一話 ひとつ屋根の下に君と俺 5

 放課後になる。


 スクーターの前で待っていると、そいつが姿を見せた。


「ちわです、先輩! 待ちました?」

「五分前くらいにきたところだ」

「良かった、それじゃあ今日は川へレッツゴーです!」


 ヘルメットを彼女に渡し、君とスクーター二人乗り。好きとは言わないが。気が違うくらい君が好きなわけがないが。とにかく、目についた川を上がっていく。


 山道に差し掛かったところで、降りれる場所発見。スクーターを停めて、降りていく。車通りねえなぁマジで。一回もすれ違わなかったぞ。


「ふふん、これの出番!」


 そういや今日はリュックだ。取り出したのは網とバケツ。そしてその場で手早く服を脱ぎ、サンダルと競泳水着姿になる。健康的できめ細かな肌が眩しい。


「さ、エビとか沢蟹とか捕まえましょー! 贖罪!」

「字が致命的に違う」

「心を読まないでください!」

「エビとか本当にいるのかぁ?」


 パッと見分からん。

 が、彼女はためらいもせずに川の奥の方へずかずかと歩み寄り、壁際に網をくぐらせた。あ、戻ってくる。


「!」

「ほーら、いっぱい!」


 透明なエビがピチピチと跳ねまくっていた。すげえいっぱいいるじゃん。


「でも、これどうやって持って帰りましょう……」

「甘いな、お前は。アウトドア部と知って俺は入ってるんだぞ」


 俺も荷物を取り出す。台のついたガスバーナーに油と手鍋、それから鋼鉄製のザル。食塩も。他にも簡易的な調理グッズならばある。十特ナイフもあるし。このコンロみたいなバーナーのやつ、基本的にストーブと従姉は呼んでいたのだが、通販する時検索に引っかかりにくくて、バーナーで検索したらつらつらと出てきやがるので当時混乱したものだ。


「わ、先輩アウトドアガチ勢でしたか!」

「いや、これも貰いもの。従姉が好きで、俺も楽しそうで覚えたんだ。今日はここでおやつにしようぜ!」

「賛成です! そうと決まれば!」

「おう!」


 俺も制服を脱ぎだし、海パン一丁に。


「乱獲じゃー!」

「生態系破壊するぞぃ! 気持ちいいぞぃ!」


 俺達は川の生き物に疎まれる存在となった。川エビの素揚げメッチャウマかった。


 その後、普通に遊んだりして、枯れ枝を持ち寄り、持ってきていた焚火台で焚火をする。水着が少し乾いてからじゃないと、さすがに気持ち悪い。


「いやー、楽しかったぁ! エビメッチャ美味しかったですし! 持って帰れないのが悔やまれますねぇ」

「だな」


 塩味がここまでいきるとは……やりおるな素揚げ。ソラマメを揚げた時のような衝撃。


「たまにはこういう感じもありですね! あ、先輩は座っててください、わたしちょっと綺麗な石探すんで!」

「おう」


 ざぶざぶと川に分け入っていく可憐。水と戯れる美少女も悪くない。俺はスマホに視線を落とした。ふと写真でも撮ろうと思い、可憐にフォーカスする。


 だが、その表情が真剣そのもので――張り詰めているのに気付いた。


 何かを、探している。綺麗な石なんかじゃない、とだけは、直感でわかった。


 こんな華やかなやつなのに、なんで声を掛けられないか。何となくわかった。こんな真剣に何かをしているやつに話しかけるのは、相当難易度高い。なるほど、声を掛けられないわけだ。


 こいつには、明確にやりたいことがあるんだ。何かを探している。それは間違いない。


 けどさ。何でこう、水臭いんだろうか。


「可憐」


 正面に立っても反応ないので、俺は水を蹴立てて可憐の顔にぶつけた。


「わぷっ!? な、なにするんですか、先輩!」

「バーカ」


 俺はとりあえず、怒った彼女に笑いかけた。ぽかんと彼女が口を開けている。


「探し物はなんだよ。見つけにくいものってか? 俺も非公式水泳部の一員なんだぞ? 部員の俺を、今日学校でお前が助けてくれたのと同じく、今困ってる部長を助けるのは当たり前じゃん。言えよ、なに探してんだ? 一緒に探すぜ! 嫌ならいいけど」


