二話 そのままでいられるんだよ、お前が傍にいるなら 3

 街の外れ――十五キロ離れたところをナビは示している。


 何でも、可憐は祖父にトパーズの発見を報すると、一緒に誰かいたのかと聞かれ、その際に俺の存在が知れたらしく、そいつを連れてアイにコイというお話になったらしい。


 そんなのに一々従う義理もないのだが、来ないならこちらから出向くということだったそうなので、可憐が頭を下げてきた。部屋が汚いので来られると困るらしい。


 それが本当かどうか、二階に上がる術もない以上確認できない事ではあったが、後輩で部長な彼女のお願いなら受けても別に苦ではない。ただ、可愛い可愛い孫娘に差した男の影という一抹の不安の化身のような俺の存在の存続がよもや危ぶまれている事態だ。俺、生きて帰れるのかな。


 ともあれ、そんなことを考えていたら、その住居に到着する。


 平屋建ての、庭に畑やら田んぼやらがある、豪農っぽいところだ。囲いの規模もデカかったし。敷地内をバイクで三分くらい走れちゃうし。川なんか流れてるし。


「お前んち金持ちだな」

「あー……まぁ、多少。古臭い家柄なんですよ。夕凪先輩の家はこれよりすごいですよ! 洋館ですし!」


 何故だろう。夕凪が直接語ったわけでもないのにあいつの情報がどんどん蓄積されている。ムダ毛も白くCカップで家が洋館。夕凪よ、お前中々尖ったやつだな。


 ふと、青年がこちらに駆け寄ってくる。顔の輪郭が、どうも可憐に似ていた。血縁者だろう。細身だがしっかりした体つきの彼は、柔和な笑みを浮かべていた。


「お帰り可憐。そして、いらっしゃい。えっと……夜宮君、だったね?」

「うーん……可憐のお兄さん?」

「そうだよ、大学二年生の海原一馬です。……くぅっ!」


 泣きだしただと!? え、なんで!?


「兄さん、どうしたの?」

「い、いや、嬉しくて……! 弟が欲しかったんだ、僕は……! こんな可愛げのない妹ではなく! 鬼のような兄や姉でもなく!」

「いや実の妹に対して死ぬほど失礼なんですけど……って弟って、き、気が早いよ、兄さん」

「いいや! こんなめんどくさい案件に出向く男の子だ! 可憐、間違いなく彼にはその気があるよ!」

「いやないけど」

「ないのか!? この裏切り者め!」

「なんで罵倒されてんの俺!? 帰ろっかな、じゃあな可憐」

「いやいやいやいや! ここまできておいて帰らないでください!」

「そうだよ、お茶をご馳走になっていってほしい。新茶があるから飲んでいってね。冗談はほどほどに、よろしくね、夜宮君。さ、こっち。祖父ちゃんが待ってる」


 茶畑まであんのかよ……すげえなこの家。


 先導する海原一馬の後を追っていく俺と可憐。賑々しい家だ、奥からドタバタと走りまくる音が聞こえる。


「あの、もしかして数世帯住んでます?」

「耳いいね。うん、兄と姉がもう結婚してて、その家族も同居してるんだ。チビもいるし騒がしいったらないね」

「なるほど。ところでお兄さん、鍛えてますね。Tシャツの上からでもボディーライン出てます」

「あ、分かる? 細マッチョ目指してるんだ、僕。ふんぬっ!」


 ポーズをとる。おお、筋肉が盛り上がっている!


