一話 ひとつ屋根の下に君と俺 4

 この学園は1学年1クラスごとにあり、高校生は一年生教室、二年生教室、三年生教室がある。二年の教室の前で立ち止まり、真宵先生は先に教室の中に入っていった。


 いいぞー、と声を掛けられたので、入っていく。


 お、夕凪もいるな。鼎もいるようだ。

 うーん、挨拶どうすっかな。インパクト重視でいっちょやってみるか。


「はい、自己紹介しろ」

「夜宮陽太です。今朝、俺の純潔は夕凪さんによって奪われました……」

『な、なんだってぇぇぇぇ――――――――っ!?』

「はぁああああああああああああ――――――――っ!?」


 夕凪もしこたまビビっている。俺も意外とこのクラスのノリが良くて驚いていた。ナイスリアクション。


 夕凪は真っ赤になって立ち上がり、大股で駆け寄ってきてこちらの胸倉を掴み上げ、ガクガクと揺すってきた。激しい……でも感じちゃう!


「あんたいきなり何ほざいてんのよ! 会ったばかりじゃない!」

「ひどい! あんなに昨日、僕を目いっぱい責め立てたのに……! 僕、部屋で一日泣いてたんだから!」

「どんなキャラよ! あんた僕とか言うキャラじゃないでしょうが! ていうか昨日は責めてないわよどういうわけよ!」

「生まれたままの姿をいきなり見せつけられました」

「なっ、あっ、くっ……!?」


 根が正直なのか、嘘を吐くことに抵抗があるようだ。みるみる真っ赤になっていく。


「あ、あんたねえ……! それは金輪際思い出さないって誓ったでしょ!?」

「思い出しはしてないけど話題に出さないとは言ってないだろ」

「む、ぐっ……!」


 夕凪はやっぱり素直なのか、それとも一理あると思ってしまったのか、掴んだ拳を使えずに言葉を失くしていた。傷つけられたら牙を剥いていいんだよ、俺が言うことではないけど。


 何があったのかといきなりクラスがざわつくが、俺は両手を叩いてそれを鎮静化させた。


「落ち着いて聞いて欲しい。これはお茶目なジョークだ。こうすればウケる……と、親身になってくれた夕凪が教えてくれたんだ。ごめん、混乱させて」

「言ってない! 一からゼロまで、なにからなにまで出鱈目じゃない!」

「そう、なにからなにまででたらめでーす。というわけで、改めまして夜宮です。よろしく!」


 一瞬で伝わるやべー奴感。男子も女子もドン引きしているが、これで転校生だからと要らん気遣いもなくなるだろう。友達もいなくなりそうだが、鼎だけは俺を裏切らない。信じてるぞ。


「陽太、それはドン引きだよ……」


 裏切られていた。背中の恥は剣士の恥なので真正面からぶった切ってくれ。俺剣士じゃないけど。あ、夕凪も自分の席に戻ってる。鼎の横、夕凪の後ろの席が空いてる。


「アホやってないで座れ、ほら、定番の窓際の席。よかったな、美少女の隣だぞ!」

「あの、真宵先生。ボク男なんですけど……」


 ささやかな鼎の主張は全員に流されている。まぁ誰もが絶対こいつ脱いだら女の子だろと思っているようだ。俺もそう思う。


「よし。転校生に質問だ。何でも答えてくれるらしいから。……はい、蠍川」

「お前、童貞か?」


 筋肉質の男にそう言われ、俺はニヒルな笑みを返した。


「フッ、誰に向かって。全日本アマチュア童貞選手権世界二位の実力だぞ俺は」

「おおおおおっ!」

「いや突っ込みなさいよ。全日本選手権のくせに世界二位とかどういうわけなのよとか」


 夕凪は律儀にツッコミを入れている。茶飯事なのか、誰も違和感を覚えていないらしい。夕凪はツッコミ属性、覚えたぞ!


「猫、好き?」

「俺はタチの方が好きだぞ」

「タチってなーに?」

「それは――」

「コラ変態! クラス一純真な天川さんに何吹き込もうとしてんの!」

「めくるめく薔薇の世界」

「ほー、あんたそういう趣味なのね。三年の先輩にね、それはもうひょうきんでバイプレイヤーを名乗るオネエがいるんだけど、あんたのこと吹き込んであげる」

「お願いですいじめないでください……ヒギィ、そんな目で見ないで!」

「ピヨンピヨンとちゃらんぽらん……あんたやっぱ変な奴だわ……」


 夕凪は凄く頭が痛そうだった。鼎の笑みも引きつっている様子。ていうかピヨンピヨンってなんだ?