 呆けた顔を微笑みに変えて、少し表情に影が差す可憐。


「…………いえ。お願いします。わたしはですね、昔は暗い子だったんです。そんなわたしに、ある日ですね、祖父が言ったんです。川と、海に、宝石を入れたって。それを見つけられたら、幸せが訪れるって。多分、引きこもってばかりのわたしを見かねたんだと思います。祖父は、嘘を吐く人じゃないんです。でも宝石って、ありえないでしょう? 信じてませんでした。でも、その際、間違えて結婚指輪もおちてしまったらしくて……ずっと、指輪と宝石を探してます。たはは、もう五年以上かかってますから、どっか行っちゃってるんですけどね、きっと」

「爺さん亡くなってんの?」

「いえ、バリバリ元気なんですが……おばあちゃんの方が二年前に。で、気にしてるようなので、ここは孫のわたしが探そうかと」

「ふむ。この川も指輪を落とした候補なのか?」

「はい、先輩が偶然にもここで停まったのすっごくびっくりしたんですよ……ってあれ、先輩?」


 さっきから――エビとか獲ってる時に気にはなっていたんだ。


 陽の光を反射している何か。ガラスや魚かと思ったが、どうにも違う。


「……?」


 丸く平たい、水草のような植物が覆った石を拾い上げる。表面をなぞると――石本来の美しい輝きが戻ってくる。


 宝物。そう言われるのも納得のような。


「! ほ、宝石!? 黄色い……トパーズ……?」

「その爺さんの話、確かに嘘じゃなさそうだな」


 それを渡して、彼女の頭をポンと叩く。


「色んな視点を試すこったな。部員を上手く使うのもお前次第なんだぜ? な? 部長?」


 そういうと、彼女は目にジワリと涙を浮かべた。それを拭い、眩しい笑みをこちらに向けてくる。


「はい! ヨウ先輩! ありがとうございます! ま、また、一緒に探してくれますか……? も、もちろん、非公式水泳部の活動もちゃんとしますからね!」

「仰せのままに、部長さん」


 そう頷いてみると、彼女ははじけるような笑みを見せてくれた。こういう笑みがいい。シリアスとか、悲しみだとか、そういう笑みは、こいつには似合わない。美少女はどんな顔してても美少女だけど……可憐には、ひときわ笑みが似合う。


 傾ぎ始め黄金色になっていく太陽を見て、俺は水から出る。よし、油も冷えてるな。注ぎなおして……まだまだ使えるからな。耐熱容器に入れておく。鍋も片付け、鞄の中に突っ込んだ。


「さーて、夕飯の支度しなきゃな。そろそろ帰るぞ」

「はい! ……ヨウ先輩……あ、明日も、部活です!」

「おう。次はどこ行く?」

「海へ! キスを釣りに行きましょう! 道具はわたしが準備します!」

「よろしく。そんじゃ、帰るか!」

「はい!」


 誰かと明日の予定を約束するのも、随分と久々な気がする。けれども、悪くないな。


「キスはどーすっかね」

「小型のクーラーボックス持っていくのでそれに!」

「おう。釣れたら天ぷらだな! 魚の処理は任せろ」

「Fu! 頼もしいです!」


 そんなことを言いながら、可憐は上機嫌でスクーターの後ろに乗り、こちらに抱き着いてくる。いつもより遠慮ない感じ。むぎゅっと幸せな感触が背中に来る。


「よーし、帰るべー」

「はーい!」


 とりあえず、ゆるゆると俺達は帰宅した。





 可憐を降ろした後、ディスカウントストアへ。目当ての洗剤などは買えた。


 夕飯は少し遅くなったが手早く。仕込んでいた唐揚げを揚げていきながら味噌汁を仕上げる。じゃがいもを剥いてあく抜きしつつ、昆布とカツオの顆粒出汁の入った鍋で煮込む。菜箸で突いてほろっとくずれるようになったら玉ねぎを入れ、透き通ったら味噌を入れてワカメを投入。ワカメから多少塩分が出るので、味噌の入れすぎには注意だ。味見もしておく。こんなところだろう。