「おお、ムキムキじゃないすか! 俺も走りに行ったりはしてるけどここまではないなあ……むんっ」


 しかし、当然ながら普通くらいの筋肉しかない。足はともかく、上半身はそこまでたくましいわけじゃない。


「おお、健康的な男子くらいの力はありそうだね」

「男二人でイチャイチャするのやめてください」

「じゃあ俺とイチャイチャするか?」

「い、いやー……やめときます!」

「やめとくのかよ! 俺無駄に傷ついちゃったじゃん! 責任取れ責任を!」

「ええええ!?」

「今のは可憐が悪い」

「そんなぁ!? 兄さん相変わらず陰キャゴリラ、昔っからわたしの味方してくれないし!」

「んだとこの外見クソビ○チが! 脱色なんかしやがって! 一昔前のヤンキーかテメェ!」

「金髪かわいーでしょ!? 兄さんこそもっと今っぽい感性身に付けなよ!」


 なるほど、可憐も生来やかましい性質らしい。こんな環境なら明るくもなる。


 ただ可憐は、意外に臆病なところがある。昔が暗かったのであれば、多分こんなふうに接することができたのは身内くらいだったはずだ。


 実の兄と言い合いしている彼女は、どことなくいつものように無理した笑顔ではなく、自然な感じがする。やはり家族相手には緊張もしないか。


「じゃあ彼に訊いてみよう! 清楚なの好きだよね?」

「金髪がいいですよね!」

「似合ってりゃいいんじゃない? 俺は金髪の可憐も可愛いと思うけど、黒髪の可憐もなんだか気になる」

「お、おう……なんだその玉虫色の返しは」

「さすが先輩、様々なことに寛容です!」


 何故か可憐の俺へ対する株が上がってしまったらしい。相変わらずツボがよく分からん。


「はい、ここ」


 その座敷には、大柄な老人が座って包丁を研いでいた。え!? なにこれ!? どういう状況!?


「おはやっぴー☆ よく来たのう、夜宮。晩餐になる準備はできておるか……?」


 テンションの上げ下げが忙し過ぎるだろ。


「このいかれたじいさんがお前の大好きなじいちゃんなの?」

「今日から他人になります」

「いやいやいやいや!? 可憐、そんなこと言わんでおくれ! 可愛い可愛い孫娘なのじゃから!」

「人の彼氏に向かっていきなり晩餐にしてやる的なことを言う身内は遠慮したい」

「ていうか誰が彼氏だテメェ」

「あ、気づいちゃった」

「彼氏だとぉぉぉぉっ! 許せるけど頸動脈切らせろ!」

「うわあ、なんだここすげえややこしいぞ」


 一馬さんが頭を抱えている。とりあえず俺はじいさんの正面に立ち、頭を下げる。


「ん?」

「夜宮陽太と申します。可憐さんにはお世話になっていて、同じ部活にも所属させて頂いているので、親族の方にご挨拶したいと思っておりました。あ、これ、手土産になります」

「せ、先輩、いつの間に手土産を……」


 駅で小休止した時にチェーンの菓子屋で買ってきたのだ。

 それを受け取り、とりあえず机に置いてから、初老の男性はそっぽを向いた。


「べ、別にこんな奴、いい奴だなんて思ってないんだからね!」

「キモいよ、爺さん……」


 一馬さんの一言に俺の想いも同調させる。マジでこんな反応美少女以外にされたら殴りたくなること請け合い。実際に俺がもうこいつぶん殴りたい。


「冗談はよしこちゃんじゃ。……一馬、可憐、お茶を淹れてきてくれ」

「えー、おじいちゃん見境なしに先輩攻撃しそうだから心配だよ」

「可憐」


 一馬さんが引っ張って連れていってくれる。俺はどっかりと腰を落ち着け、溜息を吐いた。


「で、人払いさせて話したいことって何でしょう」

「話が早いな。お前じゃろ、あのトパーズを見つけた者は」

「はい。……あの宝石は、おじいさんが可憐さんを外に出す口実のためと、友達と一緒に探してほしいっていう気持ちもあったんですよね?」

「……本当に話が早い」


 そう微笑み、老人は遠い虚空を見上げているようだった。


「あの頃の可憐は、家の中では楽しそうにやっておった。だが、いっつも一人じゃった。休日はいつも家の中で静かに過ごしておったのじゃよ。友達を作って、遊ばせてやりたいと思って、浅知恵を働かせて宝石を撒いた。うっかり結婚指輪までどっか行ってしまったがの」


