二話 そのままでいられるんだよ、お前が傍にいるなら 1

「と言うわけで、ステラ・マイヤーズだ。みんな、仲良くな」

「ステラデース! よろしくお願しマス!」


 教室からは熱い男性陣の拍手が沸き起こっていた。まぁ金髪碧眼巨乳美少女だからな。何もせずとも人気が出てしまうのは自明の理というものだ。俺も六年前程度のカンケイがなかったら拍手に加わっていただろうさ、多分。


「席は陽太の後ろな」

「ラジャ!」


 ご機嫌でやってくる彼女はこちらに微笑んでくる。片手を軽くあげて応じるだけだったというのに、なんでそんなに嬉しそうにするのか、どうにも解せない。


 俺の後ろ……隣の席は天川さん。よかったな、いきなり席ガチャSSRじゃん。


「よろしくデス! えっと……」

「天川メテオだよー」


 天川さんすげえ名前。俺ならグレているかもしれない。いやそんな度胸も気力もないんだけどさ。にしたって珍しい名前だ。


「ワオ、メテオ! ステラデース、よろしくデス、メテオ!」

「よろしくー。教科書見せるねー?」

「お願いしマス! ううん、メテオ可愛いデス! チューしていいですか?」

「ほっぺになら」

「ちゅー!」


 うわあ。全員がその光景を見ていた。ちらっと視界に映ったが真宵先生は顔を真っ赤にしている。昨日の熱烈キッスが忘れられないらしい。ご愁傷様。


「なんだあれ……なんだあれ……」「金髪巨乳美少女と性格ルックス満点な両方とも結構おっきめの女子がむつみ合うの最高すぎんか……?」「うっ、目を覚ませ僕らの性癖が何者かに侵略されてるぞ! でもそれもあり!」


 野郎は単純だった。ステラの奇行に大よそこのクラスは寛容的だったのが幸いか。ってなんでこいつの心配してんだか。


 早速仲良くなった天川さんとステラは何か話し始めていたが、周囲はそれを遠巻きに眺めるのみに終わる。俺の時と似た感じだったが、俺は引かれているのに対し、ステラには声を掛けたいがなんか外国人に声掛けるのハードル高そうだな的な視線。この扱いの違いは、美少女とそれ以外という何とも悲しい分類にできてしまうところが更に痛い。


「鼎、美少女ってやつは得だよな」

「うん、まあそう思うけど、陽太ボクのこと美少女とかまた揶揄するつもりなんじゃないよね?」

「俺は当たり前のことを答えるのは苦手だ」

「そっか。ボクは男だもんね。そうだよね? 間違いないよね?」

「ほら、授業始まるぞ」

「うん、ボクは男、ボクは男……大丈夫……」


 頑張れ、鼎。見た目は果てしなく清楚美少女だが、男であってくれ。こいつが女子だったら真っ先に告ってるほど完璧なルックスなんだがなあ。……ごめん、俺にそんな度胸多分ないわ。永遠のチキンだから。手羽先よりチキンしてる。


「それじゃ――お前ら、最後の一人になるまで殺し合え」

「真宵先生デスゲーム好きなんですか?」

「いや、何となく黒幕っぽいことやりたいなー的な。あんじゃん? みんなが勇者とか姫とかに憧れるじゃん? それの延長上で、あたしゃ黒幕に憧れてんの。分かる?」

「永遠の中二病だと言うことは理解しました」


 どうしようもねえなこの人。遅れてきた中二病は根絶が難しいのに。しかし、罹患している時は全く恥ずかしくないのもこの病気の凄いところ。


 彼女は犬歯をむき出しにして眉をつり上げてる。なんか、ちょっと猫っぽい。


「なんだとこのエロ野郎が! さすがセック○しなければ出られない部屋を初対面の連中の前で提案する奴は言うことが違うね」

「んだと! いきなり平穏な日常をデスゲームに突き落とす拗れた中二病患者よりはマシだっつーの!」

「なんだとテメェ! ぶっ飛ばすぞコラァ!」

「やってみろやオラ、今晩塩おにぎり作んねーからな」

「あ、そんなこと言うのかテメェ! 兵糧を盾に取るとは卑怯すぎるっつの!」

「焼肉も、美味しい美味しいネギ塩牛タンが食べれないのかぁ、真宵先生かわいそー」

「や、やめ、やめろ! わ、分かったよ。それじゃ、今日からはデスゲームか○ックスかの二択にしといてやる」

「異議なし!」

『あるわボケ!』


 俺と真宵先生の意見はほぼ全員の申し立てによって却下された。どうして?

何を思っているのか、ステラは爆笑、夕凪と鼎は疲れた顔をしている。どうした、お前ら。強く生きろ。


 結局騒がしく、ステラへの質問タイムが始まり、俺はゆっくりと一限目は睡眠を取ることができた。





「おばちゃん……今日の残り物は?」

「フッ、残酷な生存戦略を生き抜いた猛者は……コロッケパンは珍しいわね。このメロンスプラッシュスパーキングパンにあのチョコ挟んでるコッペパンよ」

「何そのメロンスプラッシュスパーキングって何?」

「皮はメロンパンなんだけど、食べるとメロン果汁の入ったクリームがあふれ出し、中に入っているパチパチする飴がアクセントになってるジャンク系菓子パンよ」

「面白そー。んじゃそれと例のコッペパンチョコを。それと何故か残ってるコロッケパンもください」

「毎度ー」


 ちなみに、ステラのやつなら朝は夕凪と一緒で、朝にパンを購入したらしい。


 二日目の俺はサッパリと忘れていて、のこのこと売れ残ったパンでお腹を満たしに来たという間抜けっぷり。いいんだよ、心に錦があれば。いや寂しいわ。俺もパンカースト上位のカツサンドとか食べてみたい。


 さて、ドリンクも買おうかな……いつもは家で作った麦茶入れるんだけど、水筒を買い忘れていた。今度ディスカウントストアに寄った時買わねば。


 うーん、これに決めた! レモンティー!