 唐揚げもどんどん揚がっていく。最初は百七十℃でじんわり火を通し、後から二百℃でカラッと二度揚げ。


 その間に紫玉ねぎを千切りに、そしてトマトを薄めにスライスしてから鰹節を振りかけて並べていく。これにはポン酢だろう。


 唐揚げという最高のおかずを前に、白飯を混ぜご飯にするような野暮はしない。ちゃんともち麦の入ったご飯を用意する。


 きんぴらも片手間に作った。ごぼうをささがきにして人参と甘辛く炒めてゴマと七味をふるだけの簡単レシピ。


 以上、今日の夕飯だ。緑のものが足りない気がするが、まあワカメで今日は我慢してほしい。


「おいしそー!」「おおお……」


 可憐と鼎の反応は悪くない。夕凪はしばらくそれを見ていたが、小さめの唐揚げを口に放り込んだ。


「! 美味しい! かりかりじゅわじゅわ、醤油と旨味……! これ、醤油の他に何入れてるの!?」

「醤油と酒とミリンだ。後、生姜とニンニクな。さ、麦茶もヤカンにできてるから好きに飲んでくれ。要るなら今注ぐ」

「お願いします!」「お願い」「お願いするよ」

「おう。お、先生も帰って来たかな」

「うぃー……うお、メッチャいい匂い……! おーう、やるじゃんお前! ただのイカレポンチじゃねえんだな! 特技は大事だぜ、夜宮!」


 真宵先生に背中をバシバシ叩かれながら、席に着く。全員分のご飯と麦茶は行き渡った。


「んじゃ、頂きます!」

「「「「いただきまーす!」」」」


 めいめい、サラダや唐揚げに手を伸ばす中、初手味噌汁をいったのは可憐だった。


「ふはー、ホクホクジャガイモおいひい……! 家庭的ですね、ヨウ先輩!」


 可憐のサムズアップに同じポーズを返す。真宵先生は野菜を取り、首を傾げた。


「玉ねぎには何掛けんの?」

「ポン酢」

「なるほど」


 そうしているようだった。あーあ、唐揚げに侵食してるじゃん。大根おろしでもあったら味変出来そうだったが、ポン酢単体は微妙そう。


「唐揚げ美味しいよ、陽太! 凄いね、無限に食べれそう……!」


 とはいうが、鼎はサンドイッチ半分で昼を過ごせるかなり小食の人間だ。今朝もそうだったが、食べる量も悲しい。


「七味マヨにも合うぞー。夕凪、試してみっか?」

「うん、そうしてみる」


 めいめい、気持ちいい食欲で食事を空けていく。少し多めに作ったが……やっぱ女子ってあんまり食わないんだな。残ったら残ったでいい。明日弁当にするだけだ。


 でも唐揚げとサラダと味噌汁は残らなかった。残ったのは米ときんぴらだけ。夜食にすっかなー。でも食い過ぎか? でももうちょい体重欲しいんだよなあ。運動してたら軽くなっていくばっかだし。体育の日に運動しないとかありなのか? でもバランスがムズイ……筋肉は咄嗟に動ける程度は欲しいんだよなあ。それに非公式水泳部は水着だろ? 相手が可憐みたいなスタイルのいい女の子だから余計に鍛えないと。隣に立てないぞ、マジで。