 そう言った彼は、どことなく微妙な表情をしていた。


 可憐のやつは嘘がつけない。顔に出るからだ。それを分かっているから、可憐は嘘を吐きたがらない。そして、俺がこの可憐の祖父に抱いた印象は、可憐によく似ているということだった。


 表情を苦笑に変えて、老人は続ける。


「……あの子は、外に出るようになった。じゃが、結局一人じゃった。……まさかこうしてできた初めての友人が、男性とはのう。どうじゃ、あの子はまだ探しておるのか? 宝石と、指輪を」

「探してるよ。誰よりも真摯に、誰よりも真面目に。可哀想なほど」

「……そうか」


 その申し訳なさそうな顔で、俺の疑念が確信に変わる。


「俺の推察が確かなら、宝石は確かにばらまいた。でも……指輪を落としたってのは、嘘なんだろ?」


  ◇


 お茶を、持っていこうとした。そうしたら、わたしの話題が出てて、思わず足が止まる。


 でも、今先輩、何て言った? 指輪を落としたの、嘘なの……?


「ああ、そうじゃ。けっ、見抜きおってからに。お前、老獪じゃのう」


 と言いながら、からん、とテーブルに何か軽い音が。指輪、くらいの音。


「これが結婚指輪じゃ。いくら親族の中でもいかれてると言われとるワシでもそんなもんホイホイ川や海に投げるか」

「だと思いました。今すぐ、伝えるべきです。可憐は、心をすり減らしながら探してんのに……! 何で言わない!」

「じゃあ、おぬしが言えばいい」

「これは家族の問題だ。俺が口を挟む問題じゃない。半分は」

「そこに口を出してこその主人公じゃろ」

「俺はそういうんじゃないんでね。ただの部長想いの優しい先輩なワケ。外野ってのは、やいのやいの好き放題に言って場を掻きまわすのさ。けど、俺はその当事者に関係があるだけ。だから半分だけ口を出す。さっさとあいつ安心させてやってください。友達作れるのかどうか心配なら、俺がいる。俺は、あいつの友達だ」


 ……せ、先輩……!


「俺がいる。俺は、あいつの友達だ。……Foooo! カッコE! お前役者になれるぞ、ぷくく」

「うっわすっげー殺してぇ」

「冗談じゃ。……ありがとう。お前さん、熱いのう。本当に今時の子か?」

「イケメン序列三万位くらいのハイパーイケメンだが?」

「ぶっはははは! お前その面でイケメンは無理じゃ!」

「いいのかぁ? 俺と可憐がくっ付いたらそのイケメンじゃない俺との子供が生まれるんだぞぉ? 俺はよく分からんが、将来どうなるか分からんからなあ。俺と友好関係を築いていなかったらひ孫に触れるのかも怪しいよなぁ~?」

「……ちゃ、チャーミングじゃな、おぬし」

「よし、じゃあそれで」

「お前頭逝っとるじゃろ……」

「いやあんたに言われたくないです」


 ……そっか。指輪、あったんだ。よかった。


 先輩、気づいてたんだ。わたし、馬鹿みたいにおじいちゃんの言葉を信じてた。でも、そうだよね。おじいちゃんが……あの優しいおじいちゃんが、愛してたおばあちゃんとの思い出の結婚指輪なんて投げ捨てるわけないんだよね。いや、ホント。捨てるだなんて。なんで信じてたんだろう。


 それに対して、先輩は怒ってくれた。わたしを本気で心配してくれて。


 やっぱり、運命だったのかな。


 あの日、バカヤローって言われたのって。


 あの日はね、石を探してて、見つからないぞと言われたような気がして、怒ってた。


 やっぱわたし馬鹿だった。


 でも、馬鹿でよかった。馬鹿だったから、声を掛けることができた。馬鹿だから、先輩もこうやって返事をくれた。そして、おじいちゃんの本当の意図が、ようやくわかることができた。