 俺はそんな夕凪に錠剤を差し出した。


「はい、カロナール」

「要らないわよ、私ロキソニン派だし。あんたのことで頭が痛いわホント……」

「俺のことで頭いっぱいか。罪作りな男だぜ、俺ってやつは……」

「マジで絞め殺すわよあんた」

「照れるぜ」

「ね、ねえ、陽太。緊張から変な行動を起こすのやめようよ……」

「!?」


 ……意外に鋭いな、鼎のやつ。俺は確かにアガっていたのは間違いないのだが……よくまあ人を見ている。さすがだ、そのつぶらな瞳は伊達ではないと言うことか。


「鼎、お前ってやつはなんて気が付く美少女なんだ。よく人を見てる。さすがだ」

「いや、まぁ、そうなのかなって。ていうか待って、美少女呼びに待ったをかけさせてお願い」

「三十秒やろう」

「そんなにきっかりたっぷりは要らないんだけど……」

「四十秒でもいいぞ」

「長くなった!? なんで!?」

「夜宮君は何か好きな食べ物あるのー?」


 マイペースに質問を投げてくる天川さん。体は細いのに色々と大きい女子。挙句美人。モテるんだろうなあ。


「天川さん、メッチャいい人やん……! 俺がこよなく愛しているのは、ホットドッグだ!」

「あー、美味しいよねえ。どこから転校してきたの?」

「大阪から。ちょっといい学校に通ってた」

「あー、それじゃあここはおんぼろ過ぎない?」

「味があってとてもいいと思う。素敵な場所だよね、ここ」

「うんー。わたしも好きなんだぁ、ここ。夜宮君も気に入ってくれると嬉しいなあ」


 ほわほわーとした微笑み。なんだこれ、和む。こんなに体が凄いのに、全くエッチな欲求が湧いてこない! なんでなんだろうか。不思議でたまらん。


 そういうと、鼎もそうだよな。性別を超えた情欲でもあるのかと思ったが。うーん、見れば見るほど美少女だ。肌なんか男子に見えないくらいきめ細やかで柔らかそう。


「な、なに……? あ、あんまり、こっちみないでよ、陽太……」


 顔を隠すその手も小さく、指も細い。肩なんて華奢で抱きしめやすそうで……すっぽりと収まりそうなサイズ感がなんとも。


 でも、可愛いと認識はしているものの、不思議とそういうことをしたいという欲求はない。


「うん、ありがとう鼎。俺はノーマルみたいだ」

「う、うん? まぁいいけど……あんまりこっち見ちゃやだよ。なんか、食い入るように見なければいいんだけどさ……」


 こちらを、何故かじっとりとした目線で見ている夕凪に気づく。


「どしたんだ、夕凪」

「いや……その……。朝のやつ、ありがと」

「いいって。で、どうする? 朝晩」

「お願いするわ。食生活のせいか肌が荒れ気味だったの……」

「若いっつっても限度があるからな。了解。まぁ何とか一人頭一万五千円でどうにかする」

「よろしく」


 綺麗な微笑みを見せてくれる。勝気だけど、何かやたら品がいいのが夕凪クオリティ。こいつ相当なお嬢だと思ってたんだが……見当違いか? 相当な透明感だぞ。髪も白いし、なんか全体的に白い。


「さて、では――殺し合いをしてもらう」


 真宵先生もぶっこんできた。とりあえず立ち上がって応じる。


「先生、ここで誰かを殺しても外に出られない! ここは、エッチなことをしないと出れない部屋だ!」

「は? さすが童貞は妄想たくましいなオイ。冗談は顔だけにしろ」

「いや現在進行形で殺し合いさせようとするやつに言われたくないんですが」

「それもそうか。よし、じゃあセ○クスするために殺し合いをさせるというのはどうだ?」

「異議なし」

「折衷した!? というか混ぜないでください! どっちか片方でも最悪の展開なのに!」


 夕凪があんまりな決定に吠えている。そうだよ、もっと言ってやれ!


 エッチだけの方が百万倍マシだろうが!!