 食後、鼎の風呂中にリビングでゴロゴロしていた夕凪に声を掛けてみる。


「なあ、学校に部活とかあんの?」

「あるわよ。なーに、部活やりたいの? いいわね、二年から参入するそのチャレンジ精神に乾杯!」


 手元に置いておいた麦茶の入ったガラスコップを高らかに上げる夕凪。意外に子供っぽい。


「いや、一応非公式水泳部の一員なんだが、単純に気になって」

「あ、そゆこと。可憐と仲良いと思ったら……意外と手が早いわね」


 弄っていたスマホを止めてこっちを見る。手が早いて。やっぱそう見えるのかね。


「でもあんたいざとなったらヘタレそうじゃない。どうやって仲良くなったの?」

「運命的な出会いをして」

「どんな出会いよ」

「海のバカヤローって叫んだらキレながら海からあいつがボワッと登場。馬鹿野郎呼ばわりされる俺。どう思う?」

「馬鹿カーニバル?」


 どういう意味だよ。いや俺が傷つくかもだから言わなくていいけども。


「まぁ、お似合いよ。あんたら。可憐は陽のようでいて生まれついての陰だし、あんたは一見陰だけどその底は陽の気質よ。惹かれ合ってるんじゃない?」

「陰陽的な? 俺はタロットしか分からんぞ、そういうスピリチュアル的なアレは」

「へえ、意外。タロットなら分かるのね」

「女子にモテたくてメッチャ調べてた」

「あんたらしいわね、なんか」


 苦笑されてしまった。また綺麗だよなあ、こいつも顔は。何だこの寮。どいつもこいつも俺の顔面に対する当てこすりか?


「ま、頑張んなさい。あの子、何か悩みがありそうだけど、教えてくれないったら」


 なるほど、そうなのか。多分、きっとあれが悩みだ。祖父の宝石を集め、指輪を見つける――それだけが、可憐の目標だ。


 恐らく建前上、非公式水泳部は水に入る時の面目として必要だったのだろう。でも、部員になってしまったんだ。彼女の秘密を知ってしまった。


 そんな時、何もしないなんて絶対しない。そんな奴は男じゃねえ。


 一緒に探す。見つけて見せる。


 ……自分の青春ってのは、ちと見つからないけど。


 これからの行動方針は、ちゃんと見つかった。


「可憐のこと、頼むわね。あれで……可愛い後輩だし」

「わーってるよ、夕凪お嬢様」

「お嬢様は実家思い出すからやめて」


 やっぱりお嬢だったか。彼女も言ってから、しまったという表情をとる。突っついて欲しくないみたいだから、これ以上は藪蛇か。大人しく皿洗いでもしていよう。


 その日の夜――洗濯物を畳んで持っていってと渡したのだが。

 各々、何故か洗濯物を手に感動しているらしかった。


「うそ……! このしみ、落ちなかったのに! それとすっごくタオルふわふわ! いい匂いがする!」

「凄いですよ、ヨウ先輩! 下着を託した時はさすがに照れましたが、ここまで綺麗になるとは! 服にもしわがないです!」

「おー、やるじゃん。よし、お前のことは陽太って呼んでやろう。嬉しかろう?」


 女性陣に褒められて、鼻高々だ。でも、いいのかお前ら。下着を拝むんだぞこちとら。邪な想いは封印するけど。金貰ってるし。


「ほんと、色々とすごいね、陽太って……。聞いたよ、編入試験もほぼ満点だったって」


 星名の叔父さんから聞いたのかな。主任だっていうし、把握しててもおかしくないか。


「編入試験は運が良かっただけ。チキンだから緊張の方が凄かったぞ」

「試験前になったら対策よろしくね、陽太」

「そりゃ構わんが……八十点を下回ったらお仕置きだからな」

「ええ……厳しいよ陽太。赤をクリアだけでいいじゃん」

「ま、普通そうだよな。任せろ」


 試験の要領は優れてるからな。どこが出るか、今まで九割的中させてきたし。


「そういや、今日着くんだろ? その転校生って」

「なんだけど……おせえなあ……。陽太、見て来てくんね?」

「そりゃいいけど……」


 俺が玄関を出ようとしたときだった。玄関が開く。


 跳ねまくってる長い金髪。百六十半ばと女性にしては大きな身長、規格外の胸。首から上の造作は、あどけない印象なものの、笑みを湛えていて――じゃねえ!


 そんな美少女という外見情報は、個人的にはどうでもよかった。


 問題は、俺が抱いた激しい既知感にある。身長はぐんと伸びたが、あの頃のあいつの面影があり過ぎる!