 ――友達ができるように。そして、そんなきっかけなどなくても……分かってくれる人ができますように。


 わたしは、幸せ者だ。こんな素敵な部員で、先輩が……近くにいてくれるなんて。


 普通、実家に挨拶とか逃げちゃうよ。ホント……一緒に行くって言ってくれた時は、嬉しかった。


 普段はぶっ飛んでるけど、意外に義理堅くて。チキンだと言いながら誰より大胆で。


「……可憐。なんか、彼、思ったよりいい奴だったな」

「うん……!」

 わたしはしばらく、お菓子の入ったトレイを置いて、涙を拭い続けていた。


  ◇


 その日はご馳走すると言われたのだが、寮のみんなにメシ作らないと、と言うことで断ったらまた驚かれ、結局海原家の料理を手伝い、できたものを持って帰ることになった。


 キスのてんぷらはしなきゃならないので、かにかま入りポテトサラダと万一魚がダメな時用に回鍋肉を持って帰ることに。海原家のメシは大変だ。大人数だからガッツリ力仕事。俺は当時客だと思われてなかったらしく、普通にこき使われていた。で、「あんた誰?」と完成した頃に言うんだからずっこけてしまった。


 何故か、海原母――海原小夜と家事談義やらで意気投合しメッセIDの交換まで果たしてしまった。可憐も「わたしも!」ということでついでに交換する。


 庭に出ていると、もう空が赤い。三輪のスクーターを起こしつつ、可憐にヘルメットを投げた。


「ふう、先輩、メッチャこき使われててビックリしました」

「お前も止めろよ」

「いや、なんか凄くテキパキ動いてて馴染みまくってて、何が何やら……お母さんとメッチャ仲良くなってるし」

「小夜さんな。パワフルだよなあ、勉強になったぜ。シンクがピカピカなのすげえわ、あの人数の水回りがあんな……。今度掃除の仕方とか教わるのだ」

「おお、先輩がどんどん主夫に!」

「任せろ。お前の草臥れたパンツも綺麗にしてやるからな」

「草臥れてない草臥れてない! そんな誤った情報を流さないでください! 三ヶ月経ったらちゃんと新しいのに入れ替えてローテしてますから! 最近買い換えたばっかですから!」

「というか、あのバックプリントは毎度思うが誰のものなんだ?」

「ああ、真宵先生です。サイズが丁度なんだそうです。ちなみに、夕凪先輩は際どいの持ってますよ~! 黒のT……いやいやこれ以上は過激すぎてわたしの口からは言えないです」


 三分の一ほど零れ落ちていたが、想像しないことにした。黒のTバック……あの夕凪が? なんだかとてもエッチで良し!


 というかお前のその夕凪情報は何なんだよ。別にいいけども。


「ちなみに私の勝負下着は清楚系の水色のベビードールです!」

「使う予定はあるのか?」

「ありません。箪笥の肥やしです。可哀想なのでもらってください、先輩が」

「ベビードールを!? 俺が!? せめて鼎に渡してやれ!」


 鼎にベビードール……ありだな、と少し思ってしまった俺を優しく慰めてくれ、鼎。いやきっとあの小さな拳でグーパンされるだろうけど。生きろ鼎。


「うわあ、先輩男の人でもいけちゃうんですね」

「鼎は男だと分かっていなかったら会って五秒で告るくらい好みだった」

「いやその突発的な告白はどこから!? 先輩チキン野郎じゃなかったんですか!?」

「いや鼎の容姿を思い出してみろ」

「ふむふむ」

「真っ赤になって顔を手で隠して、指の間から目と目が合う」

「…………」

「この仕草をどう思う?」

「わたしが男なら押し倒します」


 だよな。そうだよな。あれは仕方ない。絶対的な清楚力に圧倒的な愛らしさ。鼎のやつ、恐ろしい子……!