「ほほう、そんなにセッ○スがしたいのか夕凪。お盛んだな」

「殺し合いでいいです」

「おおい!? エッチしたくないのか貴様!」

「好きな人となら別にいいけどそれ以外はマジで無理」

「素直な反応ありがとう、ジト目も可愛いな夕凪よ」

「あんたの可愛いは馬鹿にされてる気がするから二度と言わないで」

「しょんなぁ!? 本心だぜ、二割」

「二割だけなの!? 禁止させといてよかった!」

「これからはいとしさとせつなさと心強さも配合しておくから本心は減るぞ」

「お、落ち着くのよ明日香……このイカレポンチの口車に乗ったらダメ……!」


 い、イカレポンチて……俺そんな認識なの? いや、俺の言動を振り返れば妥当ともいえる。でもそんな恨めしそうに睨まなくても。揺すって起こしたわけでもあるまいし。


「さ、今日のとこやんぞー。まず数学」

「教科書見せるよ、陽太」

「おう、サンキュー」


 今日の帰りに受け取る手はずだ。送ってくれればいいのにと何度思ったことか。


 って、え? まだこんなとこやってんの? ペース遅くね? このペースだと三月までフルに二年の教科書使って教えることになるんだけど……。普通十二月までに三年の教科書が終わって、後は毎日今までに出した問題をランダムに解いていく授業じゃないのか。少し意外だった。





 ということを昼休みに鼎に話すと、うげーという顔をしている。何だその顔。天使か。


「進学校ってそんなことしてるの? なんか凄いんだね」

「やっぱ普通じゃないのか」

「全然。相当頭いい高校だったんだね。偏差値は?」

「七十四、とか? 十位以内に入んないと小遣いなかったから、そらもう必死さ」


 まぁ、小遣いが月に五万とかだったので問題はない。おかげで免許も取れたし、ゲーミングのパソコンも買えた。親には感謝している。親戚多いからお年玉も本当にありがたい。


「でも、受験戦争やだって出てきたんだよね? ……収入は?」

「アルバイトしよっかなと。寮費と食費は出してくれるだけでも奇跡なのに。小遣いまでねだれねえ。なんかいい場所知らね?」

「うーん、この近辺はないかなあ。街に出れば多分……」


 そう鼎が天井を見上げた。思い出してくれているのだろうか。


「あんた、アルバイトしたいの?」

「んお? おう、夕凪。そうなんだよ」

「んじゃ食事だけじゃなくてウチの家事全般やらない? 掃除洗濯にわたしらがお金出すの」

「洗濯くらいできるだろ? ていうか下着とかも見られるんだぞ?」


 俺に抵抗はない。妹や母の下着も俺が洗っていた。留学生がホームステイしてる時だって俺がやることがほとんどだったし。


 夕凪は、ずうん、と落ち込んでいるようだった。


「……しわが……消えないの……しみが、おちないの……上手く畳めないの……」

「わ、分かった。俺がやるよ」


 そんな絶望的な顔をされたら仕方ない。掃除洗濯炊事、俺は家事マスターになるのだ。やってやるぜ、完璧にな。とりま謎部活が終わったら寮に可憐送り届けてその足でディスカウントストアで洗剤と掃除用具一式も買おう。