「お前、ステラか!?」

「ヨウタ! 会いたかったデース!」


 むぎゅうとやられる。親しい人間にすぐハグをする癖が、相変わらず抜けきってない。


「離れろ、ステラ! お前なんでこんなとこいんだよ!?」

「ニッポンのコーコーセーのことを学びに来ました! ニホンで、漫画家を目指すために! で、ヨウタが福岡に行くというので、両親を説得してここにきてマス!」

「お前美術は!? あんだけ打ち込んでただろ!?」

「うーん、再会のキス……むちゅううううう!」


 迫る顔面を受け止めると今度は柔らかい体が密着してくる悪循環。い、嫌だ! こんな初キッスは嫌じゃああああああああ!


「うおわあああああああ!? 助けて、可憐! 夕凪! あっテメェらどこ行くんだよ! おい、なんで鼎は合掌してんの!? センセ、ほら、公序良俗違反でしょ!? 鼻息荒くこっち見てないで取り締まって……うわ、ステラ、力つええ!」


 無理やり引きはがして、拳骨を容赦なく入れていく。涙目になり頭を押さえる彼女に、俺はおかんむりだ。全員が戻ってくるのを確認して、俺は溜息を吐く。


「テメェ、キス癖はやめろって六年前くらいに散々注意しただろうが!」

「ヨウタとはしたいデス」

「うるせえなテメェってやつは……! こちとら童貞なんだよ、気を付けろ!」

「ステラもヴァージンデス!」

「要らん報告すな! で、お前ら紹介するけど、こいつはステラ・マイヤーズ。高校二年のはず。六年前、俺の家にホームステイしてたアメリカ人。日本語は堪能、将来の夢は画家だったはずだが……」

「イエイエ! 漫画家デス!」

「らしい」


 めんどくさくなったのでざっくりと説明した。恐る恐る、鼎が手を挙げる。


「はい、キューティーガール」

「ボーイだよボクはしつこいよ親友。……えっと、ミス・ステラ? 何故ここに?」

「住むからデス!」

「ああ、ステラ・マイヤーズだな。あたしは担任の真宵真理愛。お前の部屋は一階の一番手前」

「オーケィ、サンクスガール!」

「あ、真宵先生! 気を付けて、そいつ――」


 遅かった。


 思いっきり真宵先生の唇を奪うステラ。うわあ、という目を全員がしており、特に夕凪と可憐は真っ赤になっていた。初心だなお前ら。当の真宵先生は目を白黒させている。


 顔を離し、彼女は満足そうに唇を舐めた。気絶したらしい真宵先生は真後ろにぶっ倒れている。合掌。


「えへへ、ゴチソウサマデース! 可愛い女の子の唇はカクベツデース!」

「と、こういう奴だから」

「ど、どど、どういうやつなのよ!?」

「分かんなかったか? キス魔だ。可愛い女の子限定。気を付けろよ、可憐、夕凪」

「よろしくデス!」


 にこやかに片手を挙げるステラだったが、可憐も夕凪も一歩引いて苦笑いしていた。そりゃそうだ、俺でもそうする。


「お前どうやって来たんだ?」

「駅からMTBでかっ飛ばしてきまシタ!」

「相変わらず体力スゲーな」


 駅からここまで十キロはあるはずなんだが。


 こいつはアウトドア派だったから、サッカー、野球、水泳、かけっこなんでも下手な男子よりすごかった。運動神経万能のくせして、何故か俺の買っていた漫画にハマり、それからはずぶずぶと漫画を読み漁る生活を送っていた。そんな印象の十歳の頃から、大幅に変貌を遂げている。


 あの頃から膨らみかけていた胸はたわわに実っており、背も伸びている。金髪は長く碧眼もパッチリの素敵美少女に変貌していたのだが、目が悪くなったのか黒縁の眼鏡をかけていた。