「罪作りな男だ、鼎ってやつは」

「ですねえ……女子より可愛いの普通にジェラですよ」

「お前も負けてないぞ」

「う、うわ、急に褒めるじゃないですか……」


 夕暮れなのであまり顔が赤くなってるとかは分からないが、もじもじしているようだった。似合わん。堂々と居直られても張り倒したくなるが、恥ずかしそうにされると俺も恥ずかしくなってしまう。


「ほ、ほら。帰るぞ」

「こ、今夜は帰りたくない、とか言ったら、どうします……?」

「ラブホに直行する」

「わたし達まだ入れないんですけど……」


 じゃあ他にその言葉のどこに意味を見出せというんだ。


「まぁ冗談はさておきまして。安全運転でお願いします!」

「任せろ。歩道を五キロ程度の速さで疾駆してやるぜ!」

「それあのご老人が乗ってる全自動のチャリみたいなやつですよね!? ていうか歩道走っちゃダメですよダメ! 危ないです、危険危険!」

「そうだね、ごめんよ俺のフランソワ」

「いや危ないのはバイクの方じゃなくて歩行者の方です! というかフランソワってそれバイクの名前なんですかださっ!」

「君は徒歩で帰りなさい。行くぞフランソワ。『ヒヒーン!(裏声)』」

「フランソワ馬なんですか!? というか、置いてかないでくださいよー!」


 まぁ冗談だけども。俺は何やってるんだろうな、心の中で名付けていたバイクの名前をさらけ出したりして。完全に変な奴だ。知ってた。


「さっさと乗れ」

「はい! すっかりお馴染みとなりましたね」

「んだな。俺もまさか女子を乗せるとは思ってなかった」


 バイクは走り出す。夜の中を。温い六月の湿気た風が当たる。背中からは、例によって幸せな感触がある。料理は持たされたリュックの中にあり、そのリュックは可憐の背中に。


 街灯がない道は真っ暗で怖えなあと思いつつ、ゆっくりと俺達は帰路を急ぐのだった。





「うあああ……アアア…………」


 夕食後、通販を受け取って開封し、中身が問題ないことを確認。渡すものがあるのだが、まぁ明日でいいかなと自室でのんびりしていると喉の渇きを覚え、リビングに向かう。そこで、食卓に着いて虚ろな目をして虚空を見上げていたと思えば、急に白い頭を掻きむしりだすヒステリックな夕凪の姿を目撃してしまう。


 え、なにこれ。どういう状況?


「どうした、夕凪」

「…………アア……」

「?」

「ワタシのSAYデス……」


 どうした、ウザいなステラ。


 でも何かあったのは間違いない。そうじゃなきゃ、あの見栄っ張りな夕凪がここまで真っ白になるわけがない。いや元から白いんだけど。


「何でお前のせいなんだ?」

「ワタシ、漫画描いてマス」

「うん? そうだな」

「それで、アイディアを出してと言って、アシュカは困った顔でポエム出してきマシタ」

「ポエム!?」


 そういや節々から出てくる不思議極まりないフレーズは気になっていたのだが、まさかポエムだったとは。


「ハイ。その内容があまりにも面白すぎて爆笑していたら、アシュカ死んじゃいマシタ」


 お前は鬼だろ、ステラ。


「うぁああああああああああああ――――っ!?」


 ああ、また夕凪が発狂してしまった。よほどショックだったらしい。良かれと思ってたんだろうなあ。


 ステラが持っていたノートを手に取る。適当に開き、中身を読んでみた。


「『星空らららん。七月は、暗い恋人の季節。切なくてざわざわな恋の季節。どうして、年に一度しか会えないの? 織彦と彦星。キュンキュンと、切ないの、胸が。張り裂けそうな鼓動、どうか受け止めて、ポラリス』」

「にゅああああああああ……!?」


 テーブルをパンパン叩きながら悶えてる姿可愛いな夕凪お前。でもそれより気になる部分が。


「おい、織彦って誰だよ。勝手に織姫性転換してんじゃねえよ」

「誤字ぃぃぃぃいっ! でも織彦は無骨そうなイケメンで彦星はチャラいんだけど可愛くてイケメンで、普段は彦星から誘うんだけど責められて結局彦星が誘い受けに……」

「お前……!」


 ポエマーで腐女子なの? どんだけ属性盛るんだよお前は……。


 とか言いながら、俺もぺらぺらとめくってはフレーズを覚えていく。なんか、意外に頭に入って来てしまう。


 しかし、ステラはデリカシーのない女だ。こらえきれないというように、口から笑いが漏れている。


「ぷっふー! まず星空らららんの時点で気が狂ってマース! 大爆笑デース! 切なくてザワザワデース! そしてそこでナゼポラリス? 北極星に何かご用事デス? アッハハハハ!」