「はい、夕凪。洗濯物にニオイ付きの柔軟剤はありか!」

「あり」

「わかった。安心しろ、鼎はもちろん香り付きなのは分かってるからな!」

「いやまあ、確かにあった方が気分いいかもしれないけど一応聞いてよ」


 同じ寮は大変だ。夕凪に色々話が言っているが、


「こいつ、同じ寮なの」


 という説明で周囲を黙らせていた。大体が実家から来ているらしく、寮自体が少ないので、男女混合寮というのはここいらでは普通らしい。トンデモワールドだな。


「そういえば、もう一人転校生が来るらしいよ。二年に」

「あん? 二年? 珍妙な奴だな、こんな六月なんぞにわざわざ二年次から編入て頭おかしいだろ、進路とか重要じゃないのか?」

「いやブーメランブーメラン。これ以上なく深く刺さってるよ。ていうか貫通してるよ」

「ホント意味不明なやつもいたもんだよな」

「すごいや、ブーメランって二周目に突入するもんなんだね」

「ところで、学食はどこにあるんだ?」

「ないよ? 小中は給食あるけど、高校にあるのは購買だけ。……ああ、朝のうちに買っておかなかったの?」

「いやそんな攻略法あるなら先に教えてくれよ親友」

「あはは、ごめんごめん。お詫びに、ボクのサンドイッチ半分あげるよ。ハムカツサンドだよ!」

「おお、すまん。飲み物奢る。ミルクティーでいいな?」

「いや何その強要。ボクヨーグルト飲料がいいんだけど」

「分かったヨーグルトな。んじゃ、買ってくるわ。サンキュー」


 俺は場所も分からない購買を探しに旅に出た。ハムカツサンドを咥えながら。


「というわけで、購買の場所を教えろ」

「唐突に何なんですか!?」


 可憐がいたのでとりあえずひっ捕まえて上から目線のてんこ盛りで頼んでみた。


「あ、そっか。購買ですね、いきましょー! 非公式水泳部のよしみです! まだコッペパンとかなら残ってるかも!」

「助かるラスカルマダガスカル!」

「え、何ですかそのギャグ。寒っ」

「アイアンクローかウメボシ、どっちがいい?」

「えー、じゃあアイアンクローで……痛い痛いです先輩ちょっとなんか強くなって来てません? あっ、ちょ、痛い痛い!? や、やめろォー!?」

「はいはい」


 周囲の注目の的だし。そんなに俺がイケメン……あ、ハイ。調子こきました。隣の美少女にアイアンクロー決めてるあの特異な見知らぬ奴は誰だ的な視線だと気づいてます。


「女の子にも容赦ないですね」


 少し涙目になっている可憐から睨まれる。


 妹とやる感覚になっちゃうからつい……何気に女子に触れるとか高難易度のことこなしてるけど、なんだ俺、知らないうちにレベルアップでもしていたのか? でもいきなり女子にアイアンクローとか、俺嫌われるよな……?


「鬼畜なところがなお好印象です」

「好感度あがっちゃった!? なんで!?」

「で、購買でしたね! こっちです!」

「おう、普通にすまんな」

「いえいえ! 久々にじゃがいもの味噌汁が食べれるのすっごく嬉しいですから!」


 え? そんなにテンション上がるの? マジで? じゃがいもの味噌汁だよ? ド定番だよ?


 ああ、でも自炊とかするやつでもハードル高いか。野菜は無駄な手間があるからな。じゃがいもの場合は皮むきとでんぷんを抜く作業がある。じゃがいもの皮が生ごみになるのもいただけないポイントだろうなあ。生ごみは処理がちょっと面倒だし。


 上機嫌な彼女の後をついていくと、体育館への渡り廊下に分岐が。生徒はいないが、おばちゃんがぽつぽつとパンの入ってる箱の前に立っている。


「あそこが購買です! 自販機もそこにありますので、わたしにミルクティーを恵んでください」

「しゃーねーな」


 案内料として割り切ることにして、俺はミルクティーとヨーグルト飲料と緑茶を買った。


「わ、わ!? じょ、冗談ですって!」

「もう買っちまったもん。ほれ、飲め。鼻から吸引して耳から飛ばせ」

「名前のない怪物レベルで怖いですよそれ。ありがとうございます!」

「うむ。じゃ、お前も頑張っていい昼過ごせよ」

「どういう別れなのかはわかりませんが、これにて失礼します!」


 ミルクティーを持って退散する可憐。あ、手を振ってやがる。振り返すとやはり嬉しそうにしている。俺みたいな根暗男子でも勘違いしてしまいそうな愛嬌だった。


 さて、俺は購買の前に立つ。


「フッ、この時間に酔狂な奴が来たもんだね。残っているのは過酷な争奪戦を乗り切ったワルばかり。どうする?」

「それでも、俺は……! 今日を生き抜くために、パンが欲しいんだッ!」

「あらノリがいいわね。おすすめはこれよ、コッペパンの中にチョコが入ってるやつ。見た目は普通のコッペパンだから売れ残るのよね」

「んじゃそれと……普通のコッペパンも」

「今日はブルーベリー&ヨーグルトバターなんだけど、どう?」

「全然あり!」


 ていうかヨーグルトバターって何? 初めて聞いたんだけど。


 とりあえず、コッペパン二つとジャムを貰い、教室に帰還。鼎にヨーグルト飲料を渡して、俺はもそもそと昼食を摂るのだった。何だよ、残り物も結構当たりじゃん。

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