「お前メガネだったっけ?」

「ノー、伊達メガネデス! 度数ゼロ!」

「なんで掛けてんだよ」

「オタクは黒ぶちメガネだと伺いまシタ!」

「偏見が半端ねえなお前……」


 なんでこういう風に育っちゃったかなぁ。

 だが、怯まなかった可憐が前に出る。


「ステラ、先輩? よろしくです! 海原可憐です!」

「ワオ! ここ、ヨウタ以外みんなカワイイデス!」

「ぶちのめすぞ貴様」


 俺も可愛いって言えよ。いや無理があったごめん。俺はどう見ても可愛い部類じゃない。じゃないのに、なんでこいつはキスやらハグやらを迫るんだろう。


「わ、私は夕凪明日香。同学年よ。よろしく、ステラ」


 夕凪も恐る恐る挨拶している。「よろしくお願いしマース!」と返事も貰う。

 で、問題は鼎の方だった。


「んんー?」


 ステラは鼎をしげしげと観察している。鼎は真っ赤になっているが、その様はあまりにも美少女過ぎて、男らしさを求める彼とのギャップに悲しくなってくる。


 しばらくして、ステラはポムと手を打った。


「オゥ、ニッポンアニメ特有の男の娘ってやつデス! ナルホド!」

「そういうことだ」

「なんか、放たれた言葉の文字が間違ってる気がするけど……いいや」


 鼎はトンデモワールドに疲れてしまったらしく、ぐったりしていた。すまん。割とマジですまん。


「んじゃステラも来たし、明日の晩飯は焼肉にでもするか。魚は明日で」

「「「「焼肉!」」」」


 おおう、すげえ喰いつき。


 可憐は目を煌めかせている。もう眩し過ぎる。太陽沈んでしばらくだというのに。


「お、お肉食べられるんですか!? 牛肉が!? ホントに!? 茹でたジャガイモも焼いていいんですよね!?」

「いや別にいいけど……」

「鶏肉、豚肉……! タンパク質よ、ダイエットに最適! サラダも頼むわね!」

「いや作るつもりだけど……」


 夕凪までテンション上がってんのか。

 ぽむ、と俺の背中に手を置く真宵先生。


「塩おにぎりも用意しとけ」

「はぁ……分かったっす」

「焼肉は嬉しいなあ! 久々にご飯いっぱい食べちゃおうかなぁ!」


 お前食うって言ってもたかが知れてるだろ、鼎……。お前が一番小食なんだぞ……この寮で。大丈夫なのか?