 ステラのやつガチで容赦ねえ。確かにこのポエムは酷いが、なにも死体蹴りせんでも。


「ゆ、夕凪。俺は可愛いと思うぞ。うん、星空らららん。うん、繰り返してればいいフレーズな気がしてきた」

「そんなあからさまな同情なんていらないのぉぉぉぉ! うわぁぁぁぁんステラの馬鹿ぁああああああああ――――――――っ!?」


 単純明快な罵声を口にしながらノートをひったくり、哀れ、夕凪は二階に駆け込んでいった。成仏しろよ、ポエムと夕凪。


「で、ヨウタは何かインスピレーションくれませんカ?」

「いや寄越せと言われて出ないものの上位に入るだろインスピなんて」

「何かないでショーか、なにカ」

「星空らららん」

「ぶっ、ぷっ、ぷすっ……!」

「冗談だからもうやめてやれ」


 真面目な夕凪だからダメージも深刻だろう。明日あいつの好きなもの作ってやるか。


 それはさておき、俺は目の前のステラに向き直った。おっぱいでけーなこいつ。違う違うそうじゃない。


「そうだなぁ……人類が絶滅したAIの世界に、最後の人間がコールドスリープから目覚める話とか」

「おお……で、どうなるんです?」

「目覚めた女の子のためにイケメンAI達が革命を起こして、無事人類生殖。小さな国ができる」

「うーん、スケールが連載クラスですねぇ」

「じゃあそのAIイケメンは人間に奉仕するのが役目で、その役目を当たり前だと思ってほしくなかった女の子は逆にAIイケメンを甘やかそうとするも、逆に甘やかされて終わりみたいな。少し不穏な背景なのにほのぼの系!」

「さすがヨウタ! 描いてみマス! 後、ちゃんとアシュカにもゴメンナサイしてきマス!」

「よろしい。行け」


 あいつはどうしようもねえな。ハリケーンみたいなやつ。逆上がりはできないけど。


 リビングでテレビを見ていた鼎が、また苦笑いでこちらを眺めていた。


「なんでそんなポンポンとお話が出てくるのさ」

「詐欺師だからフィクションは得意中の得意」

「詐欺師だったの!?」

「いや違うよ。フィクサーだよ」

「フィクサー?」

「黒幕だ」


 あ、真宵先生だ。不敵な笑みを浮かべて、俺の目の前に立ち、身長差のある俺を見上げているが小さくて和む。


「おいエロガッパ、変態のくせに黒幕をやりてえたあどういうご用件だ? あたしの宿願だぞそれは」


 そんなになりたいものなのか? 女子のなりたいものランキングで黒幕とか名前すら挙がらんだろうに。


「カリスマな黒幕ほど歪んだ性癖を持ってるもんなんだ」

「なるほど、一理あるな」

「一理あるんだ……」


 鼎には度し難い世界らしい。テレビに向き直ってしまった。


「で? 地元でデカい! と有名な海原家はどうだった?」

「デカかった。黒幕住んでそう」

「だよなぁ!? あそこの旧家感スッゲーよなあ! ウチもあんなにカッケー家だと良かったのに!」

「真宵先生も結構いいとこの出でしょ?」

「いや、あたしは一般家庭だぞ。つか貧乏だった。駆け落ちだから、ウチ」


 なるほど、そういう事情が。駆け落ち夫婦かぁ、どういう感じなんだろうか。というかそんな家庭ならドラマがありそうだよなー。どっちの家かが金持ちとか! いや結局金持ちなのかよ。我ながらボキャ貧だわ。