「えい」

「あ」


 横から出てきた細い腕が、ミルクティーのボタンを押していた。

 ニヒヒと笑っているのは可憐だった。


「おい、俺のレモンティー返せよ」

「はい、先輩の分はわたしが奢りますので!」

「んじゃカロリーサプライバニラ味で」

「こ、ここぞとばかりに高額商品要求しないでください! はい、レモンティーです!」

「この一連の行動になんか意味あんのか? ソフトクリームの時も聞いたけど」

「特にないですが、先輩と話すきっかけが欲しかったので!」

「いや話しかけんのにきっかけは要らんだろ。よっ、だけでいいじゃん」

「おおう、先輩割とリア充思考ですね」


 え、これリア充なの? よく分からんが、陽キャっぽい可憐がそういうのにかなり違和感を覚える。


「おお、メロンパン美味しそう!」

「一口やるぞ」

「わーい!」


 購買周辺に設置されてるベンチに落ち着いて、俺はコロッケパンから食べることにした。隣ではメロンパンを齧り、物凄く顔を顰めている可憐。って何でだよ。メロンパンなんて確定で当たり……あ、そういやチャレンジメニューだったわ。忘れてた。


「これ、すごい青臭いです……! メロン果汁……? いや、なにこれ……何このクリーム……邪魔過ぎです。んで、なんかパチパチいってるんですが……なにこれ……」

「全部やろう」

「お返しします」


 本当に突っ返されて、仕方なく俺はそれを食べる。


 ……うわ、マジで青くせえ。瓜系特有のあのニオイが襲ってくる。クリーム自体は甘くて良い感じなだけに、その青臭さが強調されていた。そして中のクリームが強過ぎて、砂糖べたべたな皮もほぼ死んでいる。


 間接キスだなと言いかけたが、既に可憐はこちらを見て顔を真っ赤にしていたので、何となく俺も気恥ずかしくなり、視線を逸らす。


 とりあえずメロンパンを口の奥に押し込み、可憐と物々交換したレモンティーで流し込む。うげえ。甘さの方向性の違いで口の中がヤバい。


 コロッケパンの続きを食べ進める。うん、コロッケパンにはあんまりレモンティーは合わん。それでもメロンクリームよりは……うん。


「先輩、コロッケパン一口ください」

「ほら」

「わーい。むぐっ……うん、安定のコロッケパン。大好きですよコロッケ! 今度作ってください!」


 顔を真っ赤にしながらそういうが、間接キス気になるならやめときゃいいのに。

 思っていても俺は言わない。気になったことを言葉にする。


「お前じゃがいも好きなのか」

「はい!」

「それじゃ里芋で作るか」

「ええええ!? 里芋のコロッケなんて嫌です! おねがいです、じゃがいもで! 後生ですから……それだけは……!」


 いや、あれも割とコロッケにすると美味いんだぞ。もったりしてるけど。


「里芋嫌いなのか?」

「じゃがいもが大好きなだけで里芋は普通ですね」

「苦手なものあったら極力抜くから正直に言ってくれ」

「…………海藻サラダのワカメ。味噌汁なら平気なんですけど」

「了解。今日は海藻サラダだぞ!」

「言うと思いましたそれ! 酷いです!」

「冗談だっつの。今日はサッパリ目がいいなあ。玉ねぎドレッシングあったから奇をてらわず……あ、サニーレタスあれば巻いて食えるけど……あれたけえんだよなあ。まぁ、焼肉の時点で贅沢だし今更か」

「うー、焼肉……じゅるり」

「お前腹ペコ系か」

「高校生はみんな焼肉とかつ丼とラーメンが大好きなんです!」


 すげえこってりしてそうなのは理解できるが……。まぁ脂っこいものは若いうちしか食えないって言うし。


「あ、そうそう。ここら辺のラーメン屋、みんな豚骨なんだろ? スゲーなぁ」

「あはは、福岡じゃ普通なんですけどね。逆に醤油とかで勝負してるとこはチャレンジャ―だなって感じです」

「いやあ、異文化だ……」

「大阪は何が多かったんですか?」

「あー、色々あったからなあ……。意識高い系からジャンクなものまでそりゃもう様々」

「意識高い系?」

「なんか、メッチャ綺麗に盛り付けてあって千円以上する鬼のような値段のラーメンだ」

「うわあ……ラーメン普通で千円以上って……」

「美味かったぞ。美味かったけど……値段が痛すぎるんだよなあ」

「わたしもそこそこ美味しいラーメン六百円の店に行きますもん、それなら」


 だよなあ……それだけラーメンは敷居というか、価格帯が低いものとしてみられているのだが、本当に最初から贅の限りを尽くしたラーメンで勝負しようとした奴らは凄いと思う。その固定観念をぶっ壊そうとする気概が伝わるもん。


「今日行く海も宝石落ちてる系?」

「いえ、今日は普通に遊ぼうと思いまして。……だ、ダメですか?」

「良いに決まってんだろ。ただ、釣りはマジでよく分からんので仕掛けとかは頼むぞ」

「お任せあれです! あー、でも都会から来た人にはちょっとしたハードルがあったりしますが……」

「?」

「まぁ、そこは行ってみてのお楽しみですね!」


 もったいぶるじゃん。

 どんな試練があろうが、俺は多分大丈夫だぞ。予想だにしない光景でも見ない限り。

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