 ピンときていないのは、ステラか。首を傾げている。


「焼肉……BBQ?」

「串焼きじゃない、ジャパン流のBBQだな。お前がホームステイ最終日になんか違うって言ってたやつだ」

「オゥ! アレ美味しかったデス!」

「だと思った」


 食い始めるまでは首を傾げていたのだが、まぁ日本の焼肉にも馴染んだようで何よりだ。


「それじゃ、ステラ。分からないことがあれば……夕凪に訊け。俺もぶっちゃけよく分からんことばっかだしな」

「そうしマス! ハァイ、ユーナギ! よろしくお願い致しマス!」

「あ、ああ。明日香でいいわよ、ステラ」

「アシュカ!」

「うーん、惜しい! まぁ可愛いからいっか。案内したげる。付いてきて」


 おいおい、俺の時にはそんなのなかったじゃんと思ったが、俺とは第一エンカウントが最悪だったからな。思い出す、裸――白かったなあ……。


「あんた今思い出してたでしょ!」

「何のことやら。言い掛かりも甚だしい」

「鼻の下二十センチくらい伸びてたもん!」

「え!? マジで!? そんな状態逆に俺が見たいわ!」

「何かあったんデス?」

「裸を見せつけられた」

「ちょ!?」


 何で言うんだよ的な視線を夕凪から送られたが、どうせ誰かからバレるんだ。最初からバラしていけばいい。俺は別に恥ずかしくないし。


「じゃあヨウタ、一緒にお風呂イカガ?」

「よし、サクッと入るか」

「いやいやいやそうはならんでしょう!?」

「いや嘘に決まってんだろ」


 可憐がマジで目を白黒させてる。何て初心なやつ。さすがに冗談だ。


「え、冗談なんデス?」

「冗談に決まってんだろ」

「うっ、ヒドイ……明日ヨウタに弄ばれたと言って回りマス」

「性質悪いからやめろ、そんないかれたことしたらやべー奴認定されるぞ」

「凄いわ、最近のブーメラン鋭利さが半端ないわね」


 過去にそんなことがあったかもしれないが、俺は振り返らない男だ。まぁ嘘だけど。色んな失敗を思い出しては夜な夜な叫ぶ思春期ボーイだ。


「ステラ、お腹空いてるか?」

「少し……」

「しゃーねーな。チャーハンでも作ってやるから案内終わったらリビングに来い」

「え!? ヨウタがクッキングですか!? ……ダークマター?」

「誰が暗黒物質なんぞ錬成するか! 要らんなら作ってやらん」

「じょ、ジョークデス! 食べたいデス!」

「よし」


 夕凪達は立ち去っていった。「あいつご飯だけは凄いんだから」となぜか夕凪の自慢気な声が聞こえたが、なんだったんだろうか。


 俺は冷蔵庫からジュースを取り出し、飲んでいく。あー、炭酸飲料うめえ。


「ヨウ先輩、半分くらい下さい!」

「お前大概遠慮ねえな……全部やるよめんどくさい」

「わーい!」


 今度からデカいやつ買っとくか。いやでも、めんどくさいんだよなあ、コップに注ぎ分けるの。洗い物が無駄に増えるし。でも家計的にはデカい方が……うん。


「大きいって正義だな、可憐よ」

「ごふっ!? けほっ、けほっ……!? な、なな、何を言い出すんですか!? ステラさんの爆乳にメロメロなんですか!?」

「いやなんで胸の話になるんだ?」

「い、いえ……ナンデデショウネー。ちなみに、わたしもEくらいありますからね! あの人FとかGとかありそうですよね」

「何の申告なんだよ」

「ちなみに夕凪先輩はCカップです」

「かーれーんー?」

「あ、あはは! じゃあ、先輩! シーユー!」

「歯ぁ磨いて寝ろよー」


 わかってまーす、という遠い声を聴きながら、俺はフライパンを取り出した。鉄製のやつでもいいけど扱いがめんどくさすぎるので普通にテフロン加工のやつだ。


 玉ねぎをみじん切り、買っておいたかまぼこもみじん切り、豚コマを冷凍してなかった分を少し取り出し、一口大。醤油とミリン、酒を揉みこんでおく。


 まず今日海老を揚げた油で豚肉を。火を通したら取り出し、卵を溶いてから流しいれる。半熟のそこにご飯を突っ込み、ぱっぱと混ぜていく。かまぼこ、ネギ、豚肉を入れて塩コショウをふって醤油を鍋肌に差し、中華出汁の半練りタイプを酒で溶かした奴を振りかけてざざざっと全体を炒めきる。


 完成。チャーハン。ちょっと海老風味。


「おお……おいしそう……! パラパラキラキラ、艶めく油は黄金色……!」

「なんだそれ」

「い、いや、何でもない……わよ」


 変な夕凪はさておき、目の前にこんもりと盛られたチャーハンに、目を輝かせるステラ。


「ワオ! ヨウタ、料理お上手!」

「こんな手抜き飯で褒められてもな。ほら、食べろ」

「ハイ! ヨウタ、ありがとうございマス!」

「いーから」


 俺も座って、麦茶を飲む。彼女にも注いでやるが、彼女は一口目を食べ、そしてガツガツと女子らしからぬ食欲であっという間にチャーハンを空にしてしまった。


「ぷっはー! 美味しかったデス!」

「そりゃよーございました」

「お皿洗いマース!」

「置いとけ、俺が風呂上りにまとめて洗うから」

「ハイ!」


 言いながら、俺は麦茶のグラスを傾ける。ぬるい麦茶が流れ込んでくるのをどこか客観視しながら、ちらっとステラの顔を見る。こちらを見ながら首を傾げていた。視線が胸元に思わずスライドしそうになるところを堪えるものの、視線が寄った先は、Cカップと可憐が暴露していた夕凪へだった。苦笑している。


「あんた、意外に面倒見いいわよね。釣った魚にエサはやらなさそうなタイプなのに」

「夕凪、俺をどんな鬼畜だと思ってんだよ」

「あんた教室に入ってからの自己紹介での巻き込み事故、恨んでるわよ……!」

「…………」


 ……………………。


「別にいーじゃん」

「乱暴に開き直るな! やっぱあんたゲスだわ。ゲスの極み卑劣漢だわ」

「乙女ではないのデスカ?」

「この馬鹿のどこに乙女成分あるのよ!」

「このパッチリ長い睫毛!」

「あ、ホントだ長い。って違うわよ!」

「お前リアクション面白いな。疲れないの?」

「疲れるわよ自重しなさい!」

「んじゃ課長するわ」

「課長をするってなによ何で動詞になってんのよ! それともおままごと的なロールプレイなの!? ていうか次長より上をやればいいじゃないのめんどくさい!」

「オゥ、アシュカはツッコミガール!」

「くっ、このアンポンタンをスルーできない自分が憎い……!」


 歯を食いしばっている様子の夕凪。


 そんなになの? 俺に対する憎悪半端なくない? 自覚は何となくあるけどそんなに嫌っちゃいやん。


「でも、なんか意外デス。ヨウタ、大人しい少年だったノニ」

「嘘よ! こいつ迸るほど喧しい騒ぎの渦中にいるのに!」

「いえ、本当デス。ホームステイしてる時は、いつも本を読んで、ワタシに勉強を教えてくれる優しい男の子でシタ。さすが思春期、人を変えマス!」

「お前だって画家一家の元でオトン目標にしてんじゃなかったのか?」

「あの漫画が、ワタシの全てを変えたんデス! ふふっ、少し不思議で神秘的で、退廃的な雰囲気さえあったのに、コミカルで面白い漫画デシタ! 少女漫画でした……デス?」

「ああ、あれか」


 二度アニメ化にされた少女漫画界の金字塔的作品だ。憧れるのも無理はない……けれども、何となくだが、そうじゃない気もする。


 そんなに気になるなら書籍を持っていっていたはず。最後に段ボールへ入れる漫画のリストにそれはなかった。自分で買う、とか、思っていたのだとしたら俺の見当違いだが……何か隠してるな、多分。


 まぁ言い掛かり以外の何モノでもないし、スルーしておこう。


「ま、ステラ。これからよろしくな」

「ハイ! エヘヘ、ヨウタ~!」

「引っ付いてくるな、お前暑いんだよ!」

「あら珍しい、女の子にべたべたされて嬉しいのかと」

「おりゃチキンなんだよ! 童貞なんだよ! 恋人ならともかくいきなり知り合いにそうされたら誰だって引くだろ日本人なら!」


 ステラを押し退けつつ、俺は自室へと戻る。


 あー、くそ。メッチャいい匂いする。メッチャ胸でけえ。何なんだあいつ、成長し過ぎだろマジで。


 マジで、異性をこんなに意識するの、いつぶりだろ。


 可憐、夕凪、ステラ……鼎と真宵先生は置いといて。


「はぁ……」


 とりあえず俺は、鼎が風呂を出るのを待つことにした。鼎は一緒に入りたがっていたが、よく分からん。男だって証明したいのかもしれないが、確認すると色々がっかりしてしまうような気もしてる。謎は謎のままこそが美しい。永遠に俺の中で男の娘でいてくれ、鼎。


「お風呂あがったよ、陽太」

「おう。よっしゃ、入るか……」


 とりあえず、風呂でゆっくりして落ち着こう。


 湯船に浸かる。どうせ深夜頃になって洗濯機を予約しに行かなきゃなんだが、まぁ、それはさておき。鼎のやつは入浴剤が好きらしく、毎日違う種類の入浴剤が。今日はアクアマリンの香りらしいが……まあ、爽快系だ。この果てしなくバカみたいなブルーが非常に夏っぽい。


「ふぃー……」


 この生活も、案外すぐに馴染みそうだな。

 そんなことを思いながら、俺は思い思いに羽根を伸ばすのだった。

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