「でも真宵先生いかにも品がよさそうですけど、見た目だけは」

「見た目だけはとはなんだテメェ。女子は九割自分なりに容姿に注意してんだよ、努力してんの。お前はしてんのか?」

「乳液くらい?」


 一度ニキビができ掛けたのがショックでケアをするようになった。乳液だけだけど。


「まぁ、野郎ならその意識だけでも充分だろ。全然ありだ、意識高い方だぜお前」

「マジすか、やったぜ!」

「でもま、化粧水くらいならやって損はないからやっとけ。化粧水の後に乳液な」

「分かった、化粧水買いにいくわ」

「まぁ肌に合う合わないがあるから、テスターでちゃんと試せよ?」

「うぃっす」


 化粧水かぁ。今度はドラッグストアだが、近辺にあったっけ……。


「で? 最近海原と仲良さそうじゃん。今日も家行ってたし。どうなんだよ進捗」

「なーんも。ただ、最悪の事態は避けたって感じ」

「なんだそりゃ、意味わからん」


 分かるように伝えたら先生が誰かに言うだろうしな。


 最悪な、祖父の死亡前に指輪が見つからない、ということは回避していた。だが、俺はそれをすぐに言うべきではないと思った。その祖父の片棒を担ごうと思っていた。


 一緒に探してくれる友達。それは俺がいる。でも、俺一人だけいてどうするんだ。


 これからは、もっといろんなやつを誘うべきだろう。手始めに、この寮の面々とか。内々から友達の輪を大きくしていけばいい。


 いや、そもそもあいつ友達いるんだよな……? あんだけの美少女で孤立している様子が全く想像つかんのだが。そういえば可憐のコミュニティーを俺は知らない。


 今度、一年の教室に遊びに行くか。可憐にしてみれば迷惑だろうけど。


「あ、そうだ先生。二階上がってもいい? 可憐にちと用事」

「ん? ああ、一番手前の部屋だ。さっさと済ませろ」

「おーっす」


 俺は自室に戻り、通販で買っておいたそれを手に、二階に上がってノックを。


 はーい、という声が聞こえて出てきたのは、Tシャツにホットパンツ姿の可憐だった。生足が眩しい。


「あれ? 先輩?」

「お前帽子してなかったろ。これ、やるよ。これから外行くとき、被っとけ」


 少しお高い麦わら帽子。ファッション性と耐久性を重視した代物。


 キョトンとそれを受け取る可憐。よし、受け取ってくれたんならそれでいい。捨てるも放置するもそいつ次第だ。俺は確かにそれを渡した。できれば被ってくれればうれしいのだが――


 と思っていると、ぽす、とそれを被って見せた。


「ど、どうでしょう……?」

「うん、可愛いぞ可憐。似合ってる」

「で、ですかね……えへへ」

「この強烈な日差しだ、あんまり心配させんなよ」


 とりあえず、用事は済んだのでさっさと階段を降りる。「あ……」と何か可憐が言いかけていたが、構わずに降りた。何気にハードルたけえ、女子にプレゼント。しかも奴の家のグレードが高いためか、あの価格帯の帽子で本当にいいのかいまだに迷っていた。


 まぁ渡したものは仕方がない。気に入ってくれることを願おう。


 あんな反応でも翌日にはゴミ箱、何てパターンも女子にはよくあると聞いてある。それくらい気まぐれで感情に左右されるそうなのだが、イマイチ共感しにくい。


 そもそも真宵先生に頼まなくてもメッセID交換してるんだったわ。普通に忘れてた。だって使うことあんまないし……うわ、泣きてえ!


「というわけで、鼎。メッセIDを教えてください」

「いきなりだなぁ……別にいいけど。むしろ教えてくれなかったから距離とられてるのかと」

「それはないって。タイミングがなかっただけ。頼むよ、鼎」

「あたしも教えてやろう」


 真宵先生と鼎のIDもゲットした。後は夕凪とステラだが、二人とはもうちょい仲良くなってから聞きたいような。でも聞いてないといざって時の連絡がめんどくさいような。


 リビングに屯してる時に、覚えてたら聞いてみようかな。


 そんなことを思いながら、俺は食器を片付けつつ、細く、長い息を吐いた。


 ……七月まで、もうすぐだな。

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