ん?」「なんぞ」

「ずっとも!」

「そだね!」「せやな。お、このチューイングキャンディうめえ」


 ふふん、どうですか先輩。わたしには素敵な友人がいるんですよ!

 もういない背中を想いながら、誇らしい気分で昼休みを過ごしたのだった。


  ◇


「えっと……」

「……」

「よ、よしよし……。陽太、よく頑張ったよ。海原さんが心配で一年に突撃したんだよね? 頑張ったよ陽太!」

「……結婚しよ、鼎」

「な、何言ってんのさ陽太! ボクらは永遠に親友!」


 一年の教室に行ってきて、ないに等しい豪胆さをやすりで削られて完全に俺の心は摩耗しきっていた。机に突っ伏していると、鼎が慰めてくれたのでよしとする。


「あんた、意外に肝が小さいわね……」

「夕凪、お前も慰めてくれ」

「嫌よ、星名でどうにかしなさい」

「……ももいろぱぴよんよん。ふわふわり、飛んじゃって――」

「あー! ああああああああああああぁぁぁぁ――――――――っ! な、なんで!? あんたまさか、ノートの隠し場所を……!? ベッドの下に入れてたのに!?」


 隠し方がエロ本なんだよなあ。


「いや、覚えただけ。それで、慰めて?」

「そ、それは……」

「あー! 俺なんかスゲー大声出したい気分!」

「よ、よーしよし、もう大丈夫よ! 元気出しなさい!」

「うわあ……夕凪さんが物凄く引きつった顔をしながら陽太を撫でてる……」


 女子の手はどことなく柔らかい気がする! 何か得した気分だ。


「ついでだからステラも撫でてくれ」

「いいデスヨ!」


 三人の女子(?)から撫でられる幸せ。教室中からお前ぶっ殺すぞ的な視線が飛んでくるが、へへん、いいだろ。と内心で舌を出しておいた。


「で、今日の弁当はどうだった? ここにきて初めて弁当作ったんだが」

「美味しかったよ! でも凄いや、陽太。ボクのお腹いっぱいのラインを知ってるし」

「見てりゃ何となくな」


 女子用の弁当箱なんだ、鼎。この残酷すぎる事実は言えない。悲しくなってしまうから。野郎は俺の無骨なステンレスのデカい弁当くらいなんだぞ、普通。それでも少し足りないかなと思うくらいなので、鼎のやつがいかに小食なのか。


「あたしも問題ないわ。私のリクエストの日に、その、かしわご飯をやってほしいの」

「かしわご飯? どんなゲテモノなんだよそれ……あんこと白飯? いやおはぎも似たようなもんだから有りなのか……?」


 キワモノを想像する俺に、鼎は苦笑しながら首を横に振った。


「陽太、かしわご飯っていうのは、ざっくりいうと鶏めしのことだよ。甘じょっぱい醤油系の鶏肉の炊き込みご飯」

「あ、あー。かしわって方言か、ビックリした。味の想像がイマイチつかんのよなあ……」

「じゃあ街の方にミャキノがあるから行ってくれば?」

「お前しっかり食った後に夕飯作れと。遠慮なくなってきたな、いいぞ夕凪」

「いいんだ……あんた割と謎のメンタルしてるわよね」


 でも店の名前さえわかれば誰かが再現レシピネットにあげてるだろうから、調べておこう。……ほほう、この味付けだと大分甘めに炊き上がるだろうけど、これが普通なのかな。


 炊き込みご飯ってやつは味見できないから一発勝負なのが本当によろしくない。本来なら回避すべきなんだけど、毎日白飯はさすがに飽きるからな。それに何より、炊き込みご飯って美味いんだよなあ。それに汁物と漬け物があればもう立派に一食。分量を守って炊飯器にぶち込んで炊けばOKなので、敷居の低さもありがたい。ある意味では初心者向けだよな、炊き込みご飯。


「よし、大体味は把握したから作れるぞ、夕凪」

「お、いいわね。さすが家事担当! そういえばだけど、材料費だけ? 手間賃は? 技術料というか、そういうの普通取るんじゃないの?」

「同じ寮のよしみ。それに、俺ら同じ寮じゃん。ま、洗濯掃除は頂くけど」

「……ふーん」


 意外そうに俺を見て、夕凪は表情を綻ばせた。


「な、なんだよ、夕凪」

「明日香って呼んでいいわよ。なんか、あんたはいつまで経っても夕凪って呼んでそうだし……みんな名前呼びだし。それなりに疎外感あったのよ?」


 少し恨みがましい目で見られるけども、え? いつの間に好感度あがってたの? 不愉快だと思ってたからわざわざ名字で呼んでたのに。それが俺の精神衛生上よかったという本音もあるが。女子を名前呼びはひたすらハードルが高い。高くない?


「お前俺のこと好きなの?」

「いや、普通。でも、他人って言うには、仲がいいでしょ? で、友達は名前で呼ぶでしょ。というわけで、よろしくね、陽太」

「オゥ! アシュカがデレてマース! ツンデレのデレデス、美味しいトコですよ、ヨウタ!」

「いや美味しいとこったってお前……明日香、ペロペロしてもいいか?」

「いやあんた許可するわけないじゃないの」

「ステラが」

「ああ、ステラなら別に……ってなんでなのよ!」


 しかしギャグやネタでもう終われないアホの魔手が既に明日香に迫っていた。


「お許しが出まシタ……じゅるり……!」

「え!? あ、いや、冗談よ! 冗談だから、うわぁああああああああっ!? ちょ、顔近づけてこないで! うわ、力強い!? た、たすけ……!」


 とりあえず哀れな獲物に魂からの救済を願いつつ、俺は鼎の方を見る。


「鼎、百合はオカズコンテンツに入るか?」

「いや、ボクはノーコメントで」

「あんたら助けなさいよ! って、きゃぁああああああああっ!?」


 思いっきりキスされているが、まぁ放っておこう。死にはしないだろうし。


 その後、普通にステラと、何故か俺まで拳骨を脳天にぶち込まれて、昼休みが終わるのだった。


 ちなみにだが、明日香のやつはそこそこ力があるようだった。力関係で言えば、ステラが一番、二番に可憐、三番目に明日香、四番目が鼎だ。ドベは真宵先生だろう、さすがに。


「相棒、今ボクを女の子扱いしなかった?」

「全然?」

「そう……?」


 勘鋭すぎだろ